第12話 勇者様の秘密をひとつ知りました
傷はなくなっていた。先ほど切り落とされたのなど、嘘のように。思わずまじまじとガン見してしまった私に、アルさんが声をかけてくる。
「マーヤ。そんなに見なくても大丈夫だよ」
「だってさっき」
確かに切り落とされた。この腕が血しぶきをあげながら宙を舞う様を、私は見てしまった。まるで現実味がない光景だったけど、あれは間違いなく現実だ。嘘だと思いたいほどの、現実だった。
「スキルを持っているんだ。一日あたり10回の制限があるけど《超回復》ってやつ」
スキル《超回復》。確かレアスキルのひとつで、HPが1でも残っていれば《超再生》が発動して傷がなくなる。ただし回数制限があるんだっけ。人によって回数はまちまちみたいだけど、一日10回って……ほぼチートの域なのでは。
けど、気にかかっていることは別にある。
「痛くないわけがない、ですよね」
痛覚を切ることは出来ない。だってこの世界は現実だから。ゲームでは、ないから。
「……お見通しか」
あきらめたようにちょっと不貞腐れた顔をしたアルさんは、私の頭をぽんぽんと撫でる。
「大丈夫。これが、俺の役目なんだ」
何が大丈夫なのか、ちっとも理解できない。ていうか、気安く頭ぽんぽんとかすんなー!
「さあ、宿に戻ろう。ウル姉に何も言わずに来たんだろう?」
「う、はい」
「俺から謝るから、いっしょに行こう」
さあ、と手を差し出されて、おずおずとそこに手を重ねる。私はたった一日で、なんでこんなに彼にほだされているのだろうか。あー、神様! もうちょっと詳しくいろいろ聞いておけばよかったなー。
最初に言われたことを覚えていてくれたのだろうか。アルさんの足取りはゆっくりとしていて、私はそれに合わせて歩いた。心臓はまだずっとうるさかった。
考えていることがある。
勇者とは何なのだろう。超回復というスキルが使えるにしても、彼一人があんな風に戦っていたらいつか壊れてしまうのではなかろうか。
私から見て、この街に感じている違和感は拭えない。
全部信用しきっていられたら楽なのだろうけど、私は全部を信用できない。今信じられるのは、自分のスキルの腕前くらいだ。
ということで、自前工房に絶賛引きこもって作業中です。やー落ち着くー。
「えーと、薬草は一番低品質で蒸留水も品質が普通のやつを使って」
普通品質のものでもスキルが高ければ、2ランク上のものと変わらないくらいの品質のものを作ることが出来る。今は数値とかが画面上に表示されるわけではないから、自分の目分量でやるしかないしそこそこのものが出来たらストックして納品することにした。
「教会に行けば、もしかしたら神様と話せるかな」
この世界の教会がどんなものか分からないから一概に大丈夫とは思えない。ただ、なんとなく、少しでも自分の中のこのもやもやした気持ちが晴れたらいいなと思っているだけだ。
「軟膏はこれで規定数、と。教会に直接持っていけばいいんだもんね」
血みどろで帰ってきたアルさんを見ても、ウルフィーナさんは何も言わなかった。雰囲気から察するにいつものことって感じだった。私が外に出たことに関してだけは怒られたけど。
私はまだ迷っている。自分が何をすべきかがはっきりとしないから。
ごりごりと薬研で薬草をすりつぶし続ける作業は、はっきり言って頭の中が無になるのでいい。眠い時にやるとそのまま寝るからまずいけど。
「さて、一区切りついたし、一度部屋に戻ってギルドに行こうかな」
ポーションの品質を確認して腰のポーチに詰め直すと、私は工房から部屋に戻った。誰も入ってこられないように偽装しておいたから大丈夫だとは思うけど、やっぱりこの瞬間はドキドキする。うーん。安全な場所の確保も考えないとなぁ。
「マーヤちゃーん」
「はーい」
「アルが来てるわよー」
おう? 何の風の吹き回しだろう。いや、待て。私がまた明日って約束したんじゃないか。
「今すぐ行きます!」
慌ててばたばたと支度をし、階下に降りると昨日と変わらない笑顔のアルさんがいた。やっぱり、何か胸の奥がもやもやとする。
「さて、行こうか」
はい、と手を差し出されれば、私は無意識のまま手を取る。ウルフィーナさんが視界の端で、あら、と言った気がしたが、それは聞かなかったことにした。
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