黒髪の魔女は暗闇を恐れない。

ジップ

魔術捜査機関の朝

 魔術の起源は古い

 世界最大の宗教の歴史よりさらに古いく、おそらくは人が言語を生み出したのと同じくらいであろうか。

 やがて時は流れ、錬金術師たちが魔術からを科学を抽出して発展させた。

 その時から未知への探求心は内から外へ向いていく。

 そして魔術は内に潜み、闇に巣食う。


 ユースティティア・デウス正義を裁く神の原型となった組織は第二次世界大戦中に遡る。

 かつてナチス・ドイツ内の魔術結社に対抗する為に連合国軍情報部内で組織された諜報チームが最初であった。

 その後、世界中で起きる魔術犯罪の取締りを行う国際的魔術捜査機関となる。

 そして現在。

 日本で交番勤務の警察官だった神成朝斗かみなり あさとは突然、ユースティティア・デウスに派遣された。そこで相棒となったのは、タチアナ・バリアント捜査官。

 彼女は、通称"黒髪の魔女"と呼ばれる炎の魔術を得意とする魔術士だった。

 タチアナは幼い頃、ある魔術士から心臓の半分を奪わて代わりにその魔術士の心臓を埋め込まれる。それはタチアナの強力な魔力の礎ともなっていた。

 十数年後、己の心臓を取り戻そうと画策した魔術士から狙われたタチアナはピンチに陥るが、神成の言葉をきっかけに自らにかけていた呪縛を解き、魔術士を最強の炎の魔術"サラマンダー"で焼き尽す。

 その後、正式なコンビとなった神成とタチアナは、各地で起きる魔術犯罪事件を追っていくのだった。




 ロンドン郊外

 ユースティティア・デウス魔術犯罪対応機関英国支部

 マニック・カースル城

 午前8:00


 魔術犯罪対応機関ユースティティア・デウスの英国支部でありヨーロッパにおける魔術犯罪取締の要でもあるマニック・カースル城は、千年程前にウィリアム・ド・ズールという貴族が建てた城だった。

 その後、14世紀に錬金術に精通したチェスター・ロバートなる人物が所有し、改修工事を経て現在に至る。

 噂ではあらゆる場所に移動するという。また幽霊屋敷とも噂される云わく付きの城でもあった。事実、捜査官たちの多くが城内で奇妙な現象に遭遇している。

 現在ではマニック・カースル城は、ユースティティア・デウスの英国や欧州での活動の拠点である。



 その日の朝、神成朝斗かみなり あさとは城内に設けられているカフェに立ち寄った。

「おはようございます、神成さん」

 朝の挨拶をしてきた店員のシュア・グリーンとは、もう顔なじみになっていた。

 シュアは、中国系の女子大生アルバイトで機関の職員というわけではない。性格も良く人懐っこいシュアは、カフェに来る捜査官たちに好かれ、多くのファンがいる。

 もちろん神成もそのひとりだった。


「おはよう、シュア」

「眠そうですね」

「覚える事が多くてさぁ。睡眠時間を削って勉強してるんだ」

「それはお疲れ様です。注文は、いつもの?」

「うん。ああ、それと今日は、これを頼みます。持ち帰りでね」

 そう言って神成は、メニューの中のひとつを指差した。

「承りました。少し待っていてください」


 神成は、待っている間、人気の少ないカフェの店内を眺めていた。

 席には仕事を終えた者や、これから仕事の者。同じ捜査官であろう人間が思い思いの時間を過ごしていた。

 街のカフェと変わらない風景に見えた。

 しかしこの城は人間の世界と別の世界との均衡を保つ最前線でもある。


 しばらくするとカップを二つ持ったシュアがカウンターに戻って来た。

「お待たせ」

 神成は、読み取り機にIDカードを当てて支払いを済ませる。

 入れ替えにカップを手渡すシュアが神成に何かを言った。

磨杵成针ティエ・チゥー・モォー・チァン・ヂェン

「はあ?」

「中国の言葉で"根気よく続けていればいつか成果が得られる"という意味ですよ。頑張ってくださいね、神成さん」

 そう言って微笑むシュア。

「ありがとう、シュア」

 神成はカップを受け取った。



 上司のオフィスに向かう神成の前に見慣れた後ろ姿が見えた。

 スリムな黒いスーツ姿にショートの黒髪の捜査官。

 神成は一度、深呼吸した後、彼女に早足で歩み寄る。

 彼女は、年下であるのだが、どうにも相手を緊張させる雰囲気があった。コンビを組んで一ヶ月。それは未だに拭えない。

「おはようございます! タチアナ先輩」

 声をかけると彼女はその青い瞳で神成を見た。

「おはよう、神成」

 どうにも眠そうな顔だ。

「今日は、いい天気ですね」

「まだ外の様子は見てない」

「そ、そうですか……」

 素っ気ない返事は機嫌が悪い証拠だ。

 彼女には、こんな朝が時々ある。今日がまさにそうだった。

「ああ、そうだ。先輩。コーヒーを買って来ましたよ」

「コーヒー?」

「カフェミストのキャラメルソース入り。好きでしょ?」

 伊達に不機嫌な朝に付き合ってきたわけではない。神成もこの1ヶ月で彼女の好みも次第にわかってきていた。

 カップを差し出されると彼女の固い表情が緩みだす。

「あ……ありがとう」

 そう言いながら神成の差し出したカップを受け取ったタチアナは、ぎこちない微笑みを浮かべた。

 最近気がついたのは、彼女の機嫌が悪いこんな朝もキャラメルソースを入れたカフェミストで機嫌が良くなるということだ。カフェミストを味わっている時は、子供の様な微笑みを見せることも最近知った。

 それを見ていると神成も何故かほっとする。

「なんだい……?」

 神成の視線に気づき、彼女が言う。廊下の窓から差し込む朝日に照らされた姿に見とれていた神成は慌てて視線を外す。

「い、いえ、朝のコーヒーってよいものですね」

 

 彼女の名は、"黒髪の魔女"タチアナ・バリアント

 ユースティティア・デウス正義を裁く神でも最強の魔術士である。

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