第5話 ワンナイトラブしちゃった件

 ホテルの部屋に水音が響く。


 久しぶりの人肌の温もりが、酔った身体に心地いい。


 酒の力が2人の理性を壊し、欲望のまま求め合う。


 裸で抱きしめ合い、舌を絡めているだけで、お互いのモノが硬く存在を主張する。


 森國社長は、傷を舐めとるかのように、オレの全身をくまなく愛撫する。


「はぁ。……森國さん。…… あっ。下の名前教えて。名前呼びたい。オレの、事は、呼び捨てにして」


朔之丞さくのじょうさくでいい」


「朔。あっ。オレを…… 春日さんの代わりにして、あぁっ。抱いて。切ない想いをぶつけていい」


 身体中に、キスの雨が降る。


 火照った身体は、いやに敏感で、湿った声が漏れるのを止められない。


「代わりになんてしない。今、求めているのは旬だよ。お互い想ってる人が居るけど、その想いは叶わない。傷ついた心を癒し合うんだ」


「あぁ、朔。もう欲しい」


「旬…… はぁ…… 煽らないで。 君も綺麗だ。この身体、彫刻のように美しいよ」


「朔。 お願い。来て。 もっと朔を感じたい」


 解すのもそこそこに、朔の太くて硬い切なさを受け入れる。


「旬。…… キツイ …… スゴくいいよ。 気持ち良くて溶けそうだ 」


「あっ。 そこオレも…… いい。もっと奥まで来て。 もっと、オレを朔で満たして…… 」


 朔の律動が穏やかに始まる。


 動くたびにイイ場所を掠めて、快感に顎が上がる。


「旬。 旬は後ろでイケる? 」


「…… うん 」


「そっか。 意外と経験多いのかな? 」


 ズクン、と一層深くに押し入って来た。


「どうだろ。ぁん。今は、朔、しか見えてない…… ぅっ。…… 朔と一緒にトロけたい。 ん。もう一回、キス、して…… 」


「旬。 君は見かけによらず、小悪魔だな」


「だって…… ふぁ…… あっ…… 朔が…… スゴイから…… 」


「ああっ。もう!」


 律動が激しくなり、一気に高みに駆け上がる。


「朔。 あん。……もうイキそ。……ぁん、キスしながら一緒にイキたい」


「いいよ。一緒にいこう」


 呆気なく2人同時に吐き出した。


「はぁ。はぁ。 朔も久しぶりだった? 」


「早かったかな? 確かに久しぶりだけど。旬の可愛さに翻弄された」


「嬉しい。 ねぇ。 オレまだ足りない。もっと朔が欲しい」


「奇遇だね。 僕も全然足りないよ 」


 すっかり箍が外れたオレたちは、空が白むまで愛し合った。


 広いベッドで、目が覚めた。


 瞼の裏に日差しを感じる。


 でも、まだ眠い。


 スプリングがよく効いていて、シーツの質感も気持ちいい。


 微睡みながら、伸びをしても足が出ない。


 ん? 足が出ない??


 慌てて目を開けたら、森國社長がいた。


 裸で眠っている。


 恐る恐る、シーツをめくって自分をみる。


 履いてない。


 元気になってるオレのオレと目が合う。


 えー⁈


 ゆうべあんなにしたじゃん?


 なんで、そんなに期待してるんだよ‼︎


 記憶はある。


 全部ある。


 酒で記憶を飛ばした事は無いが、飛ばせた方が幸せかもしれない。


 どうする? コレ?


 しかも、ココどこ?


 ラブホじゃ無いのは確か。


 なんか、高級そうなホテル。


「ぐぅ〜」


 腹へった。


「旬? おはよ。よく眠れた? 」


「あ、ハイ。 森國社長。おはようございます」


「あれ? 呼び方が戻ってる。 あの可愛い旬は、酔った時限定なのかな? 」


「いえっ。その。 …… 昨日は大変申し訳ありませんでした‼︎ なんていうか、森國社長の優しさにつけ込んで、酷い事しちゃって、、、」


「ん? 僕、酷い事されてたの? 記憶に無いなぁ…… 」


「だって、あんな! 酔った勢いに任せて、恋人でも無いのに…… 」


「それはお互い様だよね? 若い身体を美味しく頂いちゃったのは僕の方。 お互い想ってる人がいるとは言っても、片思いだ。 独身フリーの大人が合意の上だったんだから、いいじゃない」


「許してくれるんですか?」


「許すも何も、怒ってないよ。 お互いの心を癒し合う1日限りの恋人って事で」


「ありがとうございます」


「起き抜けの旬もなんだかそそるなぁ。1日限りの恋人に、最後にお礼のキスを贈っとこうか。おいで」


 緊張の解けたオレは、おいでと広げられた胸にすり寄った。


 マスターとの距離が縮んだ訳じゃないけど、切ない恋心を吐露出来たし、溜まったものも抜けたし、心も体もスッキリした気がした。


 感謝の気持ちを込めて、ちゅっとキスを贈ると、今度は、ちーゅっとお返しされた。


 肩甲骨に頬を寄せて、鼻先で、森國社長の首筋をスリスリする。


 いい匂いで落ち着く。


 ゆうべもこの匂いに抱かれていた。


 あー、ダメダメ。いい加減離れなきゃ。


 でも、なんだか、離れがたい。


 名残惜しい。


 甘えたい。


 キスしたい。


「やっぱり、旬は小悪魔だな」


 そう言った、森國社長は、オレの身体を押し倒し、覆いかぶさって来た。


 雄の顔で見下ろされて、背筋がブルっと震え、同時に、下腹に熱が集まる。


「そんな事…… あっ 」


 森國社長の長い指が腹の下に降りて来て、オレの状態を確かめる。


「勃ってる。 君がこの部屋にいる間は、まだ恋人だよ。どうする? 」


「でも、、、お仕事は? 」


「今日はお休み。 言ってなかった? 」


 優しくキスが降ってくる。


 オレはキスに弱い。


「ふぁ。んっ。…… んっ」一度唇を離す。


「はぁ…… もう一度 ……トロけたい。」


「よく出来ました」


 オレたちは、最終ラウンドに身を投じた。


 結局、朝から2度の登頂をキメて、気怠げな色気をバスローブと一緒に羽織っている森國社長は、目の前に座ってコーヒーを飲んでいる。


 オレは、空腹に耐えられず、お言葉に甘えて、朝食を2人前頼んでもらった。


「森國社長、お腹空いてないですか? この、和定食も、洋定食も美味しいですよ」


「朝は、胃が立ち上がらない性質たちでね。 でも、今朝は運動したから、そのクロワッサン、一口貰える?」


「一口と言わず、おひとつどうぞ」


「いや。いいんだ。そんなに食べられない」


 一口分ちぎって差し出すと、指ごとパクッと食べられた。


 心臓がドキッと跳ねる。


 それを誤魔化すように、壁掛けの時計に目を向ける。


「ところで、もう11時になりますけど、チェックアウトは何時ですか? 」


「いいんだ。 ココは僕の部屋だから」


「えっ? どういう事ですか? 」


「1年契約してる。 今はココに住んでるって事」


「えぇー!? マジすか? そんな人が身近にいたなんて、、、」


「なんなら、もう一泊していく? 今日は、amenoアメーノも定休日だろ? 」


「あー。嬉しいお誘いですけど、今日の夜はバスケの練習試合で、その後そのまま飲み会なんです。オレに合わせて、火曜にしたみたいなんで、断れないっていうか…… 」


「いいよ。そういう付き合いも大切だからね」


「すいません。 あの、森國社長から見て、オレが雨野さんを振り向かせるのって… やっぱ、無理っぽいですかね?」


「どうだろ? 分からないな。 恋愛なんてコツとかテクニックとか無いと思うよ。想いが届くまで伝え続けるしかない。届かないと思って伝えてない僕みたいのも居るけどね」


「…… そうですね」


「でも、ひとつだけ言えることがある。 こんな風にプライベートな時間を一緒に過ごしてみないと、素の部分は分からないって事」


「そっか。 そうですね! 雨野さん、デートに誘ってみようかなぁ」



 結局、夕方まで森國社長と一緒に過ごした。


 午後は向かいのショッピングモールに連れ出され、ワンナイトラブのお礼だとか言って、洋服を見立ててプレゼントしてくれた。


 遅めのお昼は、肉を食べようと、ステーキハウスでご馳走してくれた。


 オレは、牛丼とかで良かったんだけど、練習試合で勝って欲しいからね、と笑った。


「送ってくよ。 家はどこ? 」


「品川神社の近くです」


「ココから遠くないね。短いドライブになりそうだ」


 駐車場に着くと、白く光る国産車が停まっていた。


 低燃費で有名な車種のひとつだ。


「どうぞ。乗って」


 何となく意外な感じと、森國社長らしい感じが混在して、複雑な感情に疑問を感じていると、

 何かを感じ取った森國社長が、運転席からオレの顔を覗き込んで来た。


「外車じゃなくて、期待ハズレだった?」


「いえ、そんなんじゃ無いです。見かけじゃなく、上質な物が好きな森國社長らしいなぁ、って思って。でも、そしたら、ホテル暮らしは確かに高級だけど、上質なのかな?って思って考えてました」


「やっぱり、君、なかなか鋭いね。前はマンションで暮らしてたんだ。仕事が不規則だし、出張も多いから、ハウスキーパーを入れていた。

 そしたら、ハウスキーパーは契約以上のサービスをしようとして来たんだ。ベットの上でのサービスをね。僕もはたから見れば、一応、独身の男でそれなりに収入があるように見えてたんだろう。管理会社に連絡して、キーパーを替えてもらった。そしたら今度は盗難に遭った」


「えっ。そんな」


「一人で仕事も家事もこなせればいいんだけど、なかなかそうもいかない。物欲はあまり無いし、何処でも寝られる。ホテルは常に清潔にキープされているし、家具や家電を買い揃える必要も無い。意外と経済的で快適なんだ」


「納得しました」


「じゃ、出すよ」


「はい。 …… 今日はとっても楽しかったから、なんだか、帰りは寂しい気分だな」


「おっ。 随分と嬉しい事を言ってくれるね。 僕も楽しかった。こんな楽しい休日はいつぶりだろう。 それに、躰の相性も最高だった。この、僕たちの関係はなんて言うんだろうね?」


「友達?」


「あは。友達とセックスしないよね?」


「セフレ?」


「結果としてこうなったけど、セックスが目的だったわけじゃ無い」


「客と店員?」


「確かに、そりゃそうだ。でも、昨夜2人で会うまではそれで足りてた関係に、何か別のモノがミックスされた」


「なんだろ…… 」


 話しているうちに、品川神社の森が見え来た。


 もう、短いドライブも終わりだ。


「今日は、ありがとう。楽しかった。試合、頑張って。また明日、amenoアメーノで」


「こちらこそ、ご馳走でした。洋服まで買って頂いて、ありがとうございました」


 それから、ジャージに着替え、体育館までジョギングした。


 隣の大学との練習試合は、接戦でウチのチームが勝った。


 オレは32点取って、得点賞を貰った。


 今は打ち上げで、唐揚げを摘みながら、ビールを飲んでいる。


 でも、頭の中でリピートしているのは、「僕たちの関係はなんて言うんだろうね?」


 森國社長が言った言葉がどうしても頭から離れない。


「旬ー。どした? 浮かない顔して」


「いや。別に。長谷部こそどうしたんだよ? 何か良い事でも有ったのか? 」


「いやー? もしかして、こないだ言ってた人に、とうとう振られたのかな?って思ってさー」


「何でオレが振られたら、お前が嬉しそうなんだよ!」


「マジで? やっぱ振られた? 」


「まだ、振られてねーよ!」


「まだ? やっぱり脈ナシ? 」


「るっせーなぁ。 今はそんなん考えてんじゃなくて…… やっぱダメだ。 オレ帰るわ」


「ったく。つれねーな」


「じゃあな。あと、皆んなにテキトーに言っといて」


 帰りも電車に乗らず走って帰った。


 何だろう。


 なんなんだろう。


 この気持ち。



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