第7話

 小園花と神木信二の関係性を徹底的に(事件とは無関係の思い出話まで聞かされた)洗った後、元山と遠藤は警察署に帰署した。

 村上凛はすでに署を出たあとで、彼女の思い込みが意外にも的を射ていたことを伝えられなかったが、まあどうでもよかった。

 捜査本部で他の捜査員も集まった捜査報告の場で、小園花が神木に好意を持っていることを報告した。

 他の捜査員から挙がった情報も、元山にさしたる推理の種を与えてはくれなかった。

 今日の捜査は終了、と下令された直後、受付の女性署員が元山に客人だと言う。

「え、誰?」

「豊田弥太郎さん。ファイルを返して欲しいそうです」

「ああっ」

 まるっきり失念していた。慌てて手荷物をまさぐったが、貸してもらったファイルはどこにもない。

 昼の記憶が蘇り、大谷朋美の事情聴取の際にベンチに置き忘れてきたことが、鮮明に思い出された。

 言い訳を考えながら客人を待たせている受付へ足を向けた。

「あっ、刑事さん」

 いかにも通勤帰りの所帯じみたスーツを着た豊田が、歩み寄ってきた元山に頭を下げた。

「資料として貸したファイル、中身も合わせて、そろそろ返してくださいますよね」

「それがまだ、返せる状態にありませんので」

 大学構内に置き忘れた、とは借りた手前言えない。

「それでは、いつになったら返していただけるのですか?」

「コピーの作成が出来次第でしょうかな」

「そうですか。出来る限り早めにお願いしますよ。大事な生徒達の記録なんですから」

「承知しております」

 今からでも大学へ戻って回収してこなければ。

 ファイルの返却を催促して豊田が署を後にすると、三十分くらい経った頃元山はファイル回収へ大学に駆け戻った。


 幾度目かの大学訪問に、ちょっと恥ずかしさを覚えながら受付に向かった。

 受付の奥に声をかけると、白髪のオールバックの男性が姿を現した。

「げっ」

 元山の顔を見るなり、厄介そうに声を出した。

「げっ、とはなんだ。げっとは」

「夜分になんです。まだ大学内で犯人捜しですか」

「いや、そうではないんだ。拾得物に生徒のレポートを挟んだファイルがあるのじゃないかと思ってね」

「ファイル? そんなのうちに届けられてないよ」

「それじゃ、まだ花壇のとこのベンチに……」

「なんだ、そこに置き忘れたのか。刑事さんもおっちょこちょいだね」

 親近感が湧いたように、笑いを含んだ声で言った。

 まさに仰る通りの失態で、と元山は恥じ入る。

「それじゃちょっくら、探しますか」

「え、あなたがですか?」

「刑事さんも一緒にですよ。心配いらんです、今の時間はわし以外校内におらんから」

 元山に妙な親しみの籠った視線を送り、白髪男性は請け合った。

 中庭に出て、元山は男性と共にファイルを探したが、どこにも落ちていなかった。

「探してもないようじゃと、誰かが持ち去ったんでしょうな」

「そのようです。しかし持ち去ったのは誰か……大谷朋美か?」

「刑事さん、どうして大谷朋美君なんですかい?」

「いや、ここで事情聴取をしたのが彼女でしたから……あなたは彼女と何かご関係が?」

「まあ、大谷君の方は気付いていないじゃろうが」

「どういうことです?」

「わしの親父が、彼女に世話になってまして」

 男性は穏やかなに言う。

 元山が尋ねずとも自ら滔々と語る。

「彼女が中学生の頃じゃが、わしの親父が彼女の盆栽の師匠でしてな、親父の死に目にも立ちあっているそうでの。親父はほんとうの孫のように可愛がっていたのを、後に聞いたもんで」

「あなたは盆栽を?」

「手慰み程度にな。親父と大谷君の腕には到底及ばんが」

「ほう。カブトムシの次は盆栽か」

「カブトムシとは、刑事さん?」

「いや、そのことは。言えませんな」

「まあ、よろしい。わしには関係ないことじゃろ」

 男性は心得た風情で質問をやめた。

 結局ファイルは回収できなかったが、白髪男性の名前が井川正則であることを本人の口から聞いた。

 急な私用に付き合ってくれたことに礼を述べて、夜の大学を去ろうとした元山に、井川正則は示唆的な提言を耳打ちした。

「わしの親父のことを調べてみてくれんかの、興味深いことがわかるでの」

 興味深いこととは、と聞き返してもお茶を濁され、見回りの仕事があるからと追い払われてしまった。

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