アル中サイコパスと一緒に暮らす

 久しぶりの学校も授業が終わって、ようやく放課後だ。

 まだ本調子にはなってないけど、なんとか熱も下がって授業も受けることができた。

 もうすぐ中間テストなので、部活もしばらくは休みになる。そういうわけで、クラスのみんなもさっさと下校していった。いつもは部活動をしている生徒でにぎわっている校内は閑散としている。

 僕は図書室が開いている時間いっぱいまで、勉強をすることにした。その前に外の空気でも吸おうかなと、なんとなく気まぐれで屋上に寄る。

 山の上に立っている学校なので、景色は最高だ。屋上の手すりに両手を乗せてぼんやりと眼下を眺める。

 僕たちが住んでいる街の向こうには、傾いた日差しを受けてオレンジ色にきらきらと光る海が良く見える。


 右目の青アザはまだはっきり残っていて見栄えが悪すぎるから、眼帯を付けてごまかしている。口の端も切った後はあるけど、だいぶ目立たなくなっているからマスクは付けずに登校した。まあ、眼帯とマスクを同時につけるのも相当怪しいからというのも理由だ。

 じんは僕の顔を見てだいたい何があったのか察したらしく、「だから俺んとこに来いって言ったんだ」と静かに怒っていた。多分、クソ親父と僕のどっちにも怒ったんだろう。

 水泳部だと体の傷が目立つから、高校入学してからずっとクソ親父を避けるように気を付けてきたけど今回はほんと失敗したな。

 あらためて先週の事を思い返してみると、やっぱりクソ親父はとんでねえなという感想しかない。だいたい、何であんなに躊躇ちゅうちょなく人を殴れるのかいくら考えても理解できないぞ。

 あのアル中サイコパスと一緒に暮らすというのは、それこそ命がいくつあっても足りない。

 どうしたものだろう。

 今までの様になるべく家にいないようにするのが無難かもしれないけど、今回みたいに風邪をひく事もできないのはちょっとつらい。

 やっぱりどこか安い部屋を借りて、そこに引っ越すしかないな。

 そのために、『お仕事』で自立するためのお金を稼いでるんだし、たくさん働いたおかげで貯金もそれなりの額になってきた。

 この際、どんなボロいとこでも良い。トイレ共同、風呂なし、幽霊が出ても気にしないから。部屋を借りるのって保証人もいるだろうし、そのあたりに課題があるけど、マジメに考えてみよう。

 残る方法としては、何もかも捨てて本気で家出をするか……。吉本さんに振られたら考えてもいいかもしれない。どうせなら、暖かいところに行きたいな。

 あとは……。アレを亡き者にするか。うまくいけば、これが一番丸く収まる方法なんだよな。事故とか自殺に見せかけて、あるいは酒にクスリとか混ぜてなんとかできないだろうか。そういえば、たまに泊めてくれるシノブさんは薬剤師だったな。今度さりげなく聞いてみようかな、酒と一緒に飲みあわせたらダメなクスリとか。


「なーに、たそがれてるのー?」

「うわぁ!」


 急に後ろから声をかけられて思わず叫んでしまった。

 振り返ると、吉本さんが可笑しそうに笑っている。

 風が吹いて、彼女の綺麗な髪がさらりとなびいている。


「もー、ホントにビックリしたよ」

「だって、なにか考え込んでたから驚かせたくなったんだもん」


 してやったりといった顔で得意げな様子だ。

 アレの抹殺計画を考えてるところでの不意打ちだったから、いまだに心臓がバクバクいってる。

 でも、そんな吉本さんを見ていたら気が晴れてきた。


「なんだか久しぶりに会った気がする」

「一之瀬君、先週ずっと休んでたから一週間ぶりだね」

「でも、吉本さんなんでこんなところにいるの?」

「たまたまね、廊下から一之瀬君が屋上にいるところが見えたから……。ほら、部活もしばらく休みだし会う機会ないでしょ? だから元気かなって様子を見に来たの」


 なぜか、ちょっと焦った風に少し早口でまくしたてる吉本さんが面白い。

 彼女を良く見たら少し息が上がってるけど、屋上にいた僕を見つけて走ってきてくれたのかもしれないな。そうだったらと思うと、少しこそばゆい気持ちになる。

 照れ隠しなのか彼女は取り繕うように、口元に手を当てると軽くこほん、と咳払いをした。

 もう大丈夫なの? と僕に聞いたとき眼帯に視線が飛んで、一瞬何か言いたげな表情をしたのが分かった。ただ、すぐに無理に作った笑顔でそれはかき消えた。


「もう、熱は下がったよ、ありがとう。テニスの約束、守れなくてごめんね」

「そんなの気にしなくて良いよ。風邪だったんだし仕方ないじゃん。それよりも、病み上がりなんだから、こんな寒いところにいたらダメだよ」

「そうだね、そろそろ中に入ろうかな」


 吉本さんは隣にまわって、僕のブレザーの肘のあたりを軽くつまむ。

 そして少し首をかしげて、ちょんちょんと引っ張った。


「一之瀬君はこのまま帰るの?」

「ううん、図書室で勉強して行こうと思ってるんだ」


 真っすぐに家に帰れたらいいけど、クソ親父が酔いつぶれて寝てしまうまでは外で時間をつぶさないといけない。

 今日も帰るの遅くなるなと、内心でため息をつく。


「あっ! じゃあ、私も一緒に勉強しても良い?」

「もちろん! いっこか」

「えへへ、いこう!」


 吉本さんのぱあっとした笑顔が今日も見れた。これだけで学校に来た甲斐かいがあったな。

 でも、同時に胸が締め付けられる。あらためて思った。僕じゃ彼女には釣り合わないや。

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