私にとって一番大切な時間

 シーズンオフの水泳部は、筋トレと走り込みがメインの練習になってしまう。

 でも、土曜日だけは午後から市内のスポーツセンターにある屋内プールでの練習があって、一部のコースを借り切ってうちの水泳部で使わせてもらっている。私立なら校内の屋内プールで年中練習できるようなところもあるみたいだけど、うちは公立だしそんなのは望むべくもない。というわけで、十月になった今はこうして週一ペースでプールでの練習をこなしている。

 今日もその練習が終わって、部長が閉めのあいさつをして解散となった。


「みんなお疲れさま!」

「お疲れさまでしたー!」


 解散した後は、みんな思い思いにしている。

 施設のエントランスにあるベンチでおしゃべりしたり、予定があるからとサッと帰っていったり。

 水泳部のマネージャーである私は、部長と一緒に顧問の先生に来週の予定を確認して、センターの職員さんを相手に次の土曜日の練習のためにプールの予約を取ったりと、ひと仕事をこなす。

 ひと通り終わって、少し小走りで玄関にむかう。

 時間は夕方の4時過ぎ、スポーツセンターの玄関で一之瀬君が待っていてくれた。


「吉本さん、お疲れさま! 今日も行く?」 


 私を見つけると優しくほほ笑んで誘ってくれる。

 自分の顔が自然とほころぶ。

 いつもこうして彼の方から声をかけてくれて、いつも私は同じように返事をする。


「うん、一緒にいこ」


 一之瀬君は、夜からファミレスでバイトをすることになっている。

 その時間までは、ここから近い公民館で勉強をして時間をつぶすのが習慣になっていたらしい。

 前にその話を聞いて、私も一緒に行っていいか聞いてみたら快くOKしてくれた。それ以来、いつもこうして誘ってくれる。

 一之瀬君は成績がすごくいい。

 入学してからずっと学年上位の成績をキープしているけど、絶対にそれを自慢したりしない。だけど、一緒に勉強するときは分からないところを優しく根気よく理解できるまで教えてくれて。

 そんな私たちの勉強会は登下校以外では二人きりで過ごせる唯一の時間だから、私にとって一番大切な時間になっている。


 彼と話をしていると、私の親友で一年女子期待のエースでもあるアヤがニコニコ顔でやってきた。

 ショートカットが良く似合う、くりっとした瞳が印象的で人懐っこい笑顔がとてもキュートな女の子だ。


「二人ともお疲れさまー、これから勉強いくん?」


 アヤが手を振りながら私たちに話しかける。


「あ、アヤもお疲れさま! うん、今日もいつものとこに行ってくるね」

「アヤちゃんお疲れー」

「二人とも相変わらず仲良いねえ」


 アヤは私の気持ちを知っているので、頑張ってね! という風に軽くウインクして応援してれた。

 私もそれに応えるように、うなずきながら胸元で手をグッと握って気合いを入れて返す。


「悠人、今日はどうする?」

「ああ、今夜は大丈夫だわ。ありがとなじん


 アヤとジェスチャーで会話している間に、時東ときとう君が一之瀬君に話しかけている。

 時東君は一之瀬君の小学生以来の友達で、いつも二人セットでつるんでいる仲だ。

 以前に二人と話していたときに、時東君が水泳部に入るのを決めたから、一之瀬君も付き合って入部したと教えてもらった。

 二人とも身長、体形が似ている。一之瀬君がかわいい感じに対して、時東君はやんちゃっぽい雰囲気だ。

 二人ともイケメンだから、並んでいるととても目を引く。そして二人とも女子人気は高い。

 いつも土曜の練習が終わると、二人はこんな会話をしている。

 どうも、時東君の家に泊まるかどうかを聞いているらしい。

 時東君は一之瀬君の回答に満足したようで、私と一之瀬君に軽く手を振って帰って行った。


「そろそろ行こっか」

「うん」


 スポーツセンターから公民館までは歩いて十分ほどで着く。

 そこまでの道のりを、一之瀬君と話しながら歩くのがとても楽しい。

 もっと遠くても良いのに、といつも思ってしまう。

 学習室は結構埋まっているけど、二人並んで座れるくらいの空き席はある。

 一之瀬君と横になる様に並んで座って、二時間ほど勉強するのがいつもの過ごし方だ。

 そっと、隣の彼をのぞいてみる。

 集中している顔に胸が高鳴る。ペンを握る指がきれいでそっとなでたくなる。

 まつ毛長くて綺麗……と見つめすぎてしまった。

 どうしたの? という風に優しく笑って私を見つめてくれる。その表情がすごく可愛い。


「なにか、分からないところある?」

「あ……、ごめんね。えっと……」


 一之瀬君に見とれてたの、なんて言えるわけなく。

 小声で私を気にかけてくれる一之瀬君。ちょっと焦りながら、さっきつまった問題を指さす。

 彼が少しこっちに身を寄せてのぞいてくるからドキドキしてしまう。


「ここなんだけど……」

「うん……。あぁ、これはね……」


 こうして一緒にいられる二時間は、あっという間に過ぎてしまう。

 終わる頃には、外はもう真っ暗だ。

 いつも、お母さんが暗くなると危ないからと、公民館の前まで車で迎えに来てくれる。

 お母さんがくるまでの間、一之瀬君が私の話相手になって一緒に待ってくれるのも恒例だ。


「今日も、いろいろ教えてくれて、ありがとね」

「こちらこそ、教えることで復習になるから良い勉強になるよ」


 優しくほほ笑みながらそう言ってくれる。

 もうすぐお別れの時間が来る寂しさを押し殺して、私も笑顔を作った。


「バイト、頑張ってね」

「うん、ありがとう。また、月曜ね!」


 そう言って、一之瀬君はニコっと笑ってバイバイと手を振る。

 車の中のお母さんにも、軽く頭を下げると歩いて行ってしまう。


「可愛い子だよね。まだ付き合ってないの?」


 お母さんが興味津々といった感じで聞いてくる。


「そんなんじゃないもん……」


 明日も一之瀬君はバイトが入っていて会えない。

 早く月曜になってほしいな。そんなことをぼんやり考えた。 

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