第3話
捜査本部にて、近隣住民や被害者と交流のあった者から聞き出した証言などをもとに、今後の捜査方針が固まった。
本部長を務める吾妻は、各捜査員が次なる捜査に散っていったのを見計らって、メモ帳を胸ポケットに仕舞い捜査本部を出ようとする元山の背中に、個人的な親しみで歩み寄った。
「元山、少しいいか?」
「吾妻本部長、なんでしょうか?」
他の捜査員の耳を気にして、職位名つきで呼び返した。
「二人だけの時は吾妻でいい」
「苗字で呼んでいるところを他の奴に聞かれたら、説明するのが面倒だろ」
「その時は誤魔化さず説明すればいいさ」
陽気に気にかけない口調で言った。
「それより、盗難された『12‐a』というカブトムシは、どうやって見つけ出すんだ。全国に生息するカブトムシを検めるなんてことは無理だぞ」
「犯人が所持というよりも隠し飼っていると考えるほかはない」
「犯人は突き止められそうか?」
「今の時点ではなんともいえん。しかし盗まれたカブトムシの価値がわかれば、そいつを欲しがる人間を炙り出せるやもしれん。炙り出した中にホシがいると俺は考えてる」
「あり得る話だな。それで次は何を調べるんだ?」
「被害者とカブトムシ研究の受け持ちが同じだった、村上に当たってみるつもりだ」
「第一発見者の女性か。朝早くから被害者の家を訪ねてるんだ、被害者の対人関係についても色々知っているかも」
「俺も同じ考えだ。それじゃ行ってくる」
事件解決したら久しぶりに飲みに行こう、と吾妻は去り際の元山を言った。
背中越しで親指を立てた片手を挙げて、元山は吾妻の誘いに応じた。
次の日、元山が村上の自宅である郊外の一軒家に訪問すると、村上が二十幾歳を取ったような女性が玄関に現れた。
「はい、なんでしょうか?」
「○○署の元山です。村上楓さんのお母様ですか?」
警察手帳を見せながら尋ねた。
元山を警察だと知り、俄然緊張してそうですが、と返した。
「娘に何かあったんですか?」
「娘さん本人に何かあったわけではなく、娘さんと同じ生物学部の男性に関わることです」
「男性!」
卒倒しかけたような声でそう発する。
村上の母親の驚愕した様子に、元山は探る目になる。
「娘さんは男性と何か問題でも?」
「問題なんてありません。ただびっくりしちゃって……」
「どうしてびっくりされたのですか?」
「なんでもいいじゃないですか。それより刑事さんの知りたい事を仰ってください」
「そうですね。無辜の市民に証言を強要したと見做されると、警察の世間体が悪いですからね」
相手の反応を窺いながら、元山は無理強いの聴取を諦めたように言った。
村上の母親はあからさまに安堵の息を吐く。
「それで刑事さんの知りたいことはなんですか?」
「神木信二、という名前にご記憶は?」
「いいえ、知りません」
「そうですか。実は娘さんが今朝にその神木信二の住まいを訪ねているんです」
「あっ、それだったのね」
口から漏れた呟きに、元山は詮索を向ける。
「それとは、なんですか?」
「今朝に警察から電話が掛かってきたんです。でも身元だけ確認して切れちゃいましたけど」
「そういえば、うちの署の後輩が身元確認が取れました、と知らせてくれたな」
「知りたいことはそれだけですか、他に知りたいことがないなら帰ってください。警察が来てたって近所の噂になってしまいますから」
「それは失礼しました。では手短に質問を」
村上楓の素行はどうか、近一週間のうちに様子がおかしいことはなかったか、人間関係で問題はなかったか、持病や情緒の不安定はないか、など事件の発生、もしくは犯人となり得る可能性のある要因を質した。
それらの質問に村上楓の母親は、事件解決には芳しくない受け答えをするばかりで、村上楓本人から聴取したほうが賢明だ、と元山は判断を下した。
「楓さん、今いらっしゃいますか?」
「娘なら出掛けましたよ」
「どちらへ?」
「大学だと思いますけど、あの子私より朝早く行動するから、行き先を把握できないのよ」
「そうですか。とりあえず大学の方へ行ってみます」
「高圧的な訊き方しないでください。娘が帰ってきたら、刑事さんがどんな態度だったか教えてもらいますから」
警察だというのに悪人扱いされて、元山は苦笑いを返した。
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