第11話 明け方の街を走りました
翌朝、何かざわざわとする気配と共に目が覚めた。窓を見ると外はぼんやりと明るくなりつつあるが、どうやらまだ夜明け前らしい。
「時計がないのって不便……あ、そっか」
寝る時に外しておいた眼鏡を手に取る。そのまま、フレーム脇にあったボタンを操作してみる。あの機能がそのままなら、これで出てくると思うんだけどな。
「あ、出てきた」
視界の右端に小さな時計表示が出てくる。異世界時間と現在時間を照らし合わせたものだ。まぁ、もちろんこの世界は厳密にはゲームによく似ているだけで、ゲームではない。だから、現在時間などというものは表示されない。
「……本当に、異世界なんだな」
ちちち、とメモリを動かしてみても、現在時間は表示されない。「--:--」のままだ。今、ここにいる自分が本物なんだから仕方ないのは分かっているけど、どこかでそれを納得しきれていないのかもしれない。
戻りたいとは思わない。ただ、後始末が大変だったろうなーというのは想像に難くないので、そこだけは本当に申し訳なかったとは思う。
「どうなったんだろう」
あの後、私の後始末をした家族は、どんな顔をしていたのだろう。怒っていただろうか。まぁ、怒っていただろうなぁ。妹なんかは「好き勝手しすぎ!!」と怒鳴っていたに違いない。
急にホームシックみたいな気分になってしまった。
変な時間に起きてしまったのがいけないのだと思うけど、目が冴えてしまった。二度寝してもちゃんと起きられない自信しかないし、とりあえず腰につけたポーチの中から昨日貰ってきた依頼書を広げて再確認をすることにする。
「ランタンとかあったかなー」
ストレージの中を確認して一覧の中からランタンを探す。まぁ作れなくはないんだけど、持っているならそっちを使ってしまった方が時間とか労力の面を考えても経済的だ。
「あ、あった」
取り出したランタンはクズ魔石とほんのわずかな炎の魔力に感応して点灯するタイプだ。クズ魔石ってのは魔石というアイテムがまた別にあるのだけど、その強すぎる力が砕け散った残りカスみたいな細かい欠片のことをクズ魔石と呼ぶのだ。
光源が発する部分のお皿にクズ魔石をスプーン一杯分くらい乗せて、炎の魔力をほんの少し注ぎ込む。だけでいいはずだけど、どうやれば正解なのかが分からない。チュートリアルしてもらうんだったかな。確か、ゲームの中では、
「炎をイメージする。出来るだけ小さい、蝋燭の上の小さな炎くらいの、炎を」
目を閉じて思い浮かべる。小さな炎が発する様を。ぽっと音がしたので目を開けると、ゆらゆらと魔法の炎がランタンの中に燈っていた。
「うわぁ……本当に点いた」
点かないと思っていたわけではない。本当にこの世界に、魔法があるのだということが分かっただけだ。
ということは、覚えた魔法も他にも使えるかもしれないということだ。
素材採取のためだけに世界中を渡り歩き、念のため自分の身を守るためにいろいろ覚えたことも無駄にはなっていないらしい。
「神様にお礼を言いにいかないとなぁ」
ちょうど引き受けてきた依頼のひとつは教会が運営する孤児院からのものだったので、ついでに行くのもいいかもしれない。
「傷薬が3つで100ルーテル。安いのか高いのかわかりづらいなぁ」
ポーションが一瓶で100ルーテルだったのだから、もっと小さい傷を治す軟膏が安いのは確かだろうけど。ひとつ300円の軟膏。りんご二つ分か。なるほど。
依頼書に書かれている地図には、ご丁寧に薬草の分布図も書いてあった。これこれ、これが欲しかったのです。まぁ一度採取してしまえば、どんな形かとかすぐに分かって便利だからね。うん。
ギルドからの依頼はポーション5本の納品で500ルーテル。……足元見てらっしゃる。まぁ、自分で売るわけではないし、いいか。鑑定スキルで出てきた適正価格だもんね。
「明るくなってきたら、ちょこっとだけ外に様子を見に行こうかな」
依頼書をしまいランタンの灯りを落として、一息つく。なんだか喉が渇いてきた。階下に下りれば水がめがあったはずだから、一口いただこうかな。
そこで、外の気配に気づいた。何かが争っている声、音。心臓が飛び上がるほど、早鐘を打つ。ドキドキしてうるさい。
戦が、近いと言っていた。
まさか、もう、始まってしまったの?
「あ……」
何も出来ない。何もしない。あの小さな工房に逃げ込めば、多分どうにかなる。でも、それでは意味がない。今、ここにいる、意味が。
意を決してストレージの中からマントを取り出す、比較的暗い灰色のこれは多分そろそろ明ける闇の中によい感じに馴染むだろう。足元の靴は木靴でなくて革靴へ、少しでも物音を減らすようにして、そろりそろりと私は階段を下りて、外へと向かった。
一言でいえば、それは地獄絵図だった。
私は物陰に隠れて、何も出来ない。
アルさんが、戦っていた。たった一人で。
相手は20匹くらいいる魔物の群れだった。私には、それぐらいしか分からなかった。
町の外、門の手前で、けして街へと入れないために戦っている。腕が、落ちた。比喩ではなく、物理的に左手が魔物の一匹が持っていた刃物で切り落とされた。血が噴き出す。赤い血が流れていく。それでもアルさんはひかない。けして、ひかない。引いたら街への侵入を許してしまうからだ。
門番の人たちは一匹の魔物に5人がかりで精一杯という風情だ。アルさんの腕が切り落とされたことにも、意識を割く余裕はない。そして、その切り落とされた腕から、ぎゅるるるるとまるで巻き戻しがかかったかのように、腕が、生えた。また一匹魔物を屠る。でも辛そうだ。
魔物たちは夜が明ける頃には撤退していった。おそらく、斥候の役割なのだろうと思う。この街にどの程度の戦力があるかの確認。
「アルさん!」
私は何も考えずにアルさんのところへと走り出していた。私の声に驚いて、剣を杖がわりにして地面にしゃがみこんでいたアルさんが顔を上げる。
「格好悪いところ、見せちゃったな」
はは、と笑う彼の顔は血まみれだ。相手の血かもしれないし、本人の血かもしれない。
私は何もできなかった。何もしなかった。手が震えている。体も。それでも、彼のこの姿を笑うことはない。だって、彼はここでずっと戦っていたのだ。
「かっこわるくなんか、ないです」
私が少し鼻を啜りながらそう言うと、アルさんはびっくりしたような顔をしてそれから笑った。さっきより全然いい、照れたような笑い方だった。
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