第9話 生産者として登録されました
「では、こちらが錬金術ギルドの登録証になります」
ハンナさんが持ってきたのは、銀色のプレートに錬金術ギルドのモチーフが刻印されたものだった。意外に小さい?
「大体みんな首から革ひもで下げていたりするわ。生産者ギルドの他の部門の登録をする人もいるから」
なるほど。このプレートをじゃらじゃらしている人は掛け持ちが多いって証になるってことね。
「じゃあ、ここに血を」
「血を?!」
思わず声がひっくり返ってしまった。しまったぁ。ハンナさんに驚かれている。もちろんアルさんにも。だって血だよ? 血判てことかな? 血で登録するのか……。どういう仕組みなんだろ?
差し出されたナイフを受け取って、ドキドキしながらその刃の面を見つめていたら、右手と左手が後ろから支えられた。アルさんだった。いつの間に背後に?
「大丈夫、じゃないよね。その顔は」
「え、えっと」
「代わりにやろうか? 針で刺すくらい小さな傷にするから」
「ぅ……はい。お願いします」
これをしなくては登録が終わらないっていうのであれば、もうここは腹をくくるしかない。でも自分で自分を傷つけるのは怖い。もちろん、誰かを傷つけるのなんて考えられないけど。
おとなしくナイフも自分の手もアルさんに預ける。
アルさんがかすかに笑ったような気配がした気がしたけど、気のせいかな?
「うぅ~……」
でも見ているのは怖くて、目をぎゅっと瞑ってしまった。
「大丈夫。すぐ終わるから。ほら」
左の親指にぷつ、と感触がして、液体がじわっと指の表面を這う感覚がする。そのままその指を金属の板に押し付けられる。
「はい、おしまい」
「……はぁ、ありがとうございました」
プレートには血の痕跡は残っていなかったが、ほの明るく光っていて私の名前が浮かんでいた。どうなってるんだろうか、本当にこれ。
「過保護ですね、ずいぶん」
「言ったろ? 彼女は俺の命の恩人なんだ」
なんていうか、こそばゆい。あと、もう手を離していただいてもよろしいでしょうか? 至近距離のイケメンは本当に心臓によくない。ドキドキしっぱなしだ。
「納品クエストとかはありますか?」
「登録したばかりなのにお仕事熱心なのね。この部屋を出て右側に掲示板があるわ。受けたいクエストの紙を剥がして、受付に渡してくれれば受注完了よ」
これでひとまず収入源は確保。宿屋に泊まるお金も貯めたいし、あと物価の指数も知りたいから帰り道はどこかに寄ってもらうかなぁ。
「冒険者ギルドは行く?」
にこにことアルさんが話しかけてくるので、私はとりあえず考えてみる。何の職業で登録するのか、ということだ。元々やっていたゲームでは最初に戦闘職を選ぶ必要があったから、ひとつ選んでそこそこのスキルは取得している。もし冒険者ギルドに登録するなら、その職業を選べばすぐ登録できるだろう。でも、戦があるという話やポーションが高騰している話からしてきな臭い。レベルが高い戦闘職はランク関係なく駆り出されるだろうし、出来れば生産をして引きこもっていたい。
生産ギルドへの登録が一か所でも済んでいれば、使えるアイテムもあるからね。
「少し、考えます。今日はちょっと、疲れちゃって」
えへへ、と笑ってみせると、ふいと顔を逸らされた。あれ? ちょっとだらしない顔していたかな。両手で顔を挟んで考え込んでいると、アルさんがぽそりと呟いた。
「……可愛すぎる」
くっとか言ってないでくださいよ。つられて私の顔まで赤くなる。
「はいはい。イチャイチャするなら、この部屋出てからねー」
そういえばハンナさんもいたんだった! 考え事をし始めると周りが見えなくなってしまうのは、私のよくない癖だ。
「アルさん、いきましょう」
「ああ」
そして来た時と同じように、自然とアルさんと手をつないで私はその部屋から外に出た。
ギルドの掲示板に貼ってあったポーション作成の依頼を眺めながら、原価と達成報酬の幅が大きすぎない依頼書をひとつと、奉仕依頼と書かれた依頼書をひとつ、アルさんに取ってもらう。いや、手をつないでいるので自分で取りづらかったのだ。アルさん、全然離す気がないし。
奉仕依頼は教会や孤児院などの場所からの依頼で、薬草の採取とかが含まれていて達成報酬は低い。隠しパラメータのカルマが下がりやすくなると聞いたことがあるけど、実際どうなのかは私も知らない。
(一度教会も行きたいし、これを受けると薬草の採取場所がいくつか特定できるから便利なんだよね)
まぁ、ようするに冒険者にも得がある依頼ということなのだ。
私はよくよく依頼書を読んで、受付に持っていく。ハンナさんが窓口に戻っていて、それを受け取ってくれた。
「あら、二つも受けてくれるの?」
「はい。とりあえずどちらも期限が最短ではなかったので」
最短依頼というのもあって、報酬は上がるが期限が短いものがある。今は時間に追われたくないし、とりあえず自分の出来ることを確認しながらやってみたいのだ。
「そう。ちゃんと依頼書を見ているのも偉いわ」
なんか、すごく子ども扱いを受けている気がするんだけど、気のせいかな? そこまで小さい子どものつもりではないんだけど、なんか不思議だ。
「じゃあ、頼むわね」
「はい」
受け取った依頼書をベルトポーチの中に小さくたたんでしまって、私はまたアルさんと歩き出す。
ふと思ったんだけど、今の私とアルさんの状態はどのように見られているのだろうか? 保護者と保護されている子ども。恋人同士……いやいや、まさかね。
「どうしたの? マーヤ」
「いえ。ありがとうございました。帰りにお店を見てもいいですか? 手持ちはないんですけど」
あはは、と空笑いをすると、アルさんはちょっと大人びた笑みを浮かべる。
「そのぐらい俺がなんとかするよ。ウル姉に何かお土産でも買っていこう」
「いいですね」
なんだろう。なんだか変な感じ。アルさんと話しているうちに、大分なめらかに話せるようになってきた気もするし、それに何だかすごく安心する。
この世界に来て右も左も分からない中で、手を握っていっしょに歩いてくれるってだけで、ものすごく安心してしまうのだ。
もちろん信じすぎるのは駄目だと分かっている。自分が引きこもりになったきっかけだって、そういうものだ。だけど、なんとなく、今だけは信じていたいと思ってしまった。
アルさんが私の手を大事そうに握る時に、すごく嬉しそうに笑うからいけないんだと思う。
そんな責任転嫁をしながら、私たちは生産者ギルドを後にしたのだった。
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