第6話
他の捜査を大方済ませた遠藤を伴って、元山は小園花の自宅に訪れた。
神木信二の住むマンションとは、大学を挟んで反対方向の、二駅離れた地区の住宅街にあるアパートの一室が小園花の寓居だ。
元山が昭和後期の住宅を思わせる古めかしいボタン式の呼び出し鈴を鳴らすと、のそのそとした薄い床を踏む音がして、ドアが内側から開けられ、ぼさぼさに波立った髪に眼鏡をかけた小園花が顔だけを覗かせた。
「昨日はどうも」
元山が会釈すると、小園花も小さく頭を下げた。
「訪問者を確認する前にドアを開けるのは、少し不用心ですな」
「ごめんなさい」
元山の目を避けるように顔を下向けて、蚊のなくような声で謝った。
此方が悪いことを気分になるなぁ、と接し方に当惑しながら、本題を口上にする。
「神木信二さんとのご関係について、お聞きしたいのですが?」
「か、神木くん?」
恐る恐ると言った風に面を上げる。
「ええ。同じ生物学部の生徒でしょう?」
「どうした神木君から私に繋がったの?」
小園花は内なる想いが揺蕩う瞳で元山を見上げた。
「神木信二さんの女性関係について、目下追ってまして。あなたが神木信二君のことに好意を持っている、という噂を耳にしたもので」
「だれ?」
「個人名までは明かせませんな」
村上凛の名を出すと小園花が口を閉ざすのでは、と予想しての情報秘匿だった。
小園花はしばし黙考して、ぽつりと口にする。
「……村上凛さんですね」
そうでしょう、と確信のある目で元山を見返す。
元山は言葉に詰まった。
「何故、わかったんだい?」
遠藤が戸惑いを隠さずに尋ねる。
「何故って……」
途中で言いずらそう渋った。
「何故って?」
「中で話します。入ってください」
若干に顔を赤らめて元山と遠藤を室内に誘い、小園花は元山とドアを開けたまま、中に消えていく。
唐突に招き入れられたことを不思議に思いながら、刑事二人は部屋に上がった。
小園花の後についてキッチンを通った先の畳の部屋に入ると、中央に両翼を収めて獲物を虎視眈々と潜み狙う剽悍な鷹の姿が――。
元山は即座に空手の構えを取った。遠藤は意想外の肉食猛禽類との相対に、背をのけ反って後退る。
「それ、剥製です」
あっけらかんとした声で小園花が言った。
その声で眼前の鷹が襲ってこないとわかり、ほうと二人の刑事は肩の力を抜いた。
「脅かさないでください、小園さん」
「そんなつもりはなかったんですけど、脅かしてしまったのなら謝ります。ごめんなさい」
腰を曲げて深々と謝った。
「あなたが頭を下げる必要はありません、ただ我われが……」
臆病者だっただけです、と続けようとして、小園花の方に振り向くと、付け加えての驚愕で絶句した。
小園花の立つ窓際の左横の木棚、種々雑多な鳥類の剥製が陳列されていた。
「そこの棚の物は?」
元山は茫然と棚を見て、指先で示す。
「剥製ですよ、好きなんです」
屈託ない笑顔で小園は答えた。
元山と遠藤は返事に窮して、今にも動き出しそうな鳥の剥製群を眺めた。
「でも、私。剥製より好きなのがあるんです」
「はあ、なんでしょうか?」
元山が剥製から小園花へ視線を移す。自ら口を割りそうなので、相手の言葉を待った。
「神木君です」
決意を固めた表情でそう吐露した後、急に恥ずかしさが湧いてきた様子で、両手で顔を覆った。
元山は剥製と比べられたホトケさんを憐れんだ。
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