CASE 亡者の魔窟‐スラムビルの悲哀歌‐ 2


 セルジュとレイスの二人は、徘徊するゾンビ達を適当に返り討ちにしながら、次の目的地へと進んでいた。三つ首の猟犬の生えたセルジュの武器に対して、レイスの手にしているものはスプーンやフォークといった通常、武器とは言えないシロモノだった。それなのに、レイスは人間業とは思えない動作によって、フォークを投擲してゾンビの喉を貫通させ、スプーンでゾンビの頭蓋を叩き割って腐敗臭のする脳をすくい出す。

 

 ……イリーザは刃物だってのに、やっぱこの赤ずきん、おかしいわ。

 セルジュは内心、レイスの行動を気持ち悪がっていた。


 やがて、区画長から言い渡された、4棟の508号室へと辿り着く。

 目的地が近付くにつれて、マンションの通路に蜘蛛の糸が張り巡らされており、ミイラ化した人間の死体が蜘蛛の糸に絡み付いていた。


 何かが、這い回る音が中から響き渡っていた。


「いるな」

「いるわね」

 二人は互いの顔を見て頷く。


「何が来るか分からないが、突入するか?」

「銃撃戦よりやっかいかもしれないけど、やってみようかしら」

「物音がするが。何か喰っているみたいだが?」

「悲鳴も聞こえるわね。どうする?」

「もし、中に誰かいたらどうするんだ?」

「そんなの、決まっているわ」

 レイスは唇を三日月型に歪めた。

 彼女はゆっくりと扉を開ける。鍵は掛かっていなかった。


 中では、捕食行為が行われていた。

 足が十本もある巨大な蜘蛛によって、人間が生きたまま血を吸われていた。喰われているのは整った顔立ちの若い女だ。豊満な体躯に、長い黒髪だった。下着姿だ。べったりと、大量の小蜘蛛が張り付いて、皮膚の中へと侵入していっている。


「あがっ、ひぐっ、あな、貴女達、あな、貴女達、たす、助けて…………」


 セルジュとレイスの二人は、若い女がゆっくり消火液を注入され、皮膚の中に小蜘蛛が侵入して内部から貪り喰われていく様を、淡々と観察しながら眺めていた。途中、女はセルジュとレイスの二人に対して、哀願と罵声の声を浴びせるが、二人はその一切を無視していた。女は絶命する。捕食行為はその後も止む事無く、たっぷり三十分近く掛けて、食事は終わったみたいだった。


<おい。何故、助けなかった。怖くて震えていたからか?>

 巨大な蜘蛛は二人に訊ねた。


「ああ? 決まってるだろ。俺達はテメェを始末しろって言われているが。人助けをしろっては言われていない。お前がどんな風に獲物を喰っているのか。他にも、この部屋の中がどんな間取りになっているのか、お前が女喰っている間にじっくり始末出来る方法を観察していたんだよ」

<非情だな。人類はもう少し人情に溢れていると聞くぞ>

「そんなもの、生まれた直後にドブ水に捨てたわ。今からすり下ろそうと思うんだけど、いいかしら?」

 そう言って、レイスは両手にスプーンを取り出した。


<まあ、待てよ。お前らは確かにイイ女だし、喰いたくて仕方ねぇ程、好みだが。たった今、俺は食事を終えて、満腹している。糸で捕縛しても面倒そうだしな>


「2棟の区画長からテメェを始末しろって言われている。俺は金の為にやっている。最後に言い残す事があるんなら、聞いてやってもいいが」


<お前らは殺し屋か何かか? なら、俺からの依頼で2棟にいる、芋虫野郎のブルムプルムをブチ殺してくれないか? 金は奴の倍出す>


「信用ならぇよ。処でこのビルにゾンビが大量に徘徊しているんだが、テメェの仕業か?」

 セルジュは短剣の先を突き付けた。

 三つ首の犬が唸り声を上げ続けている。


<違う。ゾンビを作り抱いている奴は、8棟にいる区画長のニオベーだ。俺の名はシェロム。此処、4棟の区画長だ。別の棟の連中を捕食している>


 セルジュは問答無用で、怪物犬をけしかけようとする。

 レイスが少しだけ、片手をセルジュの前に突き出して制した。


「待って、セルジュ。彼から少し話を聞きましょう。シェロムと言ったわね。私に憑いている化け物達がいるんだけど。この亡者の魔窟では、祓い屋がいると聞いているわ。そいつなら、私に憑いている化け物達を祓う事が出来ると思って、此処に来たんだけど」

<祓い屋か。それなら、7棟にいる筈だ。607号室だって聞く。この亡者の魔窟では、区画長同士が権力争いを行っている。お前らはブルムプルムに雇われたみたいだが、善悪では動いていない筈だ。とにかく、金なら倍払う。正直……お前らは得体が知れない。俺だって殺されるのはごめんだ>

「先程まで女喰い殺していた奴がよく言うぜ。まあいいけど」

「7棟にいるのよね。ふふふっ、私はそこに行かせて貰うわ」


 セルジュは、鞄の中からナイフを取り出して、無造作に蜘蛛の頭部に命中させた。

<あ、れ? ……?>

 シェロムは崩れ落ちる。


「それはそうと。依頼人からの仕事はキッチリ守らねぇと。信用に関わるんでな」

 そう言うと、セルジュは踵を返す。


<俺を助けてくれるんじゃ…………>

「ごめんなさい。もう、貴方から聞きたい事は無いの」

 そう口にしたのは、レイスの方だった。


 小蜘蛛が大量に這い寄ってきて、シェロムの肉体を喰い始める。シェロムは急に置き上がると、抵抗を始めた。

<ま、待て、ちょっと死んだ振りを、待て、待て、お前ら…………!>

 大蜘蛛は小蜘蛛達によって全身をまだ息があるうちに貪り喰われていった。

 セルジュもレイスも、その光景を眼にする事なく、その場から立ち去った後だった。



 二人は7棟に辿り着く。


 区画長の部屋らしき場所は、何となく分かった。

 まるで、縄張りを誇示するかのように、異様なまでの雰囲気が漂っているのだ。

 7棟だと、怪音波が発せられて、頭部の無い虫のような足の生えた蝙蝠が何匹も飛び回っていた。察そう、このマンションに住んでいる者達は人間なのだろうか。人間では無いのだろう。怪物達が己の権力を争い合っている。そんな中、セルジュは巻き込まれた、という形なのだ。レイスは分かっていたみたいだが……。


「さて。どうするよ。7棟の607号室にこのまま向かうか?」

「ええっ。ふふっ」

 奇形の蝙蝠達が二人の下へと集まってくる。更に、足が一本の木で出来た案山子のような人形達が二人に向かってきた。

 レイスの影が、ごぽり、ごぽり、と呻いていた。

 影の中から、異形の獣達が現れて、襲い掛かってくる怪物達を次々と喰らっていく。それを見ながら、レイスは少しだけうっとりとした顔をしていた。


「さて。6階まで上がりましょう」

 そう言って、彼女は不気味に微笑む。

 二人はそのまま階段を登り、6階の607号室の前に辿り着く。

 此処に、祓い屋がいるとの事だが……。


「お前が開けろよ。お前の問題なんだろ? その分けの分からない呪いのようなものを解除する為にさ」

「ええっ。これでお別れね。私の新しい人生は始まるかしら……」

「それは知らねぇな。そのお前に取り憑いている無数の狼の化け物みたいなのがいなくなった人生って想像付くのか?」

「うふふっ。付かないわね。物心付いた頃からいるのだから。でも、これは忌まわしい、私の出生そのもの、消し去らなくてはねえ」

 そう言って、レイスはドアを叩く。

 中から、しわがれた老婆の声が聞こえた。がちゃり、と、鍵が開けられる。


 二人は部屋の中へと入り込む。


 今度は、部屋全体に老婆の顔がびっしりとこびり付いていた。話を聞く限りだと、この老婆はこの7棟の区画長だと言う。老婆はあらゆる呪いなどを口から吸い込み浄化し、呪いを解く事が出来るのだと言う。

「お願い出来るかしら? 私に取り憑いた忌まわしき存在を」

 レイスは老婆に訊ねる。

 老婆は承諾したみたいだった。


 老婆は口を大きく広げる。

 レイスの影から、何者かが大量に這い上がっていく。

 それらは、二足歩行をする大量の狼達の軍団だった。人狼とでも呼ぶべきなのだろうか。人狼達は戦慄き声を上げ続ける。老婆は口を大きく広げて、狼達を吸い込もうとする。部屋中を人狼達は走り回る。レイスを中心に、まるで、それは一つの暴風のようだった。

 セルジュは部屋の外で、その光景を眺めていた。


 やがて、凄まじい咀嚼音が聞こえてくる。

 セルジュが部屋の中を覗くと、壁や天井と一体化した老婆の頭部が、人狼達によって貪り喰われている光景だった。

 レイスは嘆息する。


「やっぱり。駄目だったみたいね………、…………。とても、残念。私は、この呪いと悪夢から逃れる事は出来ないのかしら……」

 祓い師である老婆を喰い終えた後、人狼がずずっと、レイスの影へと戻っていく。


 レイスは大きく溜め息を吐くと、踵を返して部屋を出た。


「じゃあ、セルジュ。貴方の方ね。あの大蜘蛛は始末した処だし。貴方はあの芋虫から報酬を貰って、此処を出るのよね?」

「そういう事だ。長居するだけ気持ち悪さが倍増するような場所だからな」

 セルジュはそう言うと、あの芋虫の区画長の場所へとレイスと一緒に戻る事にした。



 依頼人の部屋に戻ってみると、依頼人である芋虫がゾンビに貪り喰われていた。あの芋虫頭の男のものらしき粘液が、部屋中に飛び散っており、手足は引き千切られながらゾンビ達に脳を貪り喰われている処だった。逆襲にあったのだろうか。


 セルジュは半ば、呆然自失になりながら、どうやって金をせしめようか考えていた。

 ひとまず、彼に言われたのは、大蜘蛛を殺してくれっていう依頼だけだ。

 もう、帰ってしまっても構わないのだが……。


「どうするの? セルジュ? 私はもう此処に用は無いのだけど」

 レイスはかなり残念そうな顔をしていた。無駄足だった、みたいな顔だ。


「こんな場所に来て、タダ働きされたんじゃ溜まったもんじゃねぇよ。俺の生活費とかもあるしな。何か、依頼料の代わりになるものを部屋の中から物色して帰るとする」

 そう言って、セルジュはゾンビが徘徊する部屋の中を、ゾンビを退けながら物色し始めていた。特に何も無い。家具なども、破壊されている。


「どうするの?」


「腹いせに、このゾンビを作った奴の処に行って、金を巻き上げてくる。迷惑料込みで倍以上の金をぶん取ってくる」

 そう言って、セルジュは8棟のゾンビ使いであるニオベーとか奴の元に殴り込みにいく事になった。かなりムカ付いている為に、ボコボコにしてやってから迷惑料を取る事に決めた。

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