魔女の空

 僕は轟音の後ろに座っている。そこは屋根の上、僕の家。

 すぐ横にはショットガン。あと500mlの缶ビールが6個。その脇をまだ熱い薬莢が転がっていく。

 遠くの空に黒い転々が見える。魔女たちだ。僕は目を細め、次弾を装填する。

 ぬるくなった缶ビールを開ける。プルトップから炭酸が弾ける音。口を付けるとひどい味がした。まるで蛙の小便だ。そもそも僕はビールが好きじゃない。ぬるいビールは終末の味がする。でもおかげで頭が冴えてきた。

 ここ数日ろくに寝ていない。最後に寝たのはいつだったか。それも覚えていない。でもようやく魔女が現れたんだ。ここで仕留めなきゃ意味がない。

 黒い点はゆっくりとこちらに近づいてくる。魔女があまりにゆっくりだから僕が近づいているのではないかと思った程だ。しかし僕は正気である。自分を見失っていない。頭は冴えてるよ。プリン体による不健康な細胞の活性化によって。

 魔女は翼を広げ好き勝手に飛び始めた。落ち葉が風に揺れるようにひらひらと自然に。何事にも逆らわずに。その夜を編みこんだ黒い羽を無邪気に見せびらかす。でも僕はそうは行かない。羽がないから、逆らわなければ生きていけない。不自然にでも生きる覚悟を持たなきゃいけない。

 魔女に照準を合わせる。

 先の読めない動きをしているが、銃口を向けてもよける気配はない。ひらひらゆっくり飛んでいる。僕は魔女の動きを先読みし、ゆっくりと銃身を動かす。狙いが定まる。魔女と目が合う。赤い誘惑。笑顔。引き金を引く。衝撃が僕を襲う。

 魔女は僕の眼前から消えていた。彼女の気配は後ろに凄まじいスピードで移動していた。そして僕は血を吐く。そのほかにもビールや胃液も一緒に吐き出す。僕のわき腹は背骨が見えるくらい抉られていた。彼女が抉ったものだ。そして二度目の衝撃。それは背後から。背中を突き破り内臓を訪れ胸から彼女の鋭利な爪が飛び出した。僕は一部始終をゆっくりと見ていた。一番近いところで。いつものように。

 そのほっそりとした手を握る。手には指輪がはめられていた。それは僕が妻にプレゼントしたものだ。

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