第5話

 捜査本部長の吾妻からの電話の内容に、元山は意表を衝かれた。

 警察署に村上凛が現れ、根拠なしに犯人を決めつけてそいつを早く逮捕しろと署員に告訴している。若い女性のヒステリックは手に負えない、というのである。

 大谷朋美に協力の礼を短く述べて聴取を打ち切り、警察署に走り急いだ。急ぎ過ぎて豊田教授から貸してもらったファイルをベンチに置き忘れたほどだ。

 元山が激しく息を切らして警察署の出入り口をくぐると、昨日の聞き込み捜査で行動を共にした遠藤が受付の横で立っていて、元山を手招きした。

 ふらふらと歩き寄り、頭を垂れて膝に手をついた元山の姿に驚いて訊く。

「大学から走って来たんですか、元山さん?」

「ああ、おかげで肺が破裂しそうだ」

「そうだったんですか。吾妻さんが暑い中を駆け戻ってくるだろうから、元山さんが来たらこれを渡してくれって」

 そう申し付けた人物の名を出して、遠藤は水タオルを元山に差し出した。

「さすが吾妻署長」

 二十年来の朋友を本人はいずともおだてて、水タオルを受け取り首回りに掛けた。

 冷房設備の整った署内では汗が引っ込むのも早く、息が元の調子に回復するのを待たず、村上凛がいる応接室に元山は遠藤と足を運んだ。

 応接室にドアを押し開いて入ると、甲高い声で物を言う第一発見者の村上凛に、他の署員が困りきった顔で対応していた。

「あなたのご想像だけで、一般民を容疑にかけることはできません」

「容疑にかけるんじゃなくて、逮捕よ逮捕。この女が犯人に間違いないの!」

「殺害現場を目撃したわけではないのですよね?」

「この泥棒猫があたしの彼氏を殺してるところを見てるわけないでしょ、あたしが部屋に居たら入れさせてやらないから」

「目撃していないのならば、その女性が犯人と言うのはあなたの想像でしょう」

「目撃してなくてもこの女が犯人に違いないわ」

 論議の堂々巡りを、元山は聞いていられなかった。

「村上凛さん、昨日はどうも」

 気を昂らせている村上凛に、折り目正しいお辞儀をした。

 いきなり姓名を呼ばれて、村上凛がぴたりと手振りを止めた。元山の方に顔を向ける。

「どこかで会った人。誰でしたっけ?」

「元山です。昨日、神木信二君の自宅前で事情聴取をさせていただきました」

「あの時のオジサンですか」

 村上凛の中で記憶にある名前と目の前の顔が一致した。

「聞いてください。この警官、全然あたしの話を信じないんです」

「そうですか。どんな話をしたんです?」

 先程困り切った顔をしていた署員が元山に、質問はやめた方がいいです、という意味合いで眉を寄せた顔の前で手を横に振る仕草をした。

 大谷朋美の見方が正しいみたいだな、と自分に疑義を抱く人物についてまくし立てる村上凛の様子に、元山はそう断じた。

 ぞんざいに相槌を打って、村上凛が話し終えるとわかりましたと頷いた。

「あなたの言った女性に関しては署長に相談の上でこちらで捜査しますので、あなたはお帰りして構いません。しかし証言には気を付けないと、あらぬところから誣告罪であなたが告発されますよ」

 釘を刺すつもりで誣告罪を俎上に上げたのだが、逆効果だった。冷静に頭を回っていない村上凛は、元山の言葉に腸を煮え繰り返した。

「誣告罪ですって。それなら刑事さん、この女に直接訊いてみればいいわ。信二の事が好き好きで耐えられなくて殺したってゲロするわよ」

 自身のスマホに保存された写真をクローズアップさせた画面を、元山に突きつける。

 この女とは小園花であった。

 女子大生がゲロなんて言葉使うもんじゃないよ、と元山の背後で遠藤が誰にも聞こえない小声で驚いていた。

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