第8話 癒しあいからの・・・な件

 そぼ降る雨の中、タクシーがホテルに着いた。


 森國社長が住まいにしているホテルだ。


 オレの惨状を見兼ねて、気を遣ってくれている。


 なんだか申し訳ない。


「先に言っとく。今夜は帰すつもりはない。僕もamenoアメーノと同じで火曜日が休みだ。君は先週は休講だと言っていたが、明日の予定は?」


「火曜日は元々、午後の1コマしか取ってないんです。でも、教授が発掘調査の通訳で海外に同行していて、今月は全部休講です」


「了解。分かったよ。上のバーに行く?それとも部屋で飲む? 」


「すいません。気を遣ってもらって…… 話を聞いて貰いたいからココが良いです」


「そうだね。 僕もその方が良いと思う。部屋に、タンカレーとトニックウォーター届けて貰おう。つまみは何が良いかな? 」


「なんでもいいです」


「胃に優しそうなものが良いよね。リゾットと、トマトのカプレーゼでも頼もうか」


 フロントへ電話をして注文をしてくれる。


「旬。 今日は何が有った? 」


「はい…… カクテルの練習のとき、マスターの胸元に、リングが見えて、つい、先日、七尾所長と、話した時に、七尾所長が、薬指に、リングはめてるのに気づいてて、それで、それで、…… 同じだった。 ……同じリングだった。」


「そっか。気づいたんだね。辛かったね」


「森國社長は、知ってたんですね」


「うん。知ってた。ごめんね。初めは君も知ってるんだと思ってた。知った上で、マスターを振り向かせたいんだと思ったんだ。その時は、流石に若いなぁーって思ったよ」


「そうですか…… 」


「でも、話していくうちに、『(株)春と秋』の事も知らないし、この子、本当にマスターの事しか見えてないんだなって思って、その真っ直ぐで純粋な気持ちが眩しかった」


「そんな…… 」


「この前ここに来た時には、もう君に惹かれてたんだ。ここで君を抱いた時、春日はるひさんの事なんて、頭になかった。ただ、旬だけが欲しかった」


「でも、癒し合いだって…… 」


「そうだね。旬にとってそれが良いと思ったんだ…… でないと、旬が困るだろ? マスターの事が好きなのに。」


「そうだったんですね。オレの為に…… 」


「いや。 僕は悪い大人だよ。今だって、心に深手を負ってる旬を独り占めしている。旬のそんな表情を他の誰にも見せたくないんだ」


「オレ…… 」


 また、ひと粒、涙が落ちた。


「少しだけ、2人のことを話しておこうか。春日さんとアキさんは、あ、普段はマスターの事、アキさんって呼んでるんだ。2人は、春日さんの転勤先の街で出会ったんだ。アキさんは、そこでもamenoアメーノをやっていて、そこに春日さんが客で行った時に、アキさんが一目惚れしたらしい。春日さんは、ど天然だから、アキさん、随分頑張ったんじゃないかな? 2人は晴れて結ばれて、春日さんが仕事を辞めて、その後2人で会社を興した。それから、東京に帰って来て、現在に至る。2人の指輪は、僕を含めた見届け人達からのプレゼントなんだ。amenoアメーノのプレオープンの日に皆んなでお祝いしたんだよ」


「オレが試合で行けなかった日か…… 」


「そして、もう一つ言っておくと、あのビルは春日さんの持ちビル。2人は最上階で一緒に住んでるよ」


「そうだったんですね…… 」


 とんだ茶番だ。


 オレが好きになった時には、既に、パートナーが居たって事だ。


「こんな時にフェアじゃない気がするけど、僕は君に惹かれてる。そして、少なくとも君に嫌われてないという自負があるよ。どうだろう。お互いの傷が癒えるまで一緒に過ごさないか? 君の傷が癒えた時、また、誰かを好きになれば良い。 勿論それが僕なら嬉しいけど 」


「そんなんじゃ、オレばっかりで、森國社長にメリット無いじゃないですか? 」


「そんな事無いよ。さっきも言ったろ? 惹かれてるって。 君の傷を癒す手伝いが出来るのは嬉しいし、君と一緒に過ごす時間が増えるのも嬉しい。そうやって過ごしてたら、君のベクトルが僕に向くかもしれないだろ? 」


「ははっ! 最初に相談した時の! オレのベクトル調査は、強ち間違いじゃなかったでしょ?」


「! やっと笑ってくれた!!」


 広い胸にキツく抱き寄せられた。


 落ち着く匂いに包まれて、キュンとなる。


 なんだか、もう、愛されているような気さえする。


 失恋したばかりなのに、オレも大概だな……


 スーツの下に隠されている、以外に逞しい体。


 テニスやってたんだっけ……




 あっ!そういえば!


「森國社長?」


「なに?」


「七尾所長から聞いたんです」


「うん」


「大学時代、随分女性を取っ替え引っ替えしていたんですって? 」


「えぇっ⁈ なんで? そんな話知ってるの? 」


 肩を掴まれ、ガバッと引き剥がされる。


「だから、七尾所長が話してくれたんです」


「…… いやぁ。 あの頃は若気の至りというか、春日さんは全然気が付いてくれないし、若い身体は、ホラ、どうしても現実の触れ合いを求めちゃうだろ? それで、言い寄ってくる子に適当に手を付けてたというか…… なんというか…… 」


「へぇ。案外不誠実な事しちゃうんだ」


「……そんな風に虐めないでくれよ。そんな時代は、ほんの一瞬だよ? 卒業してからしてないよ? 」


「でも、その後もいつも綺麗な人を連れてたって聞きましたよ」


「それは、僕の仕事柄も有るんだよ。僕は美しいモノが好きなんだ」


「そうですね。七尾所長も美人ですもんね。漆黒の天使の様に美しいですもんね」


「それはそうなんだけど…… あれ?なんでこんな話になってるの? 僕、責められてる? 」


「ふふっ。 ごめんなさい。なんか虐めたくなっちゃって 」


「なんだよ」


「いつもクールな森國社長の困った顔も、良いなぁって」


「よし。 いつもの笑顔が戻って来たかな? 君は笑顔が一番良いよ! 」


「森國社長? オレの話を聞いてくれる? 」


「もちろんだよ。何かな? 」


 教わったばかりのジントニックを作る。


 タンカレーで作る、タンカレートニックだ。


 タンカレー好きな人の間では、T&Tティーティーって呼ばれてるらしい。


 ストレーナー濾し器もマドラースプーンも無いから、ザックリだけど、出来るだけ丁寧に作って差し出す。


 グラスをカチッと合わせて、ひと口飲む。


 まぁまぁの出来だ。


「先週、帰る時に、オレ達のこの関係はなんていうんだろうねって話しましたよね? 」


「そうだったね」


「あれから、随分考えたんです。でも、答えは出なくて…… 」


「うん」


「それでも、ずっと、考えていたんです」


「それで? 」


「それが答えなのかなぁって」


「どういう意味? 」


「オレも、『バレンシア』……って事 、かなって」


「えぇっ?! 良いの? そんな事言っちゃって!僕、良い意味で取っちゃうよ!」


「悪い意味も有るんですか?」


「? 分からないけど…… 」


 オレは、そっと顔を寄せて頬に触れるだけのキスをした。


さく


「ちょっ。 ちょっと待った!今日はしない!」


「なんで? 今日は帰さないって言った」


「それは、1人にしておくのが心配だったからで、、、一晩中失恋話に付き合おうと思ってたんだ。飲みながら。…… キスくらいはしたくなっちゃったかもしれないけど…… 」


「ホントに? しなくて良いの? 」


「…… いや。 …… なんていうか。 …… ダメだろ。 …… こんな …… 弱みに付け込むみたいで。」


「オレが、してって言っても? 」


「…… やめてよ。 …… 揺らぐから」


さく。身体ごと癒して。忘れさせて…… んっ。…… ぅん。」


 途端に、噛み付くようなキスが降って来た。


 失恋してショックだった。


 でも、お陰で蓋をしていた別の気持ちに気が付けた。


 考えても、考えても、分からない、けど、気になってしょうがなかったこの関係も。


 真っ先に作れるようになりたかった、タンカレートニックの意味も。


 全部、全部、簡単な事だった。


 だって、ほら、キスがこんなに気持ちいい。


 絡まる舌が、こんなに優しい。


 朔の甘い香りが、こんなにも、オレを酔わせる。


 もっと、もっと、触れたい。


 素肌で、お互いを感じたい。


「…… 旬。いいの? もう…… 止まれないかも…… 」


「…… オレは、もう…… とっくに止まれない」


「はぁぁ。可愛らしい小悪魔め」


「天使じゃなくてごめんね」


「クソっ…… 」


 ベットに押し倒される。


 雄のスイッチが入った朔の瞳は、なまめかしい。


 その視線に絡みとられて、オレは、グズグズになる。


 少し硬めの短めの髪。


 尖った顎。


 太い首。


 ゆっくり指を這わせる。


 知ったばかりの愛おしさが込み上がってくるみたいだ。


 胸が内側から掴まれたように、苦しくなる。


 どうしてこの魅力的な男に気が付かなかったんだろう。


 このまま、ずっと、見ていて欲しい。


 ずっと、オレだけを見ていて欲しい。


 シャツのボタンに手がかかる。


 キスをしながら器用に外していく。


 手慣れた感じに、チクリとくる。


「朔。 最近、オンナ抱いたのいつ? 」


「なに? その情報、今、必要? 」


「んー」


「そりゃ。オトナだし、オトコだし、何も無い訳じゃ無い。でもね、好きな子を抱いたのは、君が初めてだった。本当だよ。誓ってもいい。好きな子との営みって、こんなに感じるものなんだって、初めて知ったんだ」


 嬉しい。


 こんなんで嬉しいなんて乙女おとめかよ。


 腕を伸ばして、アゴを少し上げる。


 チュッと唇にキスをくれた。


 言わなくても、分かってくれたみたいで、また、嬉しい。


 お互いの服をゆっくりと脱がせながら、身体中にキスを贈る。


 ボクサーの上からでも分かる昂りに、胸が高鳴る。


 オレで反応してくれているのが、震える程嬉しい。


 セックスって、こんなに嬉しいものだっけ?


 ボクサーも奪い去り、お互いの期待が雄々しく姿を表す。


 朔の中心は完全に育ちきっていて、今にも腹に着きそうだ。


 腰を合わせて、擦り付け合わせると、先から透明な蜜が落ちる。


 それが更に滑りを助けて、快感に拍車をかける。


「あっ。 …… あぁ。…… ぁん」


「旬。可愛い」


「朔。朔のスゴく大きい」


「言わないで。気にしてるんだ」


「なんで? 魅力的だよ」


「そお? 旬がそう思ってくれるなら、嬉しいかな? 」


「うん。だって、…… もう欲しい」


「ちょっと、待ってて」


 早足でバスルームに消えたかと思うと、直ぐに戻って来た。


 ローションを手に取り、後ろに塗られる。


「あれ? あったかい? 」


「バスルームで温めておいたんだ。気持ちいいでしょ? 」


「っ。なんでっ? 今日はしないって言ってたのに? 」


「だって…… 。万が一って事があるだろ? しくしく泣いた旬から、抱いて慰めてって言われたら、我慢出来る自信ないもん」


「もん、って。期待してんじゃねーか!」


「違う。違う。期待じゃなくて、そなえ、ねっ? 」


「可愛く言ってもダメ」


「えー。 でも、旬は最高に可愛い! 」


 唇を優しく塞がれて、蕾をゆっくり解される。


「指入れるね」


「うん」


「今日は、ゆっくりしてあげる。 ココ良いとこでしょ? 」


「はぁっ!…… いい。…… ぁん」


「あー。可愛い。食べちゃいたい」


 イイところを執拗に攻められて、息も絶え絶えだ。


 水から上がった魚のようにパクパクしてしまう。


 胸をまれ、首をまれ、本当に食べられそうだ。


「僕の印付けたいな」


「いいよ。見えないトコなら」


「見えないとこじゃ、牽制にならない」


「誰を牽制するのさ」


「知らないの? 旬は爽やかイケメンだって、女の子から大人気だよ! 」


「オレはオンナに興味ない」


「そ・れ・で・も! 女の子の方は興味があるの!」


「それくらいかわせるよ」


「いい。自己満足だから。僕の旬」


 ぢゅっと音を立てて、吸い付かれる。


 チリッとした痛みまで、快感だ。


 恋の力は恐ろしい。


「そろそろ良いかな? 」


 小さな小袋を咥え、ピリッと袋を破る。


 その仕草でさえ、うっとりくる。


「と思う」


 朔の、薄皮を纏った硬い剛直が充てがわれ、期待にヒクついてしまう。


 早く来て欲しい。


「ゆっくり行くね。痛かったら言って」


 オレの昂ぶる中心に指を掛けながら、ゆっくりと切り拓いていく。


「あぁ。吸い込まれる。待っててくれたみたいだ。…… あっ。そんなに絡み付かないで」


「ふぁ…… そんなの。……あっ、加減 ……出来ない」


「あー。馴染んでいく。気持ちいい。僕の事覚えてくれてたみたい。ココも可愛い」


「いうな」


「なんで? 可愛いもん。そしてこの筋肉美。本当に美しい。綺麗に割れた腹筋。発達した脹脛ふくらはぎも綺麗だ。水を弾く若い肌も全部綺麗。早く僕のモノになって」


「なら、今度、朔の為にスクリュードライバーを作るよ」


 スクリュードライバーのカクテル言葉は、『貴方に心を奪われた』だ。


「! 楽しみにしてる。それなら、僕はXYZを贈ろう」


「なっ。また、そんなキザな事」


「先に、カクテル言葉を使ってきたのは、君だろ? 」


「そうだけどっ」


 XYZのカクテル言葉は、『永遠に貴方のもの』


 もう、完全に両想いじゃねーか。


 全く、このインテリイケメンめ。


 普段のクールさは何処へ行ったんだ。


「あぁっ! ……あっ」


「僕の腕の中で考え事はナシね」


 激しい律動が始まる。


 余りの気持ち良さに、頭も躰もトロけていく。


 お互いにトロけあって、混じり合って、ドロドロになってしまえばいい。


「朔。ねぇ朔。ゴムやだ。とって。中に欲しい。いっぱい。朔で満たされたい…… 」


「あぁ。もぅ。どうして僕の子猫ちゃんはこんなに小悪魔なの? 」


 一度抜け去っていく感覚に寂しさを覚える。


「イヤ。早く来て」


「うん。すぐ行く」


 抜け去ったモノは、すぐに戻って来てくれた。


「あっ。 んっ」


「どう? 気持ち良い? 」


「うん。スゴく良い。 ……キスして。一緒にいこう」


 オレ達はトロけあったまま、一気に上り詰め、2人同時に弾けたのだった。

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