第3話 みんなのベクトルが絡み過ぎな件

 出勤すると、まず、「今日のおススメ」が賄いで出される。


 賄い、ってもっと、残り物っぽい物を想像していた。


 初日にその事を言うと、コレも仕事のウチらしい。


 その日のおススメに、どんな食材が使われてるか、どんな味なのか、そして、その料理に合うお酒、お客様から聞かれた時に困らないようにする為らしい。


 マスターのやる事には、必ず意味がある。


 カッコいい。


 オレもこんな大人になりたい。


 今年22歳になるオレと5歳しか違わないのに…… 5年後、こうなってるとは到底思えない。


 マスターへの恋心に気づいたものの、一向に距離は縮まらない。


 何とかして、アクションを起こさなければ、このイケメンは、振り向いてはくれないだろう。


「うーむ」


 どうしたものか、と唸っていると。


「どうした? 口に合わない? 苦手なモノが入ってた? 」


「いえっ! 今日も美味しいです! ホタテもぷりぷりで甘くて美味しいし、海鮮のポトフって初めて食べました」


「良かった。 ホタテの出汁だしって、意外と根菜に合うだろ? じゃがいもも、人参も、より一層甘みが引き立つ」


「ですね。 マスター天才です!」


 取り敢えず、褒める作戦だ。


 本当に美味しいから、それを素直に言葉にして伝える。


「褒めすぎ(笑)。 じゃ、今日もよろしく」



しゅんくん。 おススメ、やまね」


「はい。 分かりました」


 やまとは、売り切れの事だ。


 山の頂上に到着すると、その先には何も無い事からくる表現らしい。


 今日のポトフは、完売か…… 残念。


 残ると、夜食にってバイト上がりに出してくれるから、それも楽しみの1つなんだ。


 店としては、完売の方が良いんだけど。


 森國もりくにさんと目が合った。


 そろそろフードの注文かな?


「お呼びですか?」


「今日のおススメ、まだ有る?」


「申し訳ございません。完売しました。替わりに何かお持ちしましょうか? お魚が宜しければ、鯛のカルパッチョがお勧めです。 お腹に溜まるものが宜しければ、、、」


 マスターに教わったとおりに、お客様の気分や好みを聞いて、メニューを提案する。


「じゃあ、そのラムの煮込みと、オープンサンド。付け合せは野菜多めで。あと、ワインは、チンクアンタ。今日は、ボトルで持って来て貰おうかな」


「はい。かしこまりました」


 コレッツィオーネ チンクアンタは、確か、この店の隣の事務所の所長さんの好きなワインだ。


 ボトルでって事は、今夜は約束してるのかな?


 森國社長と、七尾所長は知り合いみたいだし。


 森國社長の隣の席は、空けておいた方が良いだろう。


 マスターにオーダーを通すと、何か少し考えているようだった。


「旬。バットに氷出して。出したら、塩を一掴み氷に振りかけておいて」


「はい。 分かりました」


 一体、ナニを作るんだろ。


 疑問に思いながらも、言われたとおり用意する。


「ワインを寝かせて置いて、クルクル回してくれるかな? 2分間」


「はい」


 キッチンタイマーをセットして、氷の中でクルクル転がす。


「七尾所長は、この赤ワインは少し冷えたのが好きなんだ。 多分、一緒に飲むだろうから。それに今日は、春とは思えないくらいの陽気だったから、森國社長も冷たくて良いと思うんだけど、温度の好み有るか聞いて見て? 常温が良ければ、もう一本出そう」


「分かりました。確認してきます」


 カウンターに戻ると、七尾所長が来店していた。


 おしぼりを受け取りながら、史花さんと親しげに話している。


 七尾所長は、マスターとも知り合いなんだよな。


 なんとなく、敵対心。


 この人は、オレと同じ匂いがする。


 普段はそっけないんだけど、ほんの時々、マスターに柔らかい視線を送るんだよね。


 もしかして、マスターに気がある?


 そんなヒマがあったら、森國社長とくっ付けよ!


 森國社長が、七尾所長に想いを寄せているのは、誰がみても明らかだろ‼︎


 森國社長は、絶対、ゲイかバイだと思う。


「失礼いたします。森國様。 赤ワインの温度のお好みは御座いますか? コレッツィオーネ チンクアンタは、冷やしても美味しく頂けるので、冷たいものもご用意出来ますが」


「そうなんだ。 春日はるひさん、コレ好きですよね? どうします? 」


「なに? 森國の奢り? 俺は、コレ冷たいのが好きなんだ」


「じゃ、冷たいので宜しく」


「では、冷やしたものをお持ちいたします。少しお待ち下さいませ」


 なるほど。

森國社長は、好きな人のこのみのモノで、気持ちアピール作戦か…… 。


 雨野さんマスターは、何が好きなんだろ?


 冷やしたチンクアンタを提供した後、マスターのところへ行く。


「マスター。流石です。冷やした方で注文入りました!」


「うん。良かった」


 オレも、褒め作戦と同時進行で、好きなものリサーチだ。


「マスターもこのワイン好きなんですか?」


「うん。好きだよ。僕はお酒全般何でも好き。仕事中は、勧められても飲まないけどね」


 うーん。特別って訳では無いみたいだ。


 好みを探るって結構難しいな。


「マスターって、好きなもの何ですか?」


「え? 僕? 基本的に好き嫌いないよ」


「でも、何かあるでしょ?」


「そうだなぁー。 強いて言うなら、よもぎアレルギー」


 ガクっ。


 好きなものじゃなくて、苦手なもの情報かよ。


「さっ。あがったよ。 喋ってないで、持って行ってー」


 カランカラーン。


 ドアに付いたカウベルが、お客様の来店を報せる。


 史花さんの旦那さんだ。


 カウンターに、七尾所長を見つけて、一直線に向かって来る。


 この人も、不思議な人だ。


 妻子持ちなのに、七尾所長に向ける笑顔がとろけそうなんだよなぁ。


 解せない。


 そしてこの店なんなの?


 イケメン率が高すぎる!


 向かって左から、

 森國社長は、インテリイケメン、

 七尾所長は、線の細い中性イケメン、

 樹さんは、オレ様イケメン、

 振り返ると、マスターは混血モデルイケメン。


 なにこれ。


 オレも、たまには爽やかイケメン言われるけど、ここじゃ全然勝ち目が無い。


 ホントなにこれ。


「春日。お疲れ。久々だな」


「あぁ。いつき。お疲れ様。珍しいな」


「今日は近くで商談が有ったんだ。 旬くん、いつも史花が世話になってる。 ありがとうな。とりあえず、ビールで」


「いらっしゃいませ。こちらこそ、史花さんにはいつも助けて貰ってばかりです。ビールお持ちしますね」


 ビールのグラスを取ろうと振り返ると、マスターが既にビールを運んで来ていた。


「樹さん。ようこそ。先日は有難うございました。コレは僕からのお礼です」


 冷えたビールと、チーズとナッツのセットを置いた。


「おっ。ありがとう。遠慮なく頂くよ」


「今日はゆっくり出来るんですよね? 僕がご馳走しますから、沢山召し上がって下さいね」


「そんな、気を遣わなくていいのに。 でも、アキとは好みが合うからな。色々と(笑)。勝者のお言葉に甘える事にするか」


 うーん。ここの関係も分からない。


 仲が良いのか悪いのか?


 史花さんを迎えに来た時にも2人は話すけど、なーんか独特の雰囲気なんだよね。


 いつもは、座らないで帰るし。


 今日は、ゆっくりしていくらしいから、ソコも要観察だ。


 みんなの会話を聞きながら、頭の中で相関図を整理してみた。(全くの妄想だけど)



 好きのベクトルは、、、


 森國社長 → 七尾所長 → 雨野さんマスター


 もう1つは、


 史花さん ⇄ 樹さん → 七尾所長


 そして、


 オレ → 雨野さんマスター


 男ばっかじゃねーか。。


 オレがゲイだから、そう見えるのか?




 んで? 雨野さんマスターのベクトルは?


 ココが一番重要なのに、一番難しい。


 マスターは、誰にでも優し過ぎるんだよ!


 いつも、飄々としてるし。


 ココに来る女性客にも、マスター目当ての子が沢山いる。


 この前も、何かプレゼント貰ってたし。


 ケー番聞かれていた事もあった。


 店のカード渡してたから、プライベートの番号は教えてないはすだ。


 知らないだけで、ホントは彼女居るのかな?


 ってか、オレもマスターのプライベートのケー番知らないじゃん‼︎


 なんて失態……


 でも、どうやって聞く?


 断られたら、凹むよなぁ……


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