女装って思ってたより悪くないな
僕と
TS喫茶の
クラスの女の子たちが、哀れな男子メイド達に一斉にメイクを施してくれて、その出来栄えをお披露目していたのだ。ネタメイクにするのかと思っていたらわりと気合いの入った、本気でカワイイを目指したメイクだった。
それ故に、こうして見るとメイド服姿の仁も、結構イケるなコイツという感想を抱いてしまって、その衝撃ゆえに笑いが込み上げてくるのだった。正直、もっとオカマ感ある仕上がりになると思ってた。うちの女子達はどんだけガチメイクしてくれたのやら。恐らくは僕を見た仁も似たような事を考えているんじゃないだろうか。
「いいじゃん、一之瀬君も
「マジだ! 一緒に撮って!」
メイクしてくれた女の子たちが好き勝手に撮るもんだから、仁と二人でどうにでもなれと要求されたポーズをしてあげたりしていた。そんな光景が教室中で繰り広げられている。
「おお、なんか新鮮だな……」
柔道部に入っていてクラスで一番体のデカい男子が、カワイイメイクで生まれ変わった自分を鏡で見てまんざらじゃなさそうにしている。文化祭の女装で目覚める人っているらしいからなあ。新しい扉を開けておめでとう……なのかな?
「なあ、
背中から仁が声をかけてくる。
「女装って思ってたより悪くないな……」
ふりむくと、女子から借りた手鏡をわが親友はどこかうっとりとした様子でのぞきこんでいた。
ここにも新しい扉を開いてしまったやつがいたよ。
「仁、お前……」
長い付き合いだけどそんな趣味があったなんて知らなかった。
衝撃の告白に驚きのあまり二の句が継げないでいたけど、仁はそんな事には気づいていない。
「よっしゃあ、カワイイ俺たちでお客さんをもてなしまくってやろうぜ!」
仁はすっかりノリノリになっていて、ウィッグを直しながら気勢をあげている。
さっきまで、女装つれえわ……とか言っていたのが嘘みたいだな、おい。
「おおー!!」
他のメイド達も雄たけびを上げている。
メイド服の下のごつい体とメイクのアンバランス感はいかんともしがたいと思うのだけど、本人たちが良いなら良いんだろう。そう思う事にして気を取り直した。
更衣室から出て、自分たちの教室に向かう。僕たちより早い時間に入ってくれていたメンバーと交代して、いよいよ業務開始だ。普段からファミレスでホールに出ている僕としては、ウェイター……いや、ウェイトレスの仕事は手馴れたものだ。
メニューは、コーヒー、紅茶、ジュースのドリンクにクッキーを添えて出している。保健所からの指導で作り置きはしたらダメってことで、クッキーは朝早くから準備をして焼かないといけなかったから大変だった。今朝も微力ながらクッキー作りを手伝った。と言っても、型をとったり、オーブンに入れたりと簡単な作業だけだったけど。
お客さんの入りも悪くなくて、ほどほどに忙しく盛況と言って良かった。
「おっす!」
僕の背中を両手でポンと叩かれるのと同時に聞きなれたあいさつが聞こえた。
振り向くと吉本さんが口元を手で隠して、ちょっと笑いながら僕の顔を見上げている。
隣のアヤちゃんも同じような顔をしているな。きっと、僕のあまりの可愛さにおかしくなってしまったんだろう。
「あははは! 一之瀬君可愛い!」
「ちょ……、自分らめっちゃ似合ってるやん!」
僕と仁を見るなり二人でケラケラ笑う。笑いすぎて目の端に涙まで浮かべてる。
「ねえ、アヤ! 私と一之瀬君で撮って!」
そう言った吉本さんはアヤちゃんにスマホを渡すと、僕の右腕に腕を絡ませてポーズを取った。
こうなるとやけくそだ。僕も精一杯可愛い笑顔でポーズを取って仲良く撮ってもらう。
「あとで、これ一之瀬君にも送っておくね!」
撮れた写真をチェックして満足そうな吉本さん。
この姿で撮られるのはさすがに恥ずかしいけど、ニコニコ顔の吉本さんがうれしそうだから良しとしよう。
「じゃあ、アタシもトッキーと撮ってもらおっかなあ」
アヤちゃんはそう言って、仁をみてニタァと笑う。仁は思わずと言った感じで後ずさりしている。
「後でいくらでも撮って良いからこれは勘弁!」
「なに言うてんの、今撮らんでどーすんねん」
吉本さんにスマホを渡すとジリジリと仁を追い詰めていく。
「げえ……マジかよ」
ついに捕まった仁はぶつぶつ言いながらも、アヤちゃんと並んで撮ってもらっていた。
最後に四人で撮ってもらって、ひと段落。
二人を席まで案内して、紅茶とクッキーを持っていく。
「あとで吉本さん達の舞台観にいくね」
「ありがと、緊張するなあ。本当は人前とか苦手なんだよね」
紅茶の入ったカップを両手で包むように持った吉本さんは、形の良い眉を八の字にして少し気弱な表情になる。
「確かに、吉本さんあまり前に出るタイプじゃないもんね」
「うん、なんでこんな事になっちゃったんだろう」
彼女は、はぁ、と深いため息をつく。
「しかも、やけに真剣というか、ガチというかさ。最近は練習ばっかりだったし、一之瀬君とも一緒に文化祭もまわれないし……」
唇を尖らせながら愚痴っている。
まったく、それには同意しかないよ、僕は心の中でうんうんとうなずいた。
彼女は紅茶のカップを両手で包む様にして口に運ぶと、おいしい、とニッコリしてくれた。
「まあ、主役なら真希ちゃんやろーって、圧倒的多数の推薦やったもんなあ」
「アヤだって他薦もらってたじゃん。私だって主役なんて柄じゃなかったのに……。ズルい」
恨みがましい目でアヤちゃんを見つめている。
アヤちゃんは涼しい顔で、
「ジャンケン弱いのが悪いねん。運も実力のうちやで」
そう言って、フフンと不敵に笑う。
得意げにピースサインをするアヤちゃん。確かにそういうのすごく強そうな気がする。
吉本さんは……確かにジャンケン強そうってわけじゃないな。唇を尖らせてアヒル口のふてくされた様な顔になった。
ころころ表情が変わる彼女は見ているだけで面白いけど、それを言ったら怒りそうだから黙っている。
「あー、なんか逃げたくなってきた」
やだなー、と言いながら、吉本さんは机に突っ伏して頭をグリグリ動かして悶えはじめた。
頭が動くたびにさらさらの髪がたなびく。
僕とアヤちゃんは目を合わせると、自然と励ましにかかった。
「すごく練習してたし、吉本さんなら大丈夫だよ」
「そうそう。真希ちゃん、もう練習では完璧やったし大丈夫やって!」
アヤちゃんと励ますと、ありがとね、頑張る! と少し元気を取り戻してくれた。
その様子をみてホッとしたところで、教室の入り口辺りから吉本さんを呼ぶ声がした。
「おーい、吉本。そろそろ戻ってこいよ。みんなボチボチ集まってきてんぞ」
振り向くと、ニコニコした高橋君が立っていた。
吉本さんは顔を曇らせる。きっと今の僕も彼女と同じような顔をしている。
「やだなー。せっかく一之瀬君とこ遊びにこれたのにもう時間かあ」
机の上に伏せるようなカッコになって、唇をつきだして不満気にしてる。
まったくだよ、憩いのひと時を邪魔するなんて野暮だな。
仕方ないか―、とアヤちゃんと連れだって吉本さん達は行ってしまう。
別れ際にニコッとほほ笑んで、小さく手を振ってくれた姿は僕の目に輝いて映った。正に女神のごとき神々しさとしか言いようがない。
高橋君も最後になんとなく含みのある一瞥をくれて去って行った。
おい! さりげなく吉本さんの肩に手をまわしてんじゃねえよ。
メイド喫茶も交代の時間になって、メイクも落とさず体育館まで急ぐ。
もうすぐ舞台が始まってしまう。スカートだと走りにくいから裾を持ち上げてダッシュだ。メイド姿のまま直行しているけど、文化祭だからかすれ違う人達もそんなものかと特に気に留めていないようだった。
「仁! もっと急いで!」
「急いでったってよお! この格好で外歩くのは勘弁だって」
泣き言を言う仁の手を引っ張りながら体育館に飛び込むと、空いている席に座る。観客は多くて前の方の席は埋まってしまっていた。
ちょうど舞台は幕が上がってすぐのようだった。
舞台の上の吉本さんは小さい体を大きく使う見事な演技で僕たちを魅了してくれる。鈴の鳴るような声が良く通る。もう一人の主役の高橋君も演技も見事なもので、二人とも良く練習してきたことが伺えた。そこに二人が過ごしてきた時間を感じられて、僕の胸の中には今まで経験した事のない不快感で満たされていく。
別に手を握ったりするシーンでなくても、息の合った二人の演技は僕の胸をかきむしっていった。思わず喰いしばった奥歯がギリッと音を立てる。
それを耳にしたのか、隣に座る仁は、
「おー、こわこわ」
と僕の方をちらっと見ては目を逸らすのだった。
最後、吉本さん扮するジュリエットがロミオの短剣で自害したあとに、天国で二人が抱き合うシーンで舞台は幕を閉じた。いつの間にか僕はウィッグを毟り取っていて、震える手をじっと抑えるのに苦労していた。吉本さんが高橋君扮するロミオの胸に両手を当てて、高橋君は吉本さんの腰に腕をまわしている様が脳裏に焼け付いている。なんてこった。素晴らしい舞台だった。幕が下りたときの観客の拍手、出し惜しみないみんなの賞賛がその証拠だ。
きっと舞台に立っているみんなは一生懸命に練習して真剣に演じていたのに、僕はよこしまな目でしか見られなくて、自分の事をますます嫌いになった。
「アヤも吉本ちゃんもなかなかの熱演だったよなあ。息もあってたし、あれだけ練習してただけの事はあるな」
フラフラ歩く僕を仁が引っ張って着替えの教室まで連れて行ってくれる。
「うん……」
嫉妬と自己嫌悪に押しつぶされそうになっている僕は、上の空で返事するしか出来なった。
そんな僕を憐れむ様にマジマジとみて、肩をポンと叩く。
「まあ……なんて言うかよ、元気出せよ」
そう言うと、手に持っているウィッグをひったくって、僕の頭にかぶせなおしてくれる。
仁が見ても分かるくらい、吉本さんと高橋君は息が合ってたし、とてもお似合いに見えた。僕は口からエクトプラズムを吐き出さんばかりの放心っぷりのまま、仁に引きずられるしかなかった。
その後の水泳部の屋台では焼きそばをひたすら焼くことに専念したのだけど、手を動かしている間は余計な事を考えなくてすむのはありがたかった。
後片付けは自分のクラスの喫茶店と水泳部の焼きそばの屋台のどちらもしないといけなかったから、大変だけだったけど今の僕にはちょうど良かった。モヤモヤした時は仕事に打ち込むに限る。先にクラスの喫茶店の後片付けを済ませて、水泳部の方に向かおうと廊下に出た時にクラスの女の子から声をかけられた。
「一之瀬さ、クラスの打ち上げには行くの?」
だいたいどこのクラスや部活も今夜打ち上げするところが多い。やっぱり、そのまま解散するのは寂しいというか文化祭の盛り上がりの残り香を引きずってしまうのかもしれない。
うちのクラスの打ち上げもあるみたいで、オールで行くぞ! と一部のメンツは盛り上がってる。今日は土曜だし家に帰るよりは、オールで遊んでいたいけど……。
「ごめん、部活の打ち上げに出るからそっちには行けないや」
僕がそういうと、女の子は何か思い至ったような顔をする。
「あ、そっか。吉本さん来るんだね。なら仕方ないか」
うんうん、と勝手になにか納得すると、
「オールだから、途中で気が変わったら顔だしてよ」
そう言って、女の子は手を軽く振ると教室に戻って行った。
水泳部の打ち上げに出るというのは、ひょっとしたら吉本さんが来てくれるかもしれないという下心あっての事だったけど、バレバレなんだな。あっちのクラスも打ち上げがあるらしいし、主役を演じた彼女は多分そっちに行くんだろう。
吉本さんがいなかったら、多分どの打ち上げに行っても楽しめないんだろうなあ、と自分でもうっすら察している。
それに。もし、僕が高橋君なら今夜あたりに吉本さんに告るような気がする。タイミングとしてはベストなんじゃないかな。そう思うと、気もそぞろ、そわそわ、ぞわぞわとしてくる。
まあ、高橋君が吉本さんの事を好きかどうかなんて分からないし、ただの杞憂ってことも十分ありえる。最近の様子を見た直感では九割クロなんだけど。
そんな事を考えながら悶々と廊下を歩く。夕日さす校内は後片付けの物音で多少ガヤガヤしているが、祭りのあとの寂しさが漂っている。と、階段を降りようとしたら、すぐ上の踊り場から聞き捨てならない会話が耳に飛び込んでくる。
「せっかくみんなで今日まで頑張ってきたんだし、最後の打ち上げも行こうよ」
「うーん、ごめんね。部活の方にあんまり参加できてなかったからさ、そっちに行きたいんだ」
「えー、主役が抜けたら寂しいじゃん。部活は来年もあるけど、このクラスは今年だけだよ?」
「押し強くない? 困ったなあ……」
のぞいてみると、高橋君が吉本さんを打ち上げに誘っている場面だった。
踊り場にいる二人は、吉本さんが壁を背にして向かい合うようにして立っている。高橋君に詰め寄られている風にも見えて僕は内心で冷や汗をかく。
自然と、というか反射的に声をかけていた。
「吉本さん探したよ。一緒に水泳部に行こうよ」
吉本さんは僕を見ると、あからさまにホッとした顔になる。対して高橋君は音こそ出してないけど、舌打ちするような顔になった。
「あ、うん。良かった……」
そう言って、階段を下りて僕の方に歩こうとした吉本さんの左手を、高橋君がつかんで引き留める。
おいおい、舞台で手を握ったからって、降りてからも気安く握んじゃねえよ。
急に手をつかまれて吉本さんは戸惑っている。
「いやいや、一之瀬。悪いけど今日までは吉本貸してくれよ。主役がいないとつまんないだろ」
踊り場から、挑発的に僕を見おろして厚かましい事を言ってくる。頭の中の冷静な部分では、付き合いもあるからしょうがない、と理解しているけどそんなものはクソ食らえ。厚かましいものは厚かましいんだ。
「ダメだね。もう期限切れ。返してくれ」
そう言って、階段を上がって吉本さんの右手を握ると一緒に階段を降りる。握った彼女の手の小ささに少し驚いて、でもやっぱり女の子らしい柔らかな手で、それを僕よりも先に高橋君が知っている事にいら立って、でもそんな事は顔に出さないようにして。
高橋君の方を見上げると、唇をかんで僕をにらんでいる。
それを一瞥すると、吉本さんにほほ笑みかけて、
「行こう?」
そう言うと、吉本さんを強引に引っ張る様にして歩き出す。彼女は素直についてきてくれた。
途中、彼女は何も言わないでうつむいたままだったので、やっぱり不味かったかなと焦ってしまう。
「ごめんね」
玄関につくと手を離して、僕が謝ると吉本さんは無言のまま首を横にふるふると振る。
そして、ようやく上げてくれた顔は少し赤くなっていた。
「良いんだ。それにさっきのは嬉しかった、かな」
そう言うと、彼女は横に並んで僕のブレザーの肘のあたりをそっとつまむ。
そして、僕を見上げてはにかんだ。
「それに、本当はもっと一之瀬君と文化祭見て回りたかったなあって思ってたし。だから、最後くらいは、ね!」
僕たちは顔を見合わせるとほほ笑み合って、プールまで向かった。
ようやく、文化祭が楽しくなってきたな。
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