第14話 勇者のことを頼まれました

「勇者を救ってほしい」


 最初は何を言われているのか、分からなくて呆然としてしまった。救ってほしい? この世界を、とかではなくて、アルさんを?


「突然何を言い出したかと思っているだろうね」


「はい」


 思わず素直に返事をしてしまった。神様はなんだか笑ったようだった。だってしょうがないじゃないかー。突然そんなこと言われてもさ。


「まず、この世界の成り立ちを伝える必要があるようだ」


「そうですね」


 そうなんですよ。私ね、なんか知らない世界に強制的に連れてこられただけの人になってるから。今。


「この世界は、澱みを魔獣に変えるように出来ている。この澱みとは負の感情の塊だ。凝り固まることによって他のものに悪さをする。だからそれを浄化するのが勇者の役目だ」


「悪さ……」


「殺したりいたぶったり混乱を招いたりということさ。知性が芽生えるようなものも出てくる。塊が小さいうちに対処すればそれほど問題はないがね」


「はあ」


「勇者は君から見て、


 ぞわ、と背筋に悪寒が走った。今更ながらに思い知る。今、目の前にいるのは人の及ぶものでない。神様、なのだ。


「怯えさせてしまったかな? ごめんね」


「……思ってもないことを口にしないでください」


 神様。神様と一対一。だというのにこの不敬な発言。でもさ、どうしたらいいか分かんないんだもの。どうしていいのか、混乱しているんだもの。

 アルさんが、どこかおかしいのを、この神様は知っているんだ。


「なんで、おかしくんですか?」


「おや。やはり僕が目をつけただけはある。聡明だね、マーヤ」


 最初からおかしいと思うような者に世界の命運を任せたりはしないだろう。これは、きっと、そうだと思う。正しいかは分からないから、かまをかけただけだけど、どうやら当たりのようだ。


「彼には<<超回復>>がある。だから即死級の怪我をしても、治るんだ。その分回数を消費するけどね」


「……」


「頭をね、一度吹き飛ばされている。そしてその再生の現場を人に見られてしまった。これは僕の采配ミスだったかもしれない」


 腕が。治る現場を私は見た。そういえばあの場所にいた他の人たちは驚きもしなかった。それを、何度も見ているのか。もっと酷いこともあったのか。


「彼が再生するんだったら、ポーションは他の弱い人に使うようにしたんだと思う。待ってれば治るからね」


「でも、痛くないわけじゃない」


 この世界はゲームの中じゃない。痛みだってある、苦しかったり熱かったり冷たかったりもするだろう。私は少しずつ知り始めている。引きこもっていた時には分からなかったことを。


「そうだよ。だから、勇者はそれを他の奴らに気取られないようにしている。君は、気付いているね」


 ああ、なんてこと。

 アルさんが私のポーションを喜んだのも、そういうことだったの?


「……誰も、アルさんを人間として見ていないの?」


「誰も、ではないけど、大多数はそうだろうね。そうしないと、自分の心がもたないのさ」


 ぎゅうっと胸が苦しくなった。だっていつも明るくて、私に微笑みかけてくれるアルさんが、そんな扱いを受けていると知ってしまった。それは、とてもとても苦しい。痛い。胸が、痛い。


「……私に、何が出来るの?」


「君は君の好きなように動けばいい。勇者はね、君の心に惹かれている。これは僕から何かしたわけじゃない。見ず知らずの人間を助けようとした君が、心配で仕方ないんだ」


 自分はひどい目にあっているのに? 私なんかの心配をしているっていうの?


「そんなのって」


「あと数日」


「え?」


「あと数日で、この街に魔物の群れが襲来する。知性があるものは今の時点ではいないが、先のことは分からない。勇者を、助けてくれるかい?」


 これは命令だ。でも、私にとっては大事な背中を押す一撃ともいえる。

 引きこもっていたいとは言えない。だって、知ってしまったから。出来るだけ、彼に痛い思いをしてほしくない。


「……分かったわ」


「ありがとう。君を選んでよかった」


 神様はそう笑って、そこで私の意識は教会の中へと戻ってきた。数分も経っていないはずなのに、すごく疲れた。


<<そうそう。君に啓示を授けよう。これからは祈れば僕に声が届く。出来る範囲でなら助けてあげるよ>>


 頭の中に響く声にちょっとだけムカついたけど、私はぎゅっと拳を握りしめる。私が、出来ることがあるのなら、やってやろうじゃないの。引きこもっていたい気持ちは変わらないけど、ひとまずは工房で何を作るか考えなくちゃ。


「マーヤ、お祈りは終わった?」


 アルさんが戻ってきて、いつも通りの笑顔を向けてくれる。私の胸はまだ痛かったけど、もう腹をくくるしかないってことだ。


「うん。ありがとう」


 ぎこちなくだけど笑いかけると、アルさんの顔がぼんっと赤くなった。え? 何なに? 何かした?


「……かわいい」


 口元を抑えたアルさんの口からそんな言葉が漏れ聞こえて、私の耳もなんだかものすごく熱くなった。私は私に出来ることをする。もう、決めたんだ。

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