第13話 神様に頼みごとをされました
手をつないで歩くのに、だんだん慣れてきている自分が怖い。リア充というやつか、これが。
最後の記憶っていつだろう、手をつないで歩いたのは。幼稚園くらいの時に両親と手をつないで歩いた記憶かなぁ。
アルさんは何で私を気にかけるんだろう?
ちらっと見上げると、なぜか嬉しそうなその瞳と視線がかち合った。なんで嬉しそうなの? 不可解がすぎる。というより、引きこもりにはレベルが高すぎます。
うつむいてしまう私のことも、気遣ってくれる。最初は歩幅が合わなくて大変だったけど、それだってお願いしたら聞き入れてくれた。私は、彼に何を返せるんだろう。
「教会かぁ。久しぶりだな」
「そうなの?」
「王都には神殿があるけど、街には大抵教会くらいしかないから」
ん? んんん? 教会と神殿って違うの? 何かあったら神殿においでってあの神様言ってなかったっけか。どうしよう。
「ああ、教会は小神殿ともいうんだ。大体孤児院と併設されてる」
「ほあ」
思いのほか、的確な答えが返ってきたので変な声が出た。いや、本当に申し訳ない。思わず空いていた方の右手で口を抑えたくらいだ。
そんな私の様子に気付いたアルさんはちょっとだけ目を丸くして、それから微笑んだ。なんだその小さな子どもを見るような微笑まし気な顔はー! もー!
「俺も最初はそこでお世話になってたんだ。男の子たちは無茶をしがちだから、傷薬はすごく役に立つと思う」
「そうなんだ……」
最初は? 気になったけど、歩きながら突っ込んで聞くのもアレな感じを受けたので、とりあえずそこは気付かなかった振りをして、同意だけした。いろんな事情があるんだと思う。例えば私が記憶喪失の振りをしているみたいに。
「マーヤは」
「うん?」
「気にならないの? 今の聞いて、俺がどうしてたか、とか」
おっと聞いてほしいというニュアンスでした? いや、なんか聞いたらまずいかなーと思ったんだけど。
「えと、聞かれたくないのかなーと」
「どうして?」
「なんか、にごしてた、から、かな?」
うまく言葉にするのが難しい。なんとなーくだけど、誤魔化しているニュアンスを感じたのだ。それを伝えるのが下手すぎて、返事が直球になってしまった。
アルさんの足が止まる。私をじっと見る。なんですか? 何も出ませんよ?
「マーヤは俺をよく見てるんだね」
嬉しそうに笑われて、なんか言葉に困った。だって、本当になんとなくでしか感じ取れなかったんだよ? なのに、そんなに嬉しそうにされると反応に困る。
耳がすごく熱い気がしたけど、顔も赤いだろうか。気付かれないといいのにな。
「アル! 久しぶりねぇ!」
教会に着くとシスター姿の女性が出迎えてくれた。っ耳! 耳が尖っていて長い! これはエルフ族の方かしら? うはー、生エルフー。よくわからないテンションになったけど、それは表に出さないよう頑張った。
とりあえず美女に抱きしめられるアルさんを見たら、ちょっともやもやした気分になったのは内緒だ。きっとこの変なテンションの副産物だ、きっとね。
「セレネ。僕ももう子どもじゃないんだから」
「あら、私から見たらアルはまだまだ子どもですよぉ」
うふふ、と笑って、ハグから抜け出したアルさんの頭をなでなでしている。ふむ? これ、おかあさんとかだな? ここの責任者の方なのだろうか。
「あら、こちらは?」
置いてきぼりの私にようやく気付いていただけた。よかった。
「彼女はマーヤ。僕の恋人で―――」
「ちが、違います! あの、錬金術ギルドからの依頼で傷薬の軟膏をお届けにあがりました!」
思わず速攻で否定してしまった。アルさんがしょんぼりしているけど、恋人とか、そ、そそそ、そんなの……思考停止する。考えきれん。
「ありがとう。助かるわぁ」
にっこりと笑って、セレネさんが私が差し出す籠を受け取ってくれた。中身を確認して頷く。
「確かに。生産者さんなのねぇ」
「僕の命の恩人なんだ」
胸を張ってアルさんが言ったのは否定はしなかった。というか、ここに来てからアルさんの一人称が『僕』になってる。
「あらあらぁ」
「あの、お祈りとかしてもいいですか?」
「信心深くていい子ねぇ。アル、逃がしちゃダメよぉ」
「もちろん!」
いや、私の意思は無視か! でも、なんか憎めない。悪戯をしかける子どものような目で、私に微笑んでセレネさんは中へと案内してくれた。
十字架に輪をかけたような形をしたシンボルはケルト十字と呼ばれるものによく似ている。それが中央の配されていて、何人かの人がお祈りに来ているようだった。
「こちらでお祈りを。主神様はいつでもあなたを見守ってらっしゃいます」
「俺も一緒に祈ろうかな」
「あなたはこちらでお手伝いをして。せっかく来たんですもの」
そう言って、ぐいぐいとアルさんを引っ張っていく。アルさんはちょっと苦笑いをしながら、小さい声で「後で」というとセレネさんと姿を消した。
私は二人を見送ると前に向き直る。深呼吸をひとつして、他の人と同じように椅子に座り目を閉じて手を組んだ。
<<やぁ、来てくれてありがとう>>
聞き覚えのある声が頭の中に響く。うぇーちょっと気持ち悪い。いや、不敬だとは思うけど。
<<君にちゃんとお願いを伝えるのを忘れてたよ>>
(どういうこと?)
<<君にはこの世界を楽しんでほしいのはもちろんだけど>>
頭の中に響く声が、軽いものから一転真剣みを帯びた低い声に変った。
<<君には、勇者を救ってほしいんだ>>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます