危ないことは分かってる

 風が強くて、温度も低い。

 昨日までは暖かかったのに。今日は危険だ。

 これから人と会う。そして彼は危険。

「久しぶり」

「久しぶり」

 彼は笑顔で言った。

「あそこで飲もうか」

 そうしよう。

 地下の居酒屋は人があんまりいなかった。僕たちと店員がいくらかと、まばらな他人。

 僕は黒いビールを頼む。彼は青いカクテル。

「お前の方から会おうっていうなんてな」

「ああ」

 乾杯、とグラスを傾ける。何に乾杯したんだろう。

「最近どうだ。俺と連絡を断ってから」

 僕は過去を思い出す。どのくらい過去を思い出せばいいだろうか。

「特に変わってないよ」

「お前の顔を見れば分かるよ」

 彼は笑う。自分の顔をぺたりと触れる。そうか?

 それから色々話した。僕や彼のこと。なぜ連絡を断ったのか。景色や風景、忘れられない思い出など。

「それで石はやったのか?」

「まだやってない」

 既にタバコを十本吸っていた。普段はそんなに吸わない。女が悲鳴をあげていた。いつの間にかたくさん人がいた。酒を飲んでいた。他にも悲鳴をあげていた。だけど、楽しそうだ。

「いい加減にやれよ」

「でも、彼女と別れてさ」

 彼はそこで席を立った。僕はよくフリーズするスマホを開き、pinコードを叩く。ブラウザを立ち上げて、何をしようとしていたのか思い出そうとする。十秒前を思い出せない。本を取り出すのに二十秒かかる。

 ばたん。

 誰かが倒れた。

 カウンターで彼が倒れていた。周りには男がいて、女がいた。彼を囲んで何か話している。

 僕はぶるぶる震えてトイレにいった。

 黒くない小便がたくさん出る。男子トイレは汚い。ばたん、とドアを閉める音がする。女が入ってきた。

「あっ、ごめんなさい」

 彼女は間違えていた。酔っぱらっていたのだろう。小柄で声も小さい。

「いいんですよ」

 僕は手を洗い、石を殺す。幸い彼のお陰で外が騒がしかった。

 僕は地下の居酒屋から出る。

 外は寒く、風が強い。危険だ。本屋に寄ろう。普段は本なんて読めない。風と同じで。関わるには勇気がいる。

 彼女と別れたのもこんな凍ての風が吹く日だった。実のところ、その時石を追っていた。結局僕を遠ざけた理由を教えてくれなかった。

 さっきまでいた居酒屋には人だかりができていた。何かあったのだ。僕は何かを思い出そうとするが、思い出せない。

 駅に行く。ふと思い立つ。今度海外に行こう。今日は寒い。風が強くて、危険だった。分かりきったことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る