第3話 みんなのベクトルが絡み過ぎな件
出勤すると、まず、「今日のおススメ」が賄いで出される。
賄い、ってもっと、残り物っぽい物を想像していた。
初日にその事を言うと、コレも仕事のウチらしい。
その日のおススメに、どんな食材が使われてるか、どんな味なのか、そして、その料理に合うお酒、お客様から聞かれた時に困らないようにする為らしい。
マスターのやる事には、必ず意味がある。
カッコいい。
オレもこんな大人になりたい。
今年22歳になるオレと5歳しか違わないのに…… 5年後、こうなってるとは到底思えない。
マスターへの恋心に気づいたものの、一向に距離は縮まらない。
何とかして、アクションを起こさなければ、このイケメンは、振り向いてはくれないだろう。
「うーむ」
どうしたものか、と唸っていると。
「どうした? 口に合わない? 苦手なモノが入ってた? 」
「いえっ! 今日も美味しいです! ホタテもぷりぷりで甘くて美味しいし、海鮮のポトフって初めて食べました」
「良かった。 ホタテの
「ですね。 マスター天才です!」
取り敢えず、褒める作戦だ。
本当に美味しいから、それを素直に言葉にして伝える。
「褒めすぎ(笑)。 じゃ、今日もよろしく」
*
「
「はい。 分かりました」
山の頂上に到着すると、その先には何も無い事からくる表現らしい。
今日のポトフは、完売か…… 残念。
残ると、夜食にってバイト上がりに出してくれるから、それも楽しみの1つなんだ。
店としては、完売の方が良いんだけど。
そろそろフードの注文かな?
「お呼びですか?」
「今日のおススメ、まだ有る?」
「申し訳ございません。完売しました。替わりに何かお持ちしましょうか? お魚が宜しければ、鯛のカルパッチョがお勧めです。 お腹に溜まるものが宜しければ、、、」
マスターに教わったとおりに、お客様の気分や好みを聞いて、メニューを提案する。
「じゃあ、そのラムの煮込みと、オープンサンド。付け合せは野菜多めで。あと、ワインは、チンクアンタ。今日は、ボトルで持って来て貰おうかな」
「はい。かしこまりました」
コレッツィオーネ チンクアンタは、確か、この店の隣の事務所の所長さんの好きなワインだ。
ボトルでって事は、今夜は約束してるのかな?
森國社長と、七尾所長は知り合いみたいだし。
森國社長の隣の席は、空けておいた方が良いだろう。
マスターにオーダーを通すと、何か少し考えているようだった。
「旬。バットに氷出して。出したら、塩を一掴み氷に振りかけておいて」
「はい。 分かりました」
一体、ナニを作るんだろ。
疑問に思いながらも、言われたとおり用意する。
「ワインを寝かせて置いて、クルクル回してくれるかな? 2分間」
「はい」
キッチンタイマーをセットして、氷の中でクルクル転がす。
「七尾所長は、この赤ワインは少し冷えたのが好きなんだ。 多分、一緒に飲むだろうから。それに今日は、春とは思えないくらいの陽気だったから、森國社長も冷たくて良いと思うんだけど、温度の好み有るか聞いて見て? 常温が良ければ、もう一本出そう」
「分かりました。確認してきます」
カウンターに戻ると、七尾所長が来店していた。
おしぼりを受け取りながら、史花さんと親しげに話している。
七尾所長は、マスターとも知り合いなんだよな。
なんとなく、敵対心。
この人は、オレと同じ匂いがする。
普段はそっけないんだけど、ほんの時々、マスターに柔らかい視線を送るんだよね。
もしかして、マスターに気がある?
そんなヒマがあったら、森國社長とくっ付けよ!
森國社長が、七尾所長に想いを寄せているのは、誰がみても明らかだろ‼︎
森國社長は、絶対、ゲイかバイだと思う。
「失礼いたします。森國様。 赤ワインの温度のお好みは御座いますか? コレッツィオーネ チンクアンタは、冷やしても美味しく頂けるので、冷たいものもご用意出来ますが」
「そうなんだ。
「なに? 森國の奢り? 俺は、コレ冷たいのが好きなんだ」
「じゃ、冷たいので宜しく」
「では、冷やしたものをお持ちいたします。少しお待ち下さいませ」
なるほど。
森國社長は、好きな人の
冷やしたチンクアンタを提供した後、マスターのところへ行く。
「マスター。流石です。冷やした方で注文入りました!」
「うん。良かった」
オレも、褒め作戦と同時進行で、好きなものリサーチだ。
「マスターもこのワイン好きなんですか?」
「うん。好きだよ。僕はお酒全般何でも好き。仕事中は、勧められても飲まないけどね」
うーん。特別って訳では無いみたいだ。
好みを探るって結構難しいな。
「マスターって、好きなもの何ですか?」
「え? 僕? 基本的に好き嫌いないよ」
「でも、何かあるでしょ?」
「そうだなぁー。 強いて言うなら、よもぎアレルギー」
ガクっ。
好きなものじゃなくて、苦手なもの情報かよ。
「さっ。あがったよ。 喋ってないで、持って行ってー」
カランカラーン。
ドアに付いたカウベルが、お客様の来店を報せる。
史花さんの旦那さんだ。
カウンターに、七尾所長を見つけて、一直線に向かって来る。
この人も、不思議な人だ。
妻子持ちなのに、七尾所長に向ける笑顔がとろけそうなんだよなぁ。
解せない。
そしてこの店なんなの?
イケメン率が高すぎる!
向かって左から、
森國社長は、インテリイケメン、
七尾所長は、線の細い中性イケメン、
樹さんは、オレ様イケメン、
振り返ると、マスターは混血モデルイケメン。
なにこれ。
オレも、たまには爽やかイケメン言われるけど、ここじゃ全然勝ち目が無い。
ホントなにこれ。
「春日。お疲れ。久々だな」
「あぁ。
「今日は近くで商談が有ったんだ。 旬くん、いつも史花が世話になってる。 ありがとうな。とりあえず、ビールで」
「いらっしゃいませ。こちらこそ、史花さんにはいつも助けて貰ってばかりです。ビールお持ちしますね」
ビールのグラスを取ろうと振り返ると、マスターが既にビールを運んで来ていた。
「樹さん。ようこそ。先日は有難うございました。コレは僕からのお礼です」
冷えたビールと、チーズとナッツのセットを置いた。
「おっ。ありがとう。遠慮なく頂くよ」
「今日はゆっくり出来るんですよね? 僕がご馳走しますから、沢山召し上がって下さいね」
「そんな、気を遣わなくていいのに。 でも、アキとは好みが合うからな。色々と(笑)。勝者のお言葉に甘える事にするか」
うーん。ここの関係も分からない。
仲が良いのか悪いのか?
史花さんを迎えに来た時にも2人は話すけど、なーんか独特の雰囲気なんだよね。
いつもは、座らないで帰るし。
今日は、ゆっくりしていくらしいから、ソコも要観察だ。
みんなの会話を聞きながら、頭の中で相関図を整理してみた。(全くの妄想だけど)
好きのベクトルは、、、
森國社長 → 七尾所長 →
もう1つは、
史花さん ⇄ 樹さん → 七尾所長
そして、
オレ →
男ばっかじゃねーか。。
オレがゲイだから、そう見えるのか?
んで?
ココが一番重要なのに、一番難しい。
マスターは、誰にでも優し過ぎるんだよ!
いつも、飄々としてるし。
ココに来る女性客にも、マスター目当ての子が沢山いる。
この前も、何かプレゼント貰ってたし。
ケー番聞かれていた事もあった。
店のカード渡してたから、プライベートの番号は教えてないはすだ。
知らないだけで、ホントは彼女居るのかな?
ってか、オレもマスターのプライベートのケー番知らないじゃん‼︎
なんて失態……
でも、どうやって聞く?
断られたら、凹むよなぁ……
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