第6話 生産者ギルドへたどり着きました

「アル、さん」


 果たしてこの呼び方で合っているのかどうかは分からないけど、とりあえず呼びかけてみる。足が速すぎるのだ。私が付いていくのがやっとなことにも気付かない。銀色の髪が風に揺れているのを見るのは、こんなに息が切れている状況でなければ、いくらでも眺めていたいところだ。


「え?」


 足を留めて振り返る。青い瞳が私を映す。ああ、本当に顔だけはいい。イケメン。声もいいけど。


「ごめ、なさ、私、歩く、慣れてなく、て」


 嘘。それは嘘です。まぁ引きこもっていたあの体は、確かに運動不足でありましたでしょうけれども。今の私はぴっちぴちの体になっているので、そんなことはない、はず。多分? でもなんか自分の体じゃないみたいで、動かしづらいといえば動かしづらい。


「あ、ごめん。ウル姉から女の子はセンサイだから気を付けろって言われてたのに」


 おう。なんか繊細の部分が心がこもっていなかったような気もしなくもないけれども、それを言われてたのを覚えているのはえらい。……ということは、一応話を聞いてはいるのね。


「ゆっくり、歩いて、くれる?」


「はい」


 そう言って、先ほどよりはかなりペースを落として、おそるおそるといった感じで歩き始めた。私の手を握って。うん。いいんだ、いいんだけど、無駄に心臓がうるさい。ドキドキしている。顔もなんか熱い。ひと昔前に終わった青春を取り戻しているみたいだ。


「マーヤちゃんは」


「マーヤ、でいい、です」


 ぞわっとした。ちゃん付けって何だか聞きなれない。


「えと、マーヤはどんなものを生産できるの?」


「多分、一通りは何でも」


 おそらく。あの神様の言うことが本当なら、私はあのゲームの中で覚えたものは全部作れるはずだ。材料さえあれば。


「……覚えてないのに?」


「体が覚えて、る」


 記憶喪失設定にしたの、忘れてたー! あわあわしている気持ちを顔に出さないように気を付けながら、私はアルさんにそう言ってみる。疑われても仕方がない。そういうことをしている自覚はあるのだ。


「そうなんだ。そういえば鍛冶屋のおやっさんもそんなこと言ってたな」


 何やら勝手に納得してくれているので、これに便乗することにした。


「そう、なの」


 とりあえずこくこくと頷いてみる。


「なるほどね。なら、出来ればあまりそれは他の人には言わない方がいいかも」


「え?」


「今、ここの町は戦仕度で忙しいから、生産職の人は大忙しなんだって。だから、何でも出来ます、なんていうと余計な仕事が舞い込むかもってこと」


 お。意外に常識人? 知り合って間もない私のことを心配してくれているのか。

 そう思うと胸が少しだけ、ほんのり痛い。だって騙しているんだものね。本当のことは言わないで。


「あっちは素材屋で、そっちが冒険者ギルド。その奥が生産者ギルドだよ」


 まとまってあるのは助かるなぁ。知らない街にたどり着いた時は必ずその街の路地を一本一本くまなく回って、どこに何があるかを把握したりしたっけ。懐かしい。

 しかし一人で行くのは少し怖い、かも。うーぬぅ。背に腹は代えられぬ、かな。好意を逆手に取るようで申し訳ないんだけど。


「アルさん」


「なに?」


「いっしょに、行ってもらっても、いいですか?」


 お、だいぶ口が回るようになってきたぞ。何とかこのまま滑らかに話せるようになりたい。引きこもっていたい気持ちに変わりはないけれども、必要最低限の手続きは自分で出来るようになっておきたい。


「もちろん。そのつもりだよ」


 にっこりと笑うその姿はやはり眩しい。目がつぶれる。直視していられなくて、思わずうつむいてしまった。


「あ、ごめん。俺また何かやらかした?」


「え、ちが、ちがいます。だいじょぶ、です」


 難しい。この気持ちをうまく伝えるのは、今の私には出来ない。本当に申し訳ない。

 そのまま、またゆっくりと歩いてくれて、生産者ギルドの看板のついた建物のドアをアルさんが開いた。中はがやがやとしていて、わりと人がいる。窓口ごとにそれぞれの生産職がしめすシンボルのようなものが掲げられていて、分かりやすいといえば分かりやすい。


「どこに行く?」


「錬金術、かな」


 とりあえずはポーションが作れるという触れ込みでいこうと思う。他の物も作れるし、材料はたくさん持っているけど、これについては今は言わない方がよさそうな感じだし。

 私が伝えたことに頷いて、アルさんが窓口のひとつにいっしょに並んでくれた。知らない人が大勢いるのが怖いのは引きこもりの本能のようなものだけど、心強い味方が傍にいるというのはなかなか安心するものなのだな、と私は勝手に思っていた。

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