CASE 亡者の魔窟‐スラムビルの悲哀歌‐ 1


「地図によると此処か。化け物屋敷と化したマンション型のスラムってのはな」


 夜風でセルジュのゴシック・ドレスが靡く。

 彼は以前、猟奇殺人者のサイコ女イリーザから貰った、人間の皮で作られた鞄を手にして、仕事に赴いていた。


 目的地の場所に辿り着くと、何処となく、食べ物の腐ったような臭いが辺りに漂っている。


 この場所は通称『亡者の魔窟』と呼ばれているスラム街だ。スラム街と言っても、ビル群が並んでおり、違法増築を重ねに重ねた結果、密集したビル群自体が一つの小さな集落と化している場所だ。


 此処にて、ある事件の解明をするのが今回の彼のビジネスの依頼だった。


 いわく、ビル内で起こっている不審死の謎を解明して欲しい、と。

 密集したビルを住宅とした、このスラム内にはヤクザや売春婦、ドラッグのバイヤーや果ては殺し屋、武器密輸業者、闇医者、違法賭博屋などが住んでいるのだが、それなりに秩序は保たれているらしい。売店も多くあり、必要な生活品などは売られているとの事だった。区画によっては、露店などが多く並んでいる。一応、パソコンや携帯電話などの文明の利器も揃っているらしい。


 この中で、どうも最近、怪事件が頻繁に起こっているとの事だ。

 それは、一人暮らしの人間を襲撃して生きながらにして血を吸ってミイラにするという猟奇的な事件だ。そしてその部屋の中には、大量の蜘蛛の糸が巣となって張り巡らされていたらしい。依頼人はプルムブルムという男で、謎の人物だった。今から、その人物に会いに行く処だ。


 ヤクザなどでも解決出来なかった為に、セルジュというある種の“何でも屋”が此処に呼び出されたというわけだ。


 アパートの入り口の中に入ると、換気扇が異様な音で回っているのが煩い。そして、蝿なども沢山、宙を舞っている。


 亡者の魔窟と呼ばれているが、正確には、此処は“虎血魔窟城塞”と呼ばれているらしい。虎血、というのは、元々、この場所を管理していた者が付けたらしいが……。


 外壁の所々には、植物が生い茂っている。

 まるで、ジャングルにでも迷い込んだかのようだった。


 セルジュはそのビルの入り口場所に向かう。

 アーチがあった。

 辺りには赤やら紫などの色をしたキノコが生えている。


 セルジュは入り口の奥を進んでいく。

 何者かが、天井を這っている音が聞こえた。


「さて。俺は此処から先に進まないといけないのか? っていうかな。こういう場所に人間は住めるのかよ?」

 これまでも散々、異形の世界に触れてきた。

 今更、どんな怪物や化け物の類が現れても、怖しくはない。


 換気扇の回る音が聞こえる。


 何者かの息遣いが聞こえる。

 セルジュはその息遣いのする方へと歩みを進ませた。

 

 くちゃり、くちゃり、と、うずくまっている何者かが床に転がったものを口にしているみたいだった。食べているのは人間の姿をした何かで、そして口にしているのは、明らかに生肉だった。強烈な腐敗臭が漂ってくる。

 

 蝿が、異様に飛び回っている。

 何者かが、ボロボロに錆びた金属の階段を降りてきた。


「あら。ふふふっ、久しぶりじゃない」

 真っ赤な赤ずきんのフードを被った女。レイス・ブリンク。

 彼女が階段の上に立っていた。


「久しぶりだな。お前もビジネスの依頼で此処に来たのか?」

「違うわよ。私は私に“憑かれた呪い”を追い払う事が出来るかもしれないから、此処に来たの」

 そう言って、レイスは自身の影を覗き見ていた。

「呪いを解くってか。此処に何かあるのか?」

「さあ? 今の処は言えないわ。処でセルジュ、此処って、少し前まではただのスラムだったって知ってた?」

「ただのスラムってあれか? 売春窟があって、質の悪いドラッグ吸って、その日生きるにも他人から喰い物でもくすねなければならない、って感じの普通のスラムかよ?」

「まあ、そんな処だけど。ある出来事がきっかけで、この魔窟全体が化け物達が徘徊するテリトリーになってしまったの」

 そう言いながら、レイスはくっくっと、陰気に微笑む。


 セルジュは少しだけ眼を泳がせながら、彼女を見ていた。


“欠損収集者・レイス”。

 彼女はあのハイテンションなサイコのイリーザとは、また違った意味で異常者であり、猟奇殺人鬼なのだ。レイスの残虐性は、陰湿的で彼女自身の世界に対する憎しみが渦巻いているかのようだった。

 だが、一応の処、今回はビジネス・パートナーと言った処だろうか。


「案内して貰えるか? 此処のビル群の何処かにいる災厄の元凶を始末するように言われている」

「ええいいわよ。私と貴方の仲。私が道中、道案内してあげる。ふふふっ」

 彼女の地面から伸びている影が、ごぽりごぽりっ、と、蠢き、中から何かが這いずり出そうとしていた。それは彼女に取り憑いている化け物達だ。その化け物によって、彼女は彼女に危害を加えようとする者を始末する。


 正直、……イリーザよりも苦手だ。何を考えているのか分からない……。


 ……むしろ、イリーザの方は、分かりやすく裏表の無いサイコだからなあ。ハイテンションの猟奇殺人鬼。


 セルジュはレイスの方をより警戒していた。

 つまり、イリーザと違い、……“付き合いにくい”。“接しにくい”と言った方が適切だろうか。一応の処、イリーザの方は互いに軽口を叩き合える仲だが、この赤ずきんの方が正直、気味が悪いのだ。……だが、一応、レイスと仕事をするのは初めてでは無い、味方だと頼もしいとも言える。


「じゃあ、このビル群の中にお供にしてくれよ」

「ええっ。ふふふっ」

 赤ずきんは口元に指を当てて笑う。


「ねえ。セルジュ、何か考え事していたみたいだけど?」

「ああ? 騒いで歌う服着た歩くB級スプラッタ・ホラーが友人にいるんだが、そいつのせいで、この前、酷い目にあってな」

「それは御愁傷様」

「おいレイス。お前、人間を惨殺する趣味とかってある?」

「無いわね。惨殺死体なら平気だけど」

「それは悪くないな。ついでにお前のイカれた性癖が出ない事を祈るばかりだ」

 セルジュは、レイスと組んだ時の事を思い出して、毒を吐いた。

 レイスは何処吹く風といった顔をしていた。


 二人はそんな会話をしながら、汚いマンションの階段を登っていく。+

 マンションの所々には、異様に湿気が溜まっており、カビや苔が壁を覆っている場所が多かった。換気が悪過ぎるのだろう。


 ふと。

 明らかに、何者かが遠くで呻いているような音が響いていた。


「おい、レイス。このマンションの住民達は?」

「各々、家々に住んでいるわよ。でも、避難しているみたい」

「何が巣食っているんだよ? 此処に?」

「ふふっ。しばらく行けば、会えるわ」


 二人はマンションの二階に上がっていた。

 通路の途中で、何者かが徘徊している事に気付く。

 そいつらは、身体中が朽ち果てており、下半身が無いまま両手だけで這いずっている者もいた。眼球が今にも零れ落ちそうで、歯の所々が無い。唇の大部分も欠損している。


 所謂、ゾンビ、といった処か。


「ゾンビだな。なんだ? 此処は?」

「まあ、そういう事。ゾンビ・ウイルスなのか死体を操作しているネクロマンサーがいるのか分からないけど、大量のゾンビが徘徊しているわ。噛まれたら、ゾンビ化して知性無くなるから気を付けて」

「ふん。ただのゾンビか?」

「まあ。ゾンビ映画に登場する程度の、銃で殺せる連中」

「その程度なら、俺達の敵じゃねぇな。油断しなければだけどな」


 セルジュはゴシック・ドレスをめくり、太股に吊り下げている短剣を取り出して、その鞘を引き抜く。鞘の形と合わない炎状の刀身が現れ、刀身が変貌していく。


 三つ首の獰猛な犬の頭になり、徘徊するゾンビ達を次々に貪り喰っていく。


「何処に行けばいい? 目星は付いているのか?」

「一応、地図を持っているわ。この迷路と化した巨大スラムの」

「そうか。助かるぜ」

 二人はビルの中を進んでいく。

 違法建築によって作られている為に、所々に別のビルへと向かう階段や通路が存在するらしい。そして、区画によって“町長”みたいな人間がいるのだが、まずはその人間に話しを聞きにいくという事だった。



 途中、生きている住民達も何名か見付けたが、セルジュ達を見てすぐに各々の家の中へと戻った。セルジュとて、彼らと余り関わり合いにはなりたくない。あくまでも、ビジネス・ライクだ。特にこんなスラムの住民達に興味も無い。


 奥に進むに連れて、壁や床の苔の浸食が酷くなっている。

 雑草が群生し、キノコなどの類も生えていた。


 通路や階段などを迂回しながら、目的地に向かい、道中、発生したゾンビ達を次々と倒していく。レイスに近付いたゾンビ達は、彼女が操る何か狼のようなものによって貪り喰われていった。


 やがて、二人は“区画長”と呼ばれる、ビルの一角を納めている者の住むマンションの部屋の前に辿り着いた。


「ったくな。人間の住める場所に作り直せって思うぜ」

「まあ。此処、違法建築だらけで欠陥住宅と化しているのよ」

 レイスはそう言って、部屋の扉をノックした。


「もしもし、私達、此処にいる怪物を退治しに来ました」


 鍵は開いているから、入れ、と中から聞こえた。

 セルジュは簡単に挨拶の言葉を言うと、中へと入る。


 部屋の中は暗い。

 湯気が顔にこびり付いた。

 何かを鍋で煮込んでいる音が聞こえる。

 

「おい。何か煮込んでいるのか? 肉料理に思えるけど」


 キッチンを見ると、肉を削いだ骨が置かれており、団子状のものが、まな板の上に置かれている。セルジュは何か生き物の気配を感じて、気配を感じる場所を見て見ると、そこには水槽が置かれていて、中に金魚が泳いでいた。肉団子は金魚の餌に使われているみたいだ……。


 レイスはキッチンに近付いて、骨の幾つかをまじまじと眺めていた。


「これ、人間の骨」

 彼女は薄らと微笑む。瞳の奥に、何処か凄まじい多幸感を抱いていた。


 セルジュは唇を歪ませて、部屋の住民を探す。


「おい。人間の死体処理しているのか? 俺達は化け物を始末しろって言われて来たんだが、人間を解体する手伝いをしに来たんじゃねぇぞ」


 部屋の奥から、何か人間らしきものの気配が立ち上がる。

 じゅるじゅる、と、奇怪な音と立てながら頭の部分から怪奇音を発していた。


 この部屋にいる“区画長”と呼ばれる者は、明らかに人間では無い何かだった。


「ギギィ。ヒヒィ。よく来てくれた。これから、4棟の508号室に巣食っている蜘蛛の化け物を退治して欲しい。ヒヒィ。報酬は、討伐完了後でいいかな……」

「いいけど……。完全な好奇心だけど、冷蔵庫の中も見せて貰えないか?」

 セルジュは訝しげに言う。


「ギギィ。お前達は我々の邪魔はしないな?」

「面倒な犯罪の加担をしたくねぇからな」

 そう言って、セルジュは部屋の中にある大型冷蔵庫を開ける。

 すると、中にはびっしりと、人間の解体死体がビニールに包まれ、タッパーに入れて詰め込まれていた。……セルジュは、ふと、気付く。


「なるほど…………」

 彼は区画長の方を見る。

 暗闇で眼が慣れて、ようやく、区画長の姿が見え始めた。

 区画長の頭部は、巨大な芋虫だった。ぎしぃ、ぎしぃ、と、巨大な口から唾液を垂らしながら、触角を動かしていた。複数の単眼が此方を興味深そうに眺めている。


「解体しているのはゾンビの肉か? 腐って臭いし、冷蔵庫の中で未だ動いている部位があったぜ?」

「殺菌消毒して、食糧不足の住民に分け与えている。ギィ、ギィ」

「食べた住民はゾンビ・ウイルスに感染しないのか?」

「熱で殺菌消毒している。ギィー、ギィー、ギィー」

 うじゅる、うじゅる、と、芋虫男の口腔から唾液が垂れ流れ続けていた。


「そうか。俺達には関係無いから、言われた場所に行ってくるわ」

 そう言って、セルジュとレイスは部屋を出た。

 背後では、区画長が、ギィーギィー喚きながら、どうやら出来た食事の味見をしているみたいだった。ギィー、ギィー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る