チカクテトオイ

カノジョが欲しいっス

　「ウラアァァァァ！！」

　体育館に時東（ときとう）君の雄叫びが響き渡る。

　一之瀬君のパスを受け取った時東君がダンクシュートを決めて雄叫びをあげたのだった。

　今は体育の授業中で男子はバスケ、女子はバドミントンと男女に分かれている。

　体育は合同授業だから隣のクラスの一之瀬君とも一緒になるから楽しみなのだった。まあ、男女で別々なので一緒に何かをするというのはないのだけど。

　私と目があって一之瀬君が軽く手を振ってくれた。もちろん手を振り返す！　よしっ！　今のは絶対私を見てたはず！　

「よかったねえ、真希ちゃん」

「まあねー」

　隣に立ってるアヤが、ちょっとからかうような口調で冷やかしてくる。

　バスケの……いや、一之瀬君を見守ることに忙しい私は適当に相槌を打って観戦を続ける。

　バドミントンはダブルスの試合形式で行っているので、自分の番がまわっていない子は私と同じように男子のバスケを見ている。

　さっきから、バスケは時東君の独壇場になっていた。運動神経は抜群なので体育ではいつも目立っているけど、今日は特にすごくて暴れまくっている。

　一之瀬君もそつなくこなしているけど、時東君は頭一つ飛びぬけている上手さなのでボールを彼に集めるのが基本戦術になっているみたい。

　時東君が点を入れるたびに女子の黄色い声援が飛んでいる。それは別に良いんだけど、一之瀬君がボールに触る時も黄色い声援が飛ぶのはちょっと気に入らない……。せっかく時東君が頑張ってるんだから、そっちばかり見ておけばいいのに。

「クソッ！　そんだけできて何で水泳部なんだよっ！」

「時東にボールを回させるな！」

「つーか、アウェー感パナいんだが！」

　うちのクラスの男子たちが悔しそうな声をあげている。同じクラスなのに応援してなくてゴメン。

　はあ、真剣な顔の一之瀬君も良いなあ。いつもの優しい感じも好きだけど、ああやって男の子らしい表情も素敵だな。

「ねえ、マキマキ？」

　私が至福の一之瀬君タイムに浸っていると、突然同じクラスの子に話しかけられた。

　急に現実に引き戻されて少しドギマギしてしまう。

「え？　なに？　なに？」

「あ……、急にゴメンね？　ちょっと聞きたいことがあって」

「あ、大丈夫だから。で、聞きたいことって？」

「マキマキってさ、一之瀬君と仲良いよね？」

「え？　うん、まあ……」

「最近、なんか言ってなかった？」

「なんかって？」

「彼女できたとか」

「……うぇ？」

　ビックリしてのどが詰まってしまった。え、なんて？

　私が固まってなにも話せずにいたら、彼女はなにか納得したようで

「その様子じゃなにも聞いてないっぽいね」

　私はのどが詰まったままだったので、首を縦にコクコク振って答えた。

「いやね、こないだ祝日で休みだったじゃん？　その日にね一之瀬君が女の子と腕組んで歩いてたの見たからさあ」

「……どんな子だったの？」

「なんかスラ―っとした綺麗な子だったよ。同い年くらいだったけど、この学校の子じゃないと思う」

　まあ、いいやなんか分かったら教えてねー、と彼女は去っていった。

　崩れ落ちそうになった私を、横で一部始終を見守っていたアヤが支えてくれた。

「シッカリするんや真希ちゃん！」

「うぅ……アヤぁ……」

「まだホントに彼女ができたかなんて分からんやん。気になるなら本人に聞いてみよう？」

「ホントにいたらどうしよう……」

「大丈夫、大丈夫」

　よしよしと、アヤが優しく頭を撫でてくれる。

　バスケの方は一之瀬君がシュートを決めていた。周りの子たちが喜んでたけど、さっきみたいには素直に楽しめなかった。

　放課後の部活が終わってもみんなまっすぐ帰ることはせずに、グラウンドの端の方で階段状になっているスタンドに腰かけておしゃべりをしている。グラウンドには色んな部活の勢力圏というか力学が働いていて、水泳部は非常に無力な存在だからグラウンドの端の方を細々と使わせてもらうしかない。

　そして、私達は一年生部員で固まって話し込んでいた。その中にはもちろん一之瀬君も混じっている。

　私とアヤは体育の授業中に耳にした事をいつ彼から聞きだそうか、とタイミングを伺っていた。

　しばらく切り出せないでいたら、思わぬところから援護射撃が来た。

　同じく一年生部員の田辺（たなべ）君と桐嶋（きりしま）君が一之瀬君にそういえば、と話題を振りだしたのだ。

「一之瀬先生、彼女ができたってマジっすか」

「先生、俺たちもカノジョが欲しいっス」

　瞬間、私は一之瀬君の方に目が釘付けとなった。

　やるじゃん！　私は心の中で田辺君と桐嶋君を褒め称える。

「先生ってなにさ……。なんか今日はやたらとこの事聞かれたんだよなぁ」

　彼は少しうんざりした様子だ。

　多分、いろんな女の子から真偽について尋ねられたに違いない。

　ていうかあの子どんだけ噂広めてるんだろ……、これからあの子には気をつけよう。

「あー。それ、私も何か知ってないか聞かれたよ」

「うん、同じく」

　一年女子の子達も今朝の私と同じように聞かれたみたいだ。

「なんか腕組んで歩いてたとか、タダの友達なんかじゃないっスよね」

「言い逃れはできないっスよ先生！」

「だから、なんで先生なのさ」

　田辺君と桐嶋君は、グイグイと突っ込んで聞いてくれている。

　そう、そこは私も気になってたんだから早く説明してよ。

　思わず身を乗り出して、耳をすませる。

　私の様子に気づいた時東君が、少し怖がっているような気もするけど気にしていられない。

　アヤはそんな光景をみて隣で苦笑いをしている。

「タダの友達だって。行くところがなくてフラフラしてたら、たまたま出会ったんだよ。で、その日はお互いに暇だったから、適当に遊ぶことになっただけだってば」

　嘘だ。

　ちょっと前に、一之瀬君のその日の予定をさり気なく聞いている。

　そのときは、友達と遊びに行くって言ってたのに、どうしてたまたま出会ったとか言うんだろう。

　一之瀬君の後頭部をにらんでやる。

　視線を感じたのか、一之瀬君が私の方を振り返ったのでニコッと笑顔を作った。

　一之瀬君もニコッと笑い返してくれた、うれしい。って、そうじゃない。

　ずっと気になっていたことを、このタイミングで聞くしかない。

「でも、腕組んだりしてすごく仲良さそうだよね。普通のお友達だとそこまでしないでしょ？」

　普段、私には手も触れないもんねー。

　笑顔を崩さないで、なるべく何でもない風に聞いてみる。

　周りがシンと静まり返った気がするけど、気にしない。

　一之瀬君は少し困った風に顔を曇らせる。

「う、うーん、そうなのかな？ そんなに深い意味はないと思うよ」

　絶対怪しい。ぜっっったい怪しい。

　何か誤魔化してる顔してるし！

　それに、いつも二人で歩いてても腕組んだ事なんかないのに。

　次は同じようにしちゃおうか。でも、馴れ馴れしいと思われるのも嫌だから、しないけど……しないけど！

　私が葛藤（かっとう）している間にも、田辺君と桐嶋君は話を進めてしまう。

「まあ、正直言って一之瀬に彼女ができたかどうかなんて、俺たちには関係ない」

「要は、これを取っ掛かりにしたかっただけなんだよ！ つまり、女の子を紹介してください！」

「えぇ？　そういうこと？」

　ちょっと！　全然、関係なくないし！

　そこが一番大事なんだけど！　もっと掘り下げてよ！

　私が臍をかんでる間に話は進んで行ってしまう。

　でも、困ったなあと一之瀬君は、時東君と顔を見合わせる。

「頼むよ、このままじゃ冬を乗り切れない！　男だけで過ごすクリスマスはもう嫌なんだ！」

「俺たちだって、彼女とイチャイチャしたいんだ！　一之瀬先生！　なにとぞ！　なにとぞ！」

　一之瀬君は呆れたようにため息をついている。

　そう、クリスマス。ずっと気になっていた、クリスマスは一之瀬君どうするんだろうって。さっき話してた子と約束してたりしたら……。

「だいたい、なんで僕にそんなこと頼もうと思ったのさ」

「だって、なあ…」

「うん、彼女ができたんなら、その伝手（つて）で紹介してもらえるかもと思ってなあ」

　他力本願も良いところねー。

　さっきまでの自分を棚に上げて、三人のやり取りに聞き漏らすまいと耳をたてる。

「あのな、僕に彼女はいない。今まで付き合ったこともないんだぞ」

「えっ？　それ本当か？」

「本当だっての。仁に聞いてもいいよ」

　田辺君と桐嶋君、そして私は同時に時東君の方を見る。　

「それは、ホント。悠人は彼女を作ったことはない」

　視線をいっせいに浴びせられた時東君は面倒くさそうにそう答える。

　よしよし、私の知らないところで彼女を作ってたらどうしようと思ってたよ。

　一之瀬君と一緒にいた女の子の事はまだ気になりつつも、現状を確認できたのは良しとしよう。

「マジかよ。じゃあ単なる噂だったのか……」

「はぁ、アテが外れちゃったなあ……」

　なんだ、という感じで田辺君と桐嶋君は顔を見合わせる。

　そして、二人同時にがっくりとうなだれる。

「だいたい、クリスマスに何も予定がないのは僕も同じだぞ。このあいだ誰かに女の子を紹介してもらったとか言ってなかった？」

「ああ、それな。特に盛り上がりもせず、ＬＩＮＥも未読スルーで終了だったわ……」

「一之瀬も、こっち側の人間だったか」

　こっち側ってなんなんだろう……。

　それはともかく、一緒にいたという女の子の事は改めて確認するとして、一之瀬君のクリスマス予定は今のところなし。

　私は重要な情報を心に刻んで密かににんまりとするのだった。