第8話大輝くんは困惑しているようです

(今日は楽しかったなあ…)


 俺はゲームセンターから帰っている時に、そんなことを考えていた。


(にしても、このぬいぐるみどうすっかな…)


 俺はうさぎが好きっていう訳ではないし、ぬいぐるみが欲しかった訳でもない。ただ、とったという事実とその感動が欲しかっただけなのだ。


(どうせなら、俺の家で飾るよりこれが欲しい人にあげたほうが使い道としては有意義だよなあ…)


 そんなことを考えながら自転車を漕いでいると、あっという間にマンションに着いていた。ぬいぐるみの使い道は後日考えることとして、とりあえず今は、晩御飯を考えることにした。とはいえ、今日は買い物にも行ってないので、ロクなものも作れない。諦めて、一度家に帰ってからコンビニへ行くことにした。


「あ、どうも、前沢さん。ちょうどよかったです、家に来て下さい」


 そんな声が掛かったのは、家に入ろうと、カバンから鍵を探していた時であった。


「え…?な、なぜ、神崎さんが?」


 俺は頭の整理ができずパニックになり、神崎がお隣さんだということも忘れて、疑問を口にしていた。


「だって、私はお隣さんですもの。それで、昨日のお礼の続きをしたいので、うちによって行って下さいよ。一度帰ってからでも構いませんので、ご飯でも作って待っていますね」


 そう言葉を口にした神崎は、玄関のドアを閉めた。鍵を閉める音が聞こえなかったのは、俺が来ると確信しているからだろう。


(いや…どうすんだよ…これ)


 困ったものだ。俺のメンタルがゴリゴリと削られるので極力行きたくはないが、どうやら行かないという選択肢は俺には用意されていないらしい。

 今の俺にできることは、精神を統一させ、出来るだけ顔の赤さを察知されないようにすることだけだ。それも神崎の前では効力をなすのかは知らないが。


(あっ、そういえば、これ)


 神崎のことを考えていると、昔、神崎が言っていた言葉を思い出した。


『私、うさぎさん大好きなんだー。大きくなったらいっぱいうさぎを飼って、いっぱいのうさぎさんと暮らすの!』


(そういえば、神崎はうさぎ好きだったなあ…)


 ちょうど俺の手元にはさっき手に入れたばかりのうさぎのぬいぐるみがある。この前部屋に入った時、うさぎのぬいぐるみが置かれていたので、うさぎが嫌いになった。なんていうこともないだろう。


(もうお礼は充分すぎるほどに貰ったしな。これでもプレゼントするか。ご飯のお礼として)


 うさぎのぬいぐるみをプレゼントすることを心の中で決めると、そこからは行きたくない。という気持ちが薄くなったような気がした。


(無償の善意を受け取ることに後ろめたさを感じていたのかもな、俺は。対価があれば大丈夫だなんて…俺はほんと、何でこんな考えになるのだろうか)


 自分の考えに嫌気がさして、そんなことを考える。どうにかしてこんな考え方をしてしまう俺の中身を正せないか、なんて思いながら。




「どうぞ、上がって下さい」


 昨日聞いたセリフをもう一度聞き、家に上がる。


「それじゃあ、ご飯を作ってきますので、ここに座って待っていて下さいね」


 俺はそのセリフを聞いて、姿勢を正しながら座った。昨日の教訓を活かして、正面だけを睨みつけながら。


(昨日ほどではないにしろ、緊張するなぁ…)


 俺は神崎を待つ間、そんなことを考えていた。そもそも、女の子の家で二人きりなんて、慣れるようなことではないのだが。


(それにしてもいい匂いだよなぁ…)


 ついつい衝動に駆られて嗅ぎたくなるくらいにはいい匂いだ。少しぐらい嗅いじゃっても…


「はい、できましたよ」

「みぎゃっ!?」


 良からぬ考えに囚われそうになっていたところに、神崎からの声がかかり、謎の奇声を上げてしまう。


(恥ずかしい…)


 昨日と比べれば恥ずかしさはマシだったのだが、今の出来事で昨日以上に顔が赤くなるのを感じる。


「それじゃあ、食べましょうか」


 今日はできた時点で運んできてくれていたので、また手伝うことはできなかった。


(申し訳ないな…)


 次の機会など来るはずもないので、また違ったことで恩返しをしたいと考える。目の前ではもう神崎が手を合わせているので、俺も手を合わせる。


「「いただきます」」


 昨日とは趣向の変わった、だけど美味しそうで俺の好みである料理に手を伸ばした。




「ご馳走様でした」

「お粗末様でした」


 美味しい神崎の料理に舌鼓をうった俺は、自然と口を開いた。


「美味かったー。ほんと、今日もありがとう」

「いえ…私が振る舞いたかっただけですので…」


 神崎のその言葉を聞いて、「あ、そうだ」と声をあげる。


「お礼って言ったら何だけど、これ。神崎さん、うさぎ好きだったよね?」


 うさぎのぬいぐるみを出してそう言うと、神崎が顔を赤くして下に向ける。


(昔みたいだな、これ)


 その神崎の仕草で、昔のことを思い出した。目が会うたびに顔を下に向けられたものだ。


(ただ、最近は忘れてたけど、多分神崎には嫌われてるんだよな)


 態度や声に出さないのは性格が良いからで、少なくともよく思われていないのは確実なのだ。なのに、そんな男からプレゼントを貰ったらどうだろう。それは嫌で恥ずかしいに決まっている。今、神崎の家にいるのはお礼をしてもらっているだけ。その認識を強めなければならないのかもな。


「あ…ごめん、嫌だったらいいんだ、偶然取れたものだし…」

「い、嫌じゃないっ!…です。でも…どうして、うさぎが好きなことを?」

「そ、それは…家にうさぎのぬいぐるみとかあるし、それに…」

「それに?」

「昔、うさぎのことが好きだって言ってたし…」


 昔のことだ。今は気が変わっているかもしれないし、そんなことを覚えられていたら恥ずかしいだろう。現に俺も恥ずかしかったし、神崎も顔を赤くしている。まさか貰ってもらえると思っていなかったので、少し狼狽えていたが、とりあえずぬいぐるみを渡す。


「ありがとうございます!」


 ぬいぐるみを渡した瞬間、顔がパアッと明るくなり、満面の笑みでそう言った。


(これは…まずいな)


 神崎によく思われていないと再認識したが、それも御構い無しにこの笑顔は人をドキドキとさせる。改めて見ると、大人のような綺麗さだけでなく、少女のような可憐さも持ち合わせている、完璧な美少女だ。


(このままいると、こっちが羞恥でどうにかなりそうだ)


 そう考えた俺は、嬉しそうにしている神崎に向かって言葉を放つ。


「明日も学校あるし、そろそろ帰るよ。今日もありがとう」

「いえ、こちらこそお礼をしたかったのに、また貰っちゃって。ありがとうございます」

「ご飯ご馳走してもらってるし、喜んでもらえたなら嬉しいです」

「それでは、また」


 ぬいぐるみを持ったままお見送りしてくれた神崎の顔は、いつもより少しだけ明るいように見えた。


(やばい、めっちゃドキドキしてる)


 足早に家に入った俺は、ドキドキを抑えるために、ベッドに顔を埋め、出せる限りの大声で叫んだ。


「無理!あんなの、可愛すぎんだよ!」

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