ガンバレ、私

 部活帰りに一之瀬君と帰っている途中、駅前のファストフードに寄り道することになった。

 いつもよりも一之瀬君と長くいられるから、やったぜ! と心の中でガッツポーズ。

 夕方の店内は私たちみたいな学生が、まばらに座っているだけで空いていた。

 私たちは二階の窓際の二人席を取って、向かい合うようにして座る。

 一之瀬君には壁に備え付けてあるテーブルと椅子の間が少し狭いのか、脚を窮屈そうにしている。


「違う席に移る?」

「ううん、ここで良いよ。眺めも良いしね」


 そう言った彼はお腹がすいたからとセットと頼んでガッツリ食べている。

 私はポテトとドリンクだけにした。


「吉本さんって、高校入る前はテニス部だったっけ?」

「うん、中学はずっとテニス部だったよ。それがどうしたの?」

「今度さ、体育の授業でテニスやるみたいなんだけど、僕やったことないんだよね」

「そうなんだ、ちょっと意外。でも、一之瀬君なら普通にこなせそうだね」

「だったら良いけどねー。ダメだったら教えてね?」

「良いよ! まかせて!」


 彼と話すと何でも楽しくて、つい話し込んでしまう。

 だから気付かなかったのだけど、いつの間にか私たちの座っている席の反対側の窓際に、地元の中学の制服を着たカップルが座っていた。

 かなりラブラブな感じだ。私たちと同じように向かい合うようにして座っていて、うっとりと見つめ合いながらテーブルの上で手を重ねあわせている。完全に二人の世界だ。


「なんだか、すごいね……」


 彼もあの二人に気付いたみたい。小声でそっと囁いてくる。

 

「ね、ラブラブだよ……」


 同じように小声で返す。

 正直、あの子たちが羨ましいなあ。


「はー、あれがリア充なのか」


 彼は感心したように呟く。


「だね。あれは間違いなくリア充だよ」


 今にもキスとかし始めそうな雰囲気じゃない。

 私も一之瀬君とあんな風にイチャイチャしてみたい!

 彼とは中学から同じ学校だったのに、未だに友達の関係でしかない。

 はあ、今まで何やってたんだろ……。中学生に負けた気分になってしまう。

 負けた気分? いや、完全に負けてるよ。

 今まで手を握ったこともないしなあ。

 クラスの馴れ馴れしい男子から肩を叩かれたりすることはあっても、一之瀬君から触れられたことは一度もない。そりゃ、付き合ってもないのにベタベタ触れるのは嫌だけど、もうちょっと何かあっても良いのに。

 多分、私を恋愛対象には見てないんだろうな。

 私は中学の頃から好きなのに。

 こうして、中学で一之瀬君に惹かれるようになった頃の話を思い返していた。



      §      §      §



 私の初恋は、中学に入ってすぐだった。

 好きになったのは同じクラスの若林君という男の子。若林君は少し不良っぽくて垢抜けた雰囲気で、切れ長の目が印象的だった。大人びた雰囲気があって目立つ子で、他にも彼の事を好きだという女子は結構いた。

 一之瀬君も同じクラスで、この頃から可愛らしい顔をしていたけど、まだ背はそんなに高くなかったし子供っぽい雰囲気だったから、今みたいな女子人気はまだなかったな。

 この頃の私は、一之瀬君の事をクラスメイト以上には見ていなかった。

 そんな事を言ってる私自身も、背も低かったし(今も低いけど……)まだ制服に着られてるような感じで、私服だったら良く小学生に間違われるような始末で。髪も今みたいに伸ばしてなくて、動きやすいショートだった。

 

 若林君の周りには手下みたいについて回っている男子が二人いた。若林君の友達ってだけで、なぜか偉そうにしているこの二人の事は苦手だったな。彼に自分から話しかけに行ったりはできなかったけど、いつも目で追っていた。

 一之瀬君は持ち前の人懐こさでクラスの誰とでも仲良くしていて、若林君たちのグループとも楽しそうに話していたりするのを良く見かけていたのを覚えている。

 一之瀬君が一番仲が良かったのは時東君だったみたいだけど、この頃の彼は隣のクラスだった。 


 で、なにを思ったのかこの頃は私は若林君に告ろうと決意したのだった。

 まだ小学生に間違われるような、ろくに恋もしたことがなかった私が。思い返してみても無謀すぎるし……。どこに勝算があると思ったのか当時の私に問いただしたい。

 告白して上手く行くとかそういうのよりも、まずは自分の気持ちをとにかくに伝えたいという思いを抑えきれなかった。一度決めると突っ走ってしまうところがあって、それで良く失敗してしまう。我慢がきかないというか、なんというか。これもそんな苦い想い出だ。


 決意したまでは良かったけど、いざ告るとなるとどうしたら良いのか分からずに途方に暮れていた。今までろくに話したこともない相手に、いきなり告白というのはハードルが高い。

 友達に相談すると、仲のいい子に取り持ってもらうのが良いのでは? とアドバイスを貰ったけど、私の周りの友達は大人しい子ばっかりで、若林君のグループと仲のいい子なんていない。

 そこで誰かが言ったんだ、「一之瀬君はどうかな」と。

 確かに適任かもと思った。

 一之瀬君は私たちとも普段から話したりしていたし、若林君たちとも仲良くしていた。

 何よりも優しい彼には相談もしやすかったな。

 実際、彼に事情を話すと「いいよ、任せといて!」と気持ちよく引き受けてくれた。

 

 それから数日後に一之瀬君が場所と時間をセッティングしてくれて、放課後の中学校の校舎裏で若林君と二人きりになれた。

 若林君は少し面倒くさそうに立っていて、「用があるなら早くして」と素っ気なく言った。


「ご、ごめんね。今日は若林君に伝えたいことがあって」

「ああ」


 私の方は見てくれず、ブレザーのポケットに手を突っ込んで続きを待っていた。

 その様子に傷つきながらも、勇気を振り絞って言葉をつないだ。


「わ、私は若林君のことが好きです。付き合ってくれませんか」 


 若林君からの反応はなかった。

 しばらく、無言のまま立っているだけの彼に不安と焦りを感じ始めた。


「あ、あの……」

「話はそんだけ?」

「え、あ、うん……」


 若林君は、ふーとため息をついて背中を向けて歩き出した。

 慌てて呼び止めた。


「あ、待って! 返事は……」

「付き合うとかねーから」


 吐き捨てる様に言って、そのまま帰っていってしまった。

 取り残された私はとても惨めで、しばらく泣きじゃくった。



 本当に辛かったのは次の日だった。

 クラス中に私がこっぴどく振られた話が広がっていたからだ。

 若林君のグループが面白おかしく、その時の様子をみんなに聞こえる様に話していた。みんながニヤニヤと私の方を見るのが耐えられなくて、机に突っ伏して泣く事しかできなかった。

 昼休みに入ると若林君の取り巻きの二人が、わざわざ私の前まで来てからかってくる。

 気が弱いはずの友達が私をかばうように立ってくれて、それにも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 もう消えてしまいたい、そう思った時に、


「いい加減にしろよ!」


 一之瀬君の声が聞こえたんだ。

 ハッとして顔を上げると、一之瀬君は若林君の前に詰め寄って、


「こんな事をしてカッコ悪いと思わないの?」

「なんだぁ、一之瀬……。お前こそ何カッコつけてんの」


 睨み合う二人を中心に、教室が静まり返る。

 私は成り行きを見守ることしかできなかった。


「断るのは仕方ないにしても、勇気を出して告った相手をバカにするようなマネは許せないんだけど」

「お前が会ってほしいって言うから、時間作ってあのチンチクリンに会ってやったんだぞ、感謝しろよ」

「若林君がこんな事をするヤツだって分ってたら、会わせなかったよ」

「なんなのお前? あいつの事が好きだから怒ってるわけ?」

 

 若林君の取り巻きの二人が、一之瀬君を取り囲むようにして胸ぐらを掴んで脅している。


「あんま調子のんなよコラ?」

「好きな子の前だからカッコつけちゃったーってやつだな。内心スゲー後悔してんだろ」


 でも、一之瀬君は一歩も引かないで三人を睨んだまま言い返した。 


「群れないと何もできないんだろ。ダッサ……」 


 誰が初めに殴ったのかは分からなかった、一之瀬君のその言葉をきっかけに三人がかりで彼を袋叩きにし始めた。

 女子の誰かがあげた悲鳴、クラス中から生まれたどよめきで教室は一気に喧騒に包まれた。

 私は慌てて一之瀬君に駆け寄ろうとしたけど、三人に囲まれてて近づけなかった。

 そこで見た一之瀬君は、うずくまって足蹴にされながらも右手の中指を突き立てながら必死に耐えていた。


「お願い! もうやめて!」


 若林君の腰にしがみついて懇願したけど、先生が止めに入るまでそれは続いた。



 

 私は泣きじゃくりながら、ボコボコにされてしまった一之瀬君を保健室に連れて行った。

 当の一之瀬君は、「こんなの全然大したことないから泣かないで?」と逆に私を慰めてくれる。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 保健の先生が手当している間もずっと付き添ったけど、私は嗚咽を漏らしてそう繰り返すことしかできなかった。

 一之瀬君は困り顔で、「ほんと大したことないんだって」と言っていた気がするな。


「吉本さんは何も悪くないでしょ。僕の方こそゴメンね、あんなヤツだと分かってたら……」

「ううん。一之瀬君にはすごく感謝してる。ありがとう。そして、やっぱりごめんなさい」


 もう、と苦笑いする一之瀬君。

 私を宥めるためか、少しおどける様な口調で言った。


「もうちょっと、ケンカ強かったらカッコいいんだけどね。ああいうのサッパリで」

「ケンカなんて強くなくて良いよ」

 

 私たちは顔を見合わせて少し笑った。


「良かった、ちょっと笑えるようになれたね」


 そして、すっごく優しい笑顔でそう言ってくれた。

 この時にやられてしまったような気がする。

 こんなに素敵な笑顔をするんだ、そう思った瞬間に新しい恋に目覚めた。

 私って惚れやすいのかなと悩んだりもしたけど、この時から一途だからそんなことないはず!

 この一件をきっかけに一之瀬君とは友達になれて、一緒に帰ったりするようになったんだ。


 ちなみに、次の日にこの事件を知った隣のクラスの時東君が怒り狂って乗り込んできた。親友の一之瀬君の仇を取りに来たのだった。

 相手は三人で時東君まで袋叩きにされたらどうしようと、ハラハラしたけど一瞬で若林君たちを叩きのめしてしまってビックリした。私には何が起こったのかすら良く分からないくらいあっという間の出来事だった。

 困ったのはその後で、一之瀬君と私の前に若林君達を引きずってきて土下座させてしまった。そんなことされてもどう反応して良いのか分からなくて一之瀬君と二人で固まっていたのだけど、若林君たちに「今後、この二人にちょっかい出したら殺す」とだけ言い残して時東君は自分のクラスに帰って行ったのだった。

 時東君だけは怒らせてはならないと、みんな誓ったとかなんとか。

 怒ったと言えば、一之瀬君が怒ったところってこの時しか見たことない。

 それも私のために怒ってくれた事は今もうれしい。



      §      §      §



 この頃に私は誓った。一之瀬君のために綺麗になろう。

 小学生に間違われるような私のままじゃダメなんだ。きっと今のままじゃ一之瀬君に好きになってもらえない。

 だから、すれ違ったら振り向きたくなるくらいに綺麗な女の子になって、そしていつか一之瀬君に告白しようって。

 彼が私の髪を綺麗だねって褒めてくれたことがあった。それからは、すごく大切に手入れをしてきたし、髪形も彼好みのにしている。

 彼の事をずっと見てきて、良いところが見つかるたびにどんどん好きになっていく。彼の事を好きになるたびに、周りの友達には「最近綺麗になったよね」と言われることが増えた。

 背はあんまり伸びなくて小さいままだし、胸もあまりないのは残念だけど……。それでも結構いい感じになってきたと思っている。

 一之瀬君はどんどん背が伸びて、どんどんカッコ良くなっていくから、彼に目をつける女の子もだんだん増えてきたし本当に気が抜けない。


 高校進学の時、彼の第一志望は私の成績じゃ厳しいと先生には止められた。

 そんな事を言われても、彼と別の学校に通うなんて考えられないし! 違う学校に通っている間に、彼女なんて作られたら立ち直れない。必死に、それはもう必死に勉強した。結果、執念の合格をもぎ取った私は、自分で自分をいっぱい褒めてあげたのだった。

 そうなると、あとは突っ走るのみで彼が水泳部に入ったと聞いたから、後を追って今に至っている。

 いつか一之瀬君と付き合えることを夢見て努力してきたけど、報われる日は来るのかなあ……。

 最近は本当に叶うのか不安でしょうがない。

 そんな事を考えて、思わず深いため息をついてしまった。

 すると一之瀬君が、私の顔を覗き込みながら、


「どしたん? 悩み事なら言ってみ?」


 可愛い顔して気遣わしげにしてくれている。

 あなたの事なんですけど、この悩み事の原因め!

 勝手なのは分かってるけど、このとぼけた顔にムカついてしまった。


「べっつにー」


 と、窓の外を眺めながらそっぽを向いてしまう。八つ当たりしてごめんね、と心の中で謝る。

 中学の頃から我ながら必死にやってきたのに、未だ友達でしかないこの体たらく。もう四年越しだし、今さら感あるのかなあ。

 彼は彼で誰にでも優しいところがあるから、本当に好きなのは誰か良く分からないし。

 私のことはどういう風に思ってるんだろうなあ。

 アヤは「絶対イケるって! 早く告ったら良いねん」っていつも言うけど。

 ホントは勇気を出してそうできれば良いんだけど、若林君の時の経験が尾を引いていてトラウマになっている。

 怖くて告白ができない。

 もちろん、振られるにしても一之瀬君があんなひどい事をするわけないのは分かってる。

 もしも、「ごめんね、吉本さんの事は友達としか見れないんだ」って言われたらどうしよう。んー。……あっ、駄目なやつ。死んじゃうわ、これ。

 彼は、ぼーっとしている私の顔の前でヒラヒラと手を振る。

 ポテトを一本手に取って、そっぽ向いてる私の顔のあたりでクルクルまわして、


「ほーら、こっち向いてみー」


 と、からかってくるからポテトに食いついてやった。

 あはは、と楽しそうに笑って次のポテトをクルクルしてくるからそれにも食いついて……と、しばらくじゃれあっていた。

 なんだか餌付けされてるみたいと思ったところで、ふと視線を感じる。視線を感じた方を見てみると、さっきの中学生カップルに微笑ましく見守られていた。

 なんだか急に気恥ずかしくなる。あの子たちには私たちがどういう風に見えたんだろう。年上のはずなのに、子供っぽいところを見せてしまった。でも、もしもカップルに見えてたなら悪い気はしないかな。

 それと、どうやったらあなた達みたいに付き合えるのか、お姉さんに教えてほしいな……。

 本当はあとちょっと勇気を出さないとダメなのは分かってるんだけどね。


「ねえ、一之瀬君」

「うん」


 一之瀬君は、ニコッと微笑んで続きを待ってくれている。

 ガンバレ、私。


「わ、私も久しぶりにテニスしたくなってきちゃって。よかったら、一緒にしない?」

「教えてくれるの?」

「うん! あのね、臨海公園にテニスコートあるからそこでやってみない? ラケットも貸してあげるし……」

「やってみたい! いつがいいかな?」

「私は休みの日は大体あけられるよ」


 一之瀬君と遊べるなら最優先で予定をあける!


「うーん、次の休みはバイトがあるから……。その次の日曜はどう?」

「じゃあ、その日で! お弁当も作ってくね」

「マジで? それは楽しみだなー!」


 あっさりと決まってしまった。

 今日はなんか良い流れが来てるし! 勇気出してみて良かった!

 休みの日に二人だけで出かけるのは、久しぶりかも。ヤバい、嬉しすぎて緊張してきた。


「楽しみにしてるね」

「だねー、僕も楽しみ!」


 一之瀬君も乗り気になってくれてるし良かった。

 お弁当も超気合い入れて作るぞー、まずは胃袋からって格言もあるしね。

 こんな感じでちょっとづつ進めていけたら……!

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