第16話 工房へと案内しました

「マーヤも見ただろう? <<超再生>>のスキルが発動するところを」


 腕が生えたあの光景を思い出しながら、私は頷く。神様は勇者の頭は一度吹き飛んだと言っていた。超再生で回復できる傷は回数制限がある。大きなものは翌日にならなければ戻らない。


「一度、頭が半分飛んだ。自分のことなのにらしい、だなんておかしな話だけど、覚えていないんだ。いろんなことを忘れてしまった」


 体の傷は治っても、心にはもっと深い傷が残っている。何故かそんな言葉が、わたしの頭の中をよぎる。


「勇者に選ばれた時は、それはもう周りの方がすごく喜んで、俺も嬉しくて、でも、それがどういうことなのか、よくわかっていなかったんだと思う」


 今となってはそれはとても遠い記憶になってしまったのだと、その寂しげな表情が語る。私の胸は切なくて痛くて、何故か鼻の奥がツンとした。


「頭が半分消し飛んで無くなったのに、生きてるなんておかしいってストレートに言ってくるやつも居たよ。俺も、そう思った」


「……アルさん」


「だから、その後はがむしゃらに戦ってきた。俺に出来ることは魔物と対峙して皆が平穏に暮らせるのを守ること。それが勇者の役目だと思ったから」


「アルさん、私は」


「怪我は放っておけば治るから、俺のためにポーションを使う人なんていなくなってた。だからあの時、マーヤがポーションを使ってくれた時、なんていうか久しぶりに人間扱いされたような感じがして、すごく、すごくすごく、嬉しかったんだ。君が俺の事情を知らないことくらい、分かっていたはずなのに」


 なんて言ったらいいんだろう。

 なんて伝えたらいいんだろう。

 こんなに深く傷ついてるひとに、私は何を言えばいいのだろう。

 ゲームの世界は人間関係から遠ざかりたかった私にとって、ひどく居心地のいい世界だった。不愛想な対応をしても咎められたりはしなかったし、咎めてくるような相手からは遠ざかれば追いかけられることはほとんどなかった。逃げる手段はいくらでもあった。現実では、なかったから。

 ああ、でもここは現実なんだ。

 そして彼は、ずっと、ひとりで、戦ってきたんだ。

 神様に言われたからじゃない。神様からどこかをいじられてそう思わされたのだとしても、そんなのはどうでもいい。私は、私の心を信じる。そうしよう。そう、決めた。


「アルさん」


「あ、ごめん。俺、一方的に話してたな」


「私に、あなたの手伝いをさせてください」


 ぎゅうっと両手を拝むように組んで握りしめる。震える。ああ、怖い。人と関わるのは怖い。引きこもっていたい気持ちに変わりはないし、でも、けど、私は彼を見捨てたりできない。

 うつむきがちになってしまった自分に気付いて、ぐんと顔を上げる。綺麗な顔立ちが戸惑った顔をしているのが分かる。ここで負けるな。私は頑張れる。いけるいける。出来る子なんだから!


「いっしょに戦うのは、ちょっと、怖いけど、その、えっと、私に出来ることをしたいんです」


「マーヤ……無理はしなくていいんだ。俺は」


 否定されてちょっと凹む。か弱そうに見えるマーヤでは、そう思われても仕方ないのかな。でも、中身は私だし、ここで折れてしまうわけにはいかないのだ。


「無理じゃないです! アルさん、あなたが私に秘密を打ち明けてくれたように、私もあなたに秘密を打ち明けたいと思います」


「え?」


 腰につけたポーチから、小さな小さな工房を取り出す。ベッドの上にそっと置いて、それからアルさんの手をぎゅっと掴む。多分、出来るはずなんだよね。


「ただいま、ただいま、帰ってきたよ! 扉よ、開け! ご主人様のお帰りだ!」


 まるで久しぶりの我が家に帰ってきたかのように、私は呪文を唱える。周りの景色がぎゅっと凝縮されるような変な感触にはちょっと慣れないけれど、この前も訪れた屋敷の前の庭に私はアルさんと二人で立っていた。


「これは……」


「私の工房です」


 とっさに握ってしまった手が汗ばんでいるのが分かる。心臓だってうるさい。でも、私はもう決めたから。この手を離したりしない。まっすぐに向き合って、アルさんを見る。


「アルさん、私にあなたの装備を作らせてください」


「マーヤ、君は」


 驚いた顔をしているアルさんに私は無理やりに笑ってみせる。不安な気持ちなんて見せない。絶対。


「私は本当はこの世界の人間じゃあありません。不慮の事故で死んで、それから神様に拾われました。この世界で楽しく生きてと言われて、そして、あなたに出会った」


 神様に、勇者を救ってほしいと言われた話は伏せる。言われたからやりたくなったわけではないし、言われたから助けるわけでもない。私がしたいから、するのだ。

 

「拾ってもらった恩は返さないといけないと、私の故郷では決まってるんです」


 そういうことにしておく。うん。その方がいい。


「いいの? 俺なんかと関わっていると、きっと、嫌な思いをすることがある」


「いいです。私、アルさんが痛そうな顔をしたのを思い出すだけで、嫌な気持ちになるので」


「えっ」


「隠してほしいとかじゃないです。私が出来ることをしないで、出来ることをしなかったせいで、アルさんが痛い目に合うのが嫌なんです」


 これは本当。まぎれもない真実。


「だから、私があなたの装備を作ります。作らせてください」


「……マーヤが無理をしないなら、いいよ」


 なんでそんな渋々の承諾になるのかはちょっと納得がいかなかったけれど、そこは聞かなかったことにして私は満面の笑みを浮かべて見せた。


「とびっきりの装備、作りますから!」


 まっかせてー! と胸を叩くと、何故かアルさんは笑い出した。すごく楽しそうに。なんで笑われているのか分からない私は、でもつられて一緒に笑った。

 心にしまっていたことを話すのは勇気が必要だったけど、私は後悔しないように生きたいと思う。

 さあ、生産職の腕の見せ所! 張り切っちゃうんだからね!

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