第10話 秘密のアイテムを使用しました
帰り道は穏やかなものだった。一番大事な生産者としての登録が終わったから、これさえ済ませてしまえば心穏やかなのは当たり前。でも、まだ心臓はドキドキしている。早鐘を打つ、とは正にこのことなのではなかろうか。
ドキドキしっぱなしの原因は隣を歩く銀髪のイケメンである。
アルさんは全然気にせず私の手を引いて、来た時よりもわずかばかり慎重に私のペースに合わせながら隣を歩いてくれる。
「アル! 今日はデートかい?」
「そんなとこー」
そんな軽口を交わしながら歩いているものだから、何ていうか私はいたたまれない。ていうか、恥ずかしい。くそう、陽キャめ。日の当たるところばかりに生息している生き物め。眩しいったらないわ。
「お店はどういうところが見たいの?」
「露店とかでいいんです。果物やさんとか」
「ああ、じゃあそこかな」
案内してくれたお店はふくよかなおばさまが切り盛りしている場所だった。
「あら、アルちゃん。どうしたんだい?」
「あー、えーと、ウル姉に日ごろの感謝を伝えたくて、適当に見繕ってくれる? 一籠分でいいんだけど」
「へぇ、珍しい。じゃあ適当にね」
そう言っておばさまが選んでいる間に、並んでいる果物を見る。うーん、さすがに見たことがあるようなないような感じだなぁ。りんごっぽいものに15ルーテルの価格が付いていた。ふむ? ということは大体1ルーテルで10円くらいなのかな。……待てよ。100ルーテルが1000円てことになるわけで、それが今500ルーテルになっているということは、1000円のものが5000円?! 大変なことになっている気がする……。戦、必要なものが足りないというのはこのことか。需要と供給のバランスが崩れているのね。
「こんなにもらっちゃ悪いよ!」
「いいの、いいの。おばちゃんにはすごくお世話になってるし」
そして私の意識がちょっとぽかんと遠くに行っている内に、お代は支払われてしまったようだった。まぁ、私お金ないので。現物と物々交換になっちゃうからなぁ。何がいくらかがちゃんと分かっていない内は、それは悪手だというのが今更よく分かった。ポーションの値段、見ておいてよかった。
「じゃあ、帰ろっか」
「うん」
左手に果物が山盛り入った籠を持ち、そして右手は私の手をとってアルさんは上機嫌だ。仏頂面のイケメンよりは愛嬌がある笑顔の方が素敵なのは間違いない。
私はすっかり彼に気を許している自覚はある。この世界で生きることになった時に、全部諦めたせいか、お人好しに感化されたのか、こんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。
引きこもり続けた時間は、忘れない。辛かったことも苦しかったことも忘れない。
けど、ちょっとだけ、私のことを好意的に見てくれる人のことを、ほんの少しだけ、信じてみたいと思ってしまっても、許してもらえるだろうか。
「おかえりなさい! 無事に帰ってきてよかったわ」
ウルフィーナさんにぎゅうっと抱きしめられて、私はちょっとだけ泣きそうになった。なんでそんな気持ちになったのかも分からない。ただ、抱きしめられるのはとても心地よかった。
「さて」
夕飯を食べて、また明日アルさんと会う約束をして、私は部屋に戻った。
部屋の中は簡素でベッドくらいしか調度品はない。誰もいない。何かの気配を感じることもない。
「まぁ、念のため」
認識阻害の消耗品アイテムをストレージから取り出して使用する。それからストレージの中からもうひとつ、アイテムを取り出した。
「久しぶり、だけど、ちゃんと動くのかな」
小さな小さなドールハウス。庭と家が一体になっていて、手のひらの半分くらいのサイズだ。ものすごく精巧に作られている。このアイテムの名前は【小さな小さな工房(リトルリトルアトリエ)】。特注品だ。
「……ただいま、ただいま、帰ってきたよ。扉よ開け、ご主人様のお帰りだ」
変な文句だとは思う。でも、こう決めたのだから仕方ない。周りの景色が急にぎゅわっと圧縮されて、私はその屋敷の庭の中にいた。小さな小鳥のさえずりすら聞こえる。明るい陽射しが心地よい。全部、造り物だけど。
扉に手をかけて開くと、見知った光景が広がる。このエントランスホールから繋がる部屋はいくつかある。その中のひとつ、錬金術のモチーフがついた扉を開けるといつも通りの光景が広がっていた。
さざめくような輝きを放つフラスコや素材たち。私の工房。ここが、私の秘密基地。
「またここに引きこもれるとは思わなかった」
ストレージの中にこのアイテムを見つけた時は三度見くらいした。確かにゲームで出来たことは何でもできるとは言ってたけど、まさかこれまで可能にしているとは思わなかったのだ。
この工房は私専用で他の人は入れない。外界とは時間の流れも異なっているし、外から壊すことも出来ないエクストラレアな品なのだ。
「これが売りに出された時は本当に大変だったー」
リアル課金アイテムだったために、いらない本とかゲームとかを売ってお金を作ったっけ。
手に入れておいてよかったとは思う。うん。
「さすがにこれのことは誰かに喋るわけにはいかないから秘密だなぁ」
ぐるりと中を確認して、また庭へと戻る。他のギルドへの登録がすめば、他の生産スキル用の部屋も開放されるはずなのだ。
「さよなら、さよなら、またいつか。ご主人様が旅立つよ」
そして、宿屋の部屋に戻る。私の手のひらには小さなドールハウス。これを使えるようにするためにも生産者ギルドへの登録は必須だったのだ。
「……依頼品を作るのは明日にして、今日は寝よう」
ごそごそとベッドにもぐりこんで、ちょっと背中が痛いのと薄い上掛けに現実を感じながら私は眠りについた。
翌日、大変なことが起きることもしらずに。
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