地に眠るは古き獣

1・妖精会議

 ロンドン郊外


 ユースティティア・デウス(魔術犯罪対応機関英国支部)

 マニック・カースル城

 午前9:00


 その日の城の雰囲気は違っていた。

 保安隊員たちが軍隊並の完全武装で場内を警備していた。

 城に残る捜査官たちも場内に張り巡らされて結界の点検をしてまわり、外部からの侵入の警戒していた。この厳重な警備に場内は緊張状態に包まれていた。


「今日は何かあるんですか?」

 城に設置されているカフェの店員であるシュア・グリーンがカウンター席でコーヒーの味を楽しむ鑑識班のハオ・ワンに尋ねた。

「ああ……今日は会合みなたいなものが開かれるんだよ」

「会合?」

「遠い国からとても重要ながやってくるんだ。数日は続くからそれが終わるまでお客さんは少ないかもね」

「でもハオさんは暇そうですね」

「忙しいのは関わっている人たちだけなのさ。僕は関係ないから日々の仕事をいつもどおりこなすだけ」

「まあ……」

 呆れるシュア

「ああ、ほら来た」

 ハオが指差す先にベレー帽の少女が分厚い本を何冊も抱えて歩いていた。

「多分、本日一番忙しいかもしれない人だよ」

 少女は本を重そうに抱えながら足早で通り過ぎていく。

「あんなに抱えて、転ばなければいいけれど……」

 シュアは小柄な彼女の心配をしながら後ろ姿を見送った。


 そのシュアの心配は彼女が廊下を曲がったところで的中する。

「あっ!」

 曲がり角で誰かとぶつかってしまう。

 抱えていた本は床に散らばった。

「ああ、ごめん! 本当にごめんよ!」

 懸命に謝るのは新人捜査官の神成だった。

「本当にごめんね、うっかりしてた」

「わたしこそ前をよくみてなくて」

「こんなになちゃって」

 神成は、床に散らばった数冊の本を拾い始めた。

「あっ……大丈夫ですから」

「いや、そうはいかないよ。悪いのは俺の方なんだから」

 神成は拾い上げた本のタイトルを見て意外に思う。十代に見える女の子が読もうとしているのは古代言語に関する本や高度な政治関係の本だったからだ。

「難しそうなの、読むんだね」

「もう読みました。今から資料室へ返すところだったんです」

「ますますすごいなあ……もしかして、今日の会合の通訳の人?」

「はい。今日の会合でこちらがわの通訳を担当するんです」

「そうだったんだね。妖精との通訳を担当する人ってどんなガンダルフみたいな人かと思っていたら、こんな若い娘だったなんてそっちも驚きだよ」

「そんな……小さいころに取替っ子にされてあっちの世界に連れて行かれたからなんとなく意味が理解できるようになっただけで……自分の努力ってわけじゃないし」

 取替っ子?

 妖精が人間の子供を連れ去り、代わりに人間の子供そっくりの妖精の子を置いていくというヨーロッパの伝承だ。

 それが本当にあったのかと神成と思う。

「それでも才能さ。それにそれを伸ばす努力をしている君はやっぱりすごいよ」

 神成の言葉に顔を赤くする少女

「捜査官も今日の警備ですか?」

「いや、俺は調査に行くんだ。どこかの工事現場で何かおかしなものが見つかったらしいからね。こんな時に騒ぎはまずいだろうし手早く解決するようにオーダーされてる。それじゃ、君も頑張ってね」

 神成は拾い上げた本を手渡した。

「あの……捜査官」

 立ち去ろうとする神成を少女が小さな声で呼び止めた。

「お名前を教えていだだけますか。差し支えなければですけど……」

「別にいいよ。俺は神成朝斗。えっと……君は?」

「わ、私はヘルガ・キュベレー・ハイデルベルクと言います」

 顔を赤くしながら名乗る少女の声は人目を引くほど大きかった。

「ああ……よろしく、ハイデルベ……ベルクさん」

 長い名前を言い切れないでいる神成。

 そこへタチアナがやって来た。

「何を遊んでいるんだ? 神成」

「うっ、タチアナ先輩」

 神成は思わず敬礼した。

「君は妖精通訳者の方だね。ごめん、こんな日に相棒が迷惑をかけてみたいで」

「い、いえ! 神成さんは私を手伝ってくれたんです」

「そうなのか?」

「はい! というか、彼女とぶつかって本を散乱させてしまったというのが事実でして」

「なんだ? やっぱり迷惑かけてたんじゃないか」

「若干そうですが……」

「じゃあ、早く行くよ。意外と大事らしい」

「わかりました! 先輩」

 シュタっと敬礼する神成

「それはいいから……」

 呆れるタチアナは先を歩き始めた。

「それじゃ、ハイデさん、がんばってね」

 そう言ってタチアナの後を慌てて追いかける神成。

「私ハイデルベルク……です」

 ヘルガ・キュベレー・ハイデルベルクはぽつりと呟く。


 日本人とコンビを組む黒髪の捜査官……あれが有名な"黒髪の魔女"タチアナ・バリアント。

 ヘルガは二人の後姿を見送った。

 その時、携帯電話が鳴った。それを急いて手に取るヘルガ。

「えっ? 相手が予定より早く到着?」



 ヘルガが駆けつけるとすでに来客たちが歓談していた。

 それはエルフと呼ばれる存在によく似た容姿だった。

 その中心にいるのは女性のエルフだった。服装や装飾からすると地位の高い者のようだ。彼女こそ妖精の帝国"ティル・ナ・ノーグ"からの使者の代表者であるトダーナ・トゥアハだった。

 ヘルガが近づくのをこまねいていると、人間側の代表者に手招きされた。そそくさとそばに立つヘルガ。

「(人間と条約を結んで1,500年。人間の生活様式はだいぶ変わったのだな)」

 ヘルガは、通訳して伝えた。

「(ところで邪神の心臓を持つ"黒髪の魔女"はどうしておるか?)」

 ヘルガはそれを聞いて驚いた。

 超常世界側の代表者であるエルフのトダーナ・トゥアハがタチアナ・バリアントのことを知っていたのだった。







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