獅子の山
我々はとうとう獅子の山にたどり着いた。フランベルジュのようにとがった岩を超え、霧をかき乱し、獣でさえ躊躇する山を踏破した。そこにあるのは獅子の山。我々の子供をさらった獅子たちが棲んでいる。仲間は皆屈強な古強者ばかりで、銃をかついで息巻いていた。皆獅子に子供を連れていかれた怒りに身を焦がしている。それぞれが、邪悪な獅子など怖くない、それより俺の子供を返してくれ、という嘆きを弾丸に込めていた。
我々が山頂に突入すると獅子たちがいた。そして子供たちもいた。子供たちは獅子と戯れていた。子供たちは獅子の四肢にまとわりついて毛づくろいをしていた。獅子は目を細めて心地よさそうに低い声で唸る。中には腹を見せてごろごろするものもおり、子供たちはそこに乗っかって楽しく遊んでいた。
仲間たちが銃をとどろかせる。その谷を裂く轟音に獅子は体を震わせ一目散に逃げ出した。その様子を子供たちはじっとみていた。
ある仲間が雄叫びをあげて駆け出した。彼は一頭の獅子をしとめたようだった。獅子のこめかみには穴が開きそこからどくどくと血が流れ出ていた。
我々は銃を投げ出し子供たちの元へ駆け寄る「父さん」と呼んでくれる私の息子は少し痩せていたが、元気なようだった。
「父さん」
「なんだい」
「また母さんを悲しませるの」
ささやきが最小の形で私を穿つ。
帰り道、あれほど強く雄々しく尊敬の念すら抱いていた自然の数々は、今の我々にとってただの物だった。我々を取り巻いていた一種の幻想はたちどころに消え、今あるのは泥のような倦怠感と肩に深く食い込む銃の重さだけだった。
こどもたちは自由だった。ふわふわと崖をくだり、まるで鹿のようだった。
私は知っている。この帰路が何に続いているかというと、それは明日だ。そこには家族がいる。しかしそこに妻はいない。妻は私の粗暴さに嫌気が差し、出て行ってしまった。私だけではない。今日いる仲間のほとんどが離縁している。私は妻がこどもととても仲が良かったのを思い出す。子供が彼女の肩を叩き、妻は目を細めて心地よさそうにする。その情景が私の喉に食い込む。
私は仕留められた獅子をふと見やる。獅子にたてがみはなかった。横を見る。仲間が私を見る。周りを見渡す。仲間が仲間を見る。我々は泣いて笑った。いつのまにか子供たちが我々を取り囲んでいる。彼らの瞳は黒く塗りつぶされ静謐な獰猛さをたたえていた。
「さあ」
と子供たちが私に言う。
「ああ」
我々は銃を口に頬張り引き金を引いた。我々は首なしとなり切り立った崖を下って行った。私はごろごろとどこまでも転がり、やがてぼろぼろになってとまった。私がそこで朽ちていると、何者かの手が私をやさしく包み込んだ。それは懐かしいハンカチのような匂いがした。匂いは、あなた、と私の頬を舐める。
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