第8話 ポーションを作ることになりました

「わたしは錬金術ギルドのこの街の支部の窓口筆頭、ハンナよ。よろしくね」


「よ、よろしく、お願い、します」


 深々と頭を下げて、それから顔を上げると眼鏡がぶんと音を立てて起動する。


《ハンナ。錬金術ギルド・フレンテ支部窓口筆頭。錬金術レベル1 鑑定スキルレベル1》


 勢いあまって鑑定してしまった。あまり深いところまで踏み込まなくて本当によかった。


「大丈夫?」


 心配してくれるアルさんに、照れ笑いをしながら顔をあげる。うーん。登録だけ済ませちゃえば後は簡単かなーとか思ってたんだけど、そうもいかないか。

 本当に人と話すのが苦手で困る。


「ぁい」


 返事が間の抜けたものになってしまった。私はそっとアルさんの手から、抜け出してハンナさんと向かい合う。


「何、しますか?」


「まず、名前と住んでいるところを書いてもらおうかしら」


「えと、宿屋でもいいですか?」


「大丈夫よ」


 渡された紙はざらざらとしていて、羽ペンにインクを付けて文字を書くのなんて初めてでドキドキした。マーヤという名前を書こうとすると、私自身は日本語で書いているつもりなのに端からこの世界の言葉に変換されていくのは見ていて面白い。


「黄金のさざなみ亭? あら、《勇者》様といっしょなのね」


「えぅ、えと」


「彼女には俺が森で助けてもらった。ポーションを使ってくれて、一命を取りとめたんだ」


 私が言葉に詰まっているとその端を掬い取ってアルさんが言葉を続けてくれた。助かる。


「記憶をなくしてしまって、途方に暮れていたそうなんだが、生産スキルがあるからこちらに登録したいって言われて、俺は付き添いで来た」


「そうなの。マーヤちゃん」


「はい!」


 ほらーもー突然話を振られると、声の音量調整が出来てなくて、変にバカでかい声を出してしまったではないですか。心の準備をください、心の準備を。


「ポーションが、作れる?」


 ハンナさんの眼がきらりと光った。ポーション作れる人、少ないのかなぁ。


「はい」


「ここで作ってみせることは、出来る? 道具は貸してあげるわ」


「あ、自前のがあるので、ダイジョブ、デス」


 ひーえー。一人で黙々と作業をするのが大好きな私にここに来て大きな試練がやってまいりましたよ! 二人に見られながら調合とかきっついけど、これが登録するための試験だっていうのなら仕方ない。


「ストレージを持っているの?」


「はい。どうやって手に入れたのかは、忘れたんですけど」


 嘘です。全部覚えてます。これは中級おつかいクエストの報酬だったはずです。ゲームをすすめて中盤くらいでやったやつです。


「必要なものは、薬草と蒸留水。あと朝露を採取したものを使います」


「へえ。ちゃんと調合の基本を覚えているのね」


 うひー。今のは独り言として聞き流していただきたかったー。アルさんは隣で頷いてるし、分かってないよね? やったことないでしょ?!


「まず薬草をすりつぶして、それから少しずつ蒸留水を加え、朝露を加えたものを錬金釜に入れます」


 錬金釜ってやつは、ざっくり言うと炊飯器みたいな形をしているやつで、そこに材料を加えてぽちっとボタンを押すと、正しいレシピであれば完成品がぽぽんと出てくるという便利アイテムだ。

 これを手に入れるまでは、本当に面倒くさい手順をたくさん踏まないといけなくて大変だった。

 そして、完成!という音とともに釜のフタがぱこんと開くと、瓶入りのポーションが姿を現す。なんで瓶が出てきたかは分からない。材料しか入れてなくても瓶入りで出てくるのだ。細かいことはきっと気にしたら駄目なんだと思う。


「……鑑定させてもらうわね」


 釜から取り出したポーションをハンナさんに手渡すと、何か今更ながらに体が震えてきた。うまく出来てなかったらどうしよう。絶対に失敗しないという保証はどこにもないのだ。

 ぎゅううっと両手を握りしめていたら、その手をアルさんの手がそっと包んだ。何事?! どうかしました?!


「大丈夫だよ」


 にこっとされてしまうと、普通の女の子ならきっとめろめろになって終わるんだろうけども、何せ私筋金入りのコミュ障なものでドキドキもめろめろも致しません! ごめん!

 ハンナさんがいろんな角度からポーションを眺めて、それから私に向き直った。


「ちゃんと出来ているわ」


「良かった……」


 本当に良かった……。


「では、これはギルドで預からせていただくわ。今、ギルド証を発行するからちょっと待っててね」


 これでひとまずの不安は解消されたかな。錬金術ギルドに登録が終われば、ようやく他にもいろんなことに着手が出来るようになる。うんうん、ひとまず前進だ。

 でもなんか、ちょっとアルさんが納得のいかない顔をしているのが、ほんのちょこっと気になった私なのだった。

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