最近、一緒に帰れてない

 最近、一緒に帰れてない。

 中間テストが終わると校内は文化祭に向けてそわそわしだす。

 私のクラスは担任が大学時代に演劇部だったらしくてやけに張り切っていた。学生時代のころの演劇への思いなんかを熱く語りだして嫌だなあと思っていたんだけど、結局クラスの出し物として演劇をすることに決まってしまった。

 おまけに! どういうわけか、私が主役をすることになってしまって放課後は特訓、特訓の日々。演目は、ロミオとジュリエットをベースに現代風に書き下ろしたものだ。ジュリエットが私で、ロミオは高橋君が演じる。


「ほら、吉本さん! もっと、おなかから声出して!」


 担任のするどい声が飛んでくる。担任が女性だからか高橋君よりも、私に対するあたりがきつい気がする。


「吉本、気にすんなよ! 最初から合わせてこうぜ」


 高橋君が爽やかに笑ってフォローしてくれる。


「ありがとう、じゃあ初めからいくね」


 そういって、シーンの頭からやり直す。

 机や椅子を後ろの方に固めてスペースを作った教室の壁沿いに他の役の子達が座っている。みんなの視線が集まって落ち着かない。こんなので舞台に立てるのか不安でしょうがないよ。私はもともと目立つのは苦手なのに。

 おまけに、一人の女の子からにらむ様な視線を浴びせられている。あの子は高橋君狙いだからだろうけど、こっちはいい迷惑だ。私は高橋君に全然興味ないし、そんな目で見るくらいなら変わってほしい。


 最初、ジュリエット役を誰もやりたがらなかったんだけど他薦を受けた女の子どうし、ジャンケンで決めることになった。他薦を受けた女の子というのは私と、アヤの二名だったのだけど。


「いやー、ゴメンなあ。アタシ、ジャンケンめちゃめちゃ強いねん」


 ジャンケンの三回勝負、先に二勝したら勝ちのルール。だけど、あっさり二連勝されてしまった。その時のアヤの申し訳なさそうな顔を思い出す。絶対、私なんかよりもはるかにスタイルの良いアヤの方が舞台でも映えそうなのに。いいのか! ジャンケンなんかで決めてしまっていいのか!

 ロミオ役も最初はなり手がいなかったけど、私とアヤのジャンケンが終わってしばらくしたら、高橋君が自分から立候補してロミオ役に名乗り出た。私はイヤイヤすることになったのに、どうしてそんなにやる気になれるのだろう。演劇の経験があるのかとも思ったのだけど、そんなことはないらしい。確かに彼はサッカー部で一年生ながらのレギュラーを獲得してたりとスポーツ万能な感じで、演劇をするイメージはないな。

 こうして、放課後はみっちりと劇の練習をするハメになってしまった。水泳部の方はシーズンオフということもあって、私もアヤも顧問の先生からしばらく参加しなくても良いとの許可が出てしまった。

 そう、出てしまった。一之瀬君とはクラスが違うから部活がないと顔を合わせる機会があまりない。朝だけは早朝練習に向かう彼にあわせて登校するようにしてるから、その時だけは一緒にいられる。だけど朝の練習が終わってしまうと、それからずっと会えないからかえって寂しさが増してしまう。

 水泳部でも焼きそばの屋台を出すことになっていて、そっちの方では一之瀬君と一緒に店番とかできるかもと楽しみにしていた。なのに! 演劇は大変だろうからそっちに集中して良いと部長が気づかってくれて、私とアヤは蚊帳の外になってしまっている。一之瀬君と店番したかったなあ……。 


 外が真っ暗になってしばらくたった頃、ふと教室の外をみやると廊下に一之瀬君と時東ときとう君が立っているのに気付いた。私が小さく手を振ると、彼もニコッと笑って同じように手を振り返してくれた。

 隣にいたアヤも二人に気付いたみたいで、私の手をクイクイってひっぱって廊下に行こうと誘ってくる。ちょうど、一息ついていた時だったから、すぐにアヤと教室の外に出た。


「一之瀬君、お疲れさま! 部活終わったとこ?」

「吉本さんも遅くまでお疲れさま。うん、さっき終わってね」


 一之瀬君と話すとやっぱりホッとするなあ。

 思わず顔も自然に緩んでしまう。


「みんな、すごく気合い入ってんね」

「うん……。なんだか、ね」


 彼は感心したように、ほーと言いながら教室の中の練習風景をのぞいている。ちょうど先生が何人かの子に演技指導をしているところだった。どっちも真剣な面持ちで向かい合っている。そう、ジャンケンで主役を決めたわりには、先生をはじめ他のみんなもやけにマジメに取り組んでいる。演劇をしたかった先生は分かるけど、生徒のみんなまでがこうなるなんて意外だった。これが文化祭マジックなのかなあ。

 

「いいなあ。アタシも部活で体動かす方が性にあうわ」


 アヤは体を伸ばしながら、愚痴をこぼしている。


「まあ、アヤが演劇ってのもイメージないな」


 時東君が苦笑しながら相槌をうつ。

 

「せやろ? 柄じゃないのに。せっかく主役を真希ちゃんに押し付けたのに、結局役はやることになってもうたしな……」


 アヤは顔をしかめて教室の中を眺めている。結局、主役は免れた彼女もそれなりの役を貰う事になって、毎日私と一緒に先生にしごかれているのだった。ふふふ、自分だけ逃げようなんて甘いんだから。


「トッキーのところは喫茶店だっけ?」


 アヤがそうたずねると、一之瀬君と時東君は顔を見合わせて苦笑する。


「まあ、そうなんだけどよ……」


 時東君が珍しく歯切れの悪い言い方をするから気になった。

 私が一之瀬君の方を見て少し首をかしげると、言いたいことを汲んでくれて補足してくれる。


「喫茶店することは決まったんだけどね、それだけじゃつまんないよねって誰かが言い出して。それで、ちょっと変わった店をすることになったんだ」

「ちょっと変わった店?」

「うん。TS喫茶だって」


 今度は私とアヤが顔を見合わせて首をかしげる。

 アヤが素直に疑問を口に出す。 


「TSってなんなん?」

「なんの略かはわからんけどな。要は男は女のカッコになって、女は男のカッコになるんだってよ」


 ため息交じりに時東君が教えてくれる。

 さっきの二人の苦笑の意味が分かった。でも、それって一之瀬君もするって事なんだよね!?


「えっ! えっ! じゃあ、二人とも女の子になるの? どんな風になるの?」


 急にテンションがあがってしまう。

 見たい! 一之瀬君のそういうの見てみたい!


「う、うん、まだね、まだ細かいところは決まってないんだ。今日は方向性だけ決まったから」


 私の勢いに押されるように一之瀬君が少し引き気味だけどこれは仕方がない。


「ふふふ、トッキーの女装とかめっちゃ楽しみやわ~」


 アヤはジト目で時東君のおなかを肘で軽くつついてからかっている。


「アヤ! 絶対に見に行こうね!」

「せやな、めっちゃ楽しみやわ」


 アヤと顔を見合わせて、フフッと笑い合う。

 一之瀬君たちはなにか複雑そうな表情をしているけど、楽しみだなあ。彼なら可愛い子になりそう。

 しばらく、四人でワイワイと楽しく話していたら教室から呼び声がかかる。


「おーい、吉本。そろそろ俺たちの番がくるぞ」


 振り返ると高橋君が教室の入り口から私を呼んでいた。


「あーあ、もっと話したかったのになあ」

「大変だね。そういえば帰り遅くなるけど大丈夫なの?」


 名残りを惜しんでいると、一之瀬君が帰り道の心配をしてくれた。


「うん、お母さんに車で迎えに来てもらうから大丈夫だよ。ありがとね」


 私がそう言うと、彼はホッとした顔でうなずいた。


「じゃあ、また明日ね。朝はいつものコンビニの前で待ってるね」

「うん、一之瀬君たちも気を付けて帰ってね!」


 一之瀬君たちを見送ってから教室に戻ろうとしたときに、高橋君がとんでもない事を言い出した。


「あ、吉本さ。お願いがあるんだけど」

「お願い?」


 高橋君が含みあるような顔で私を見た様な気がした。


「本番まであまり時間もないからさ朝練したいんだ。付き合ってくれないか?」


 私は思わず固まってしまう。

 なに言ってるの? 朝は一之瀬君といっしょに登校して部活をするんだよ?

 

「え、でも、朝は……」


 私は断ろうと口を開きかけたところで、


「まあ! それは良い心がけね! やっぱり主役のあなたたちが引っ張っていかないとね」


 いつの間にか高橋君の後ろに立っていた先生が嬉しそうに口を挟んでくる。


「いえ、先生……あのですね」

「俺もまだまだセリフ覚えきれたとは言えないし、不安はつぶしておきたいんだ。頼む!」


 高橋君が両手を合わせて頭を下げてくる。

 というか、高橋君ほとんど完璧にセリフ覚えてない? むしろ私の方がそういう意味では不安あるんだけど。

 だから、そういう風に頼まれると断れないしズルい。

 おもわず一之瀬君の方を見ると、軽くほほ笑んで気づかう様に言う。


「いいよ、吉本さん。僕の事は気にしないで」


 彼にそう言われてしまったら、何も言えなくなる。

 朝練ってひょっとして高橋君と二人きりでしないといけないんだろうか。なにが悲しくてそんな目に合わないといけないの?

 ああ、私の一之瀬君と過ごす至福の時間が……。

 でも、状況的に逃げられそうになかった。


「……わかった」

「やった! サンキュー!」


 しぶしぶ受け入れると、高橋君は顔を明るくして嬉しそうにしている。

 嫌な視線を感じて、教室の方をみると高橋君狙いの子が刺すような視線を飛ばしてくる。こわい、こわい。もう最悪だよ。

 どんどん気が重くなってくる。

 一之瀬君は一之瀬君で、微笑を浮かべた心のうちは全然読めなかった。時々、彼はそういう仮面を被るような事をする。


「ほな、アタシも真希ちゃんに付き合おうかなあ」


 高橋君と二人の練習とか嫌だなあと思っていたのを察してくれたのか、アヤが助け舟を出してくれる。


「えっ?」


 高橋君が驚いたようにアヤを見ている。


「アカンかなあ? アタシもまだまだ不安やし練習した方がええかなって」

「お、おう、もちろん」


 少しひきつったような顔で高橋君もOKしてくれた。

 さすが、親友! アヤさまさまだよ!


「アヤ、本当にありがとう!」

「ええねん、ええねん」


 アヤに抱き着くと、頭をなでながらそう言ってくれる。

 私とアヤがじゃれ合っている横で、一之瀬君がなんとなくホッと顔をしているのが見えた。

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