第3話 気付いたら見知らぬ天井でした

 突然の出来事すぎて、いろいろと頭が働かなくなっていた。

 いや、だってさ、突然自分が死んでいるのを見て、突然今までいた世界とは別の世界に来て、突然イケメンに抱きしめられたりしたら、引きこもりには刺激が強すぎる。ていうかどういうことなんだ。神様。何であんなことになったの? ぐるぐるぐるぐる、考えても仕方のないことかもしれないけど、考えていないと自分を保つことが出来そうになくて、必死で考えた。考えに考えて、そして、面倒になった。

 いや、もう、考えても仕方なくない? 貴族のお嬢様かってくらい見事に、私気を失ったし。

 そうだ。私、イケメンに抱きしめられながら気を失ったんだ。

 はっとして、そして目をつむっていたことに気付く。いや、それに気付かないってどういうことだよって話なんだけど、それどころじゃなかったということでご容赦ようしゃ願いたい。

 恐る恐る目を開けると、そこは知らない天井てんじょうだった。

 天井? いや、私屋外おくがいにいたよね? 天井? なんで?


「あら! お嬢さん、気が付いた?」


 陽キャの匂いがする。はきはきとした滑舌かつぜつのよい明るい声に促されるようにして、私はベッドの上で起き上がる。このベッド、めちゃめちゃ固い。安い旅館を利用した時のせんべい布団よりも薄い敷布しきふが板の上に敷かれているだけだからだ。私ならどう改良するかなぁ。おっと、脱線。

 声がした方を見れば、きらきらとした金色が目に飛び込んできた。眩しい。


「大丈夫? 気持ち悪かったり、体にどこかおかしなところはなぁい?」


 金色の耳。犬耳、いや、狼耳かな? ふわんとした尻尾がエプロンドレスから飛び出てふりふりしている。実家の犬を思い出すなぁ、この感じ。いや、その前にあれか。彼女、獣人かな。ゆるやかに波打つ金髪は長くて腰まである。しっかりと三つ編みに編んでおさげにしている。所作しょさが綺麗だ。長身で目はきりっとした感じの美女なのが、ギャップがいい。大人しくみえるように工夫している立ち姿だと思う。

 声を出そうとしたのだけど、うまく声が出なかった。むむむ、と眉間にしわを寄せて、それから小さく声を出してみる。


「あぃがとぅ。らい、じょぶ」


 ……いや、滑舌悪すぎない? 喋り方忘れちゃった? いや、忘れちゃったな。独り言ばっかりだったもんなぁ、最近は。だから声を出すのも億劫おっくうになっちゃって心の中でしか喋らないようになってたかも。他の人と喋ることもほとんどなかった。外出はしないし、ゲームしている時はキーボードで会話だったし。


「そう?」


 手がのびてきて思わず体が縮こまった。それに気付いたのか、狼耳のお姉さんはのばしかけた手を引っ込める。


「ここは《黄金のさざなみ亭》よ。もう少し眠っていてもいいわ。あんまり顔色がよくないみたい」


「……ぁ、ぇ、でも」


「お嬢さん、あなた町の外にいたの。冒険者に助けられたのよ、覚えてる?」


 冒険者。多分、あの銀髪のイケメンのことだと思う。なので、こくんと頷いてみる。


「あいつ、人の話を聞かないの。わたしがよくよく言い含めておいてあげる。あ、わたしはウルフィーナよ。お嬢さんはなんて名前なの?」


「……えと、マーヤ、です」


「マアヤ、マーヤね。かわいい名前。似合っているわ」


 にっこりと笑うと、少しきつめの顔の印象が柔らかいものに変わる。ウルフィーナはそう言って、後ろをくるっと振り返った。そこで私はこの部屋のドアが少しだけ開いていて、誰かが部屋の中の様子をうかがっているのに気付く。


「……アル。そんなとこにいないで、出ていらっしゃい」


 呼ばれて姿を現したのは、あの銀髪のイケメンだった。アルっていうのか。銀色の髪は短くカットされていて清潔感がある。瞳は紫。アメジストみたいな透明な紫色。肌の色は薄くてうらやましい。冒険者と言われれば、そうなのかな、という感じだ。腰に剣をいているし足元は年季の入ったブーツだし。


「さっきはありがとう。それと、ごめん」


 深々と頭を下げられて、私はわたわたと何でそうされているのかが分からなくて、少しむっつりと不機嫌そうにしているウルフィーナの顔とアルのつむじを交互に見る。


「ほんとよぉ。突然女の子を抱えて帰ってくるんですもの。魔物の討伐はどうだったの? うまくいったの?」


「うまく、と言われると自信はないけど、討伐対象そのものはちゃんと倒した。ギルドにいってちゃんと報告もした。だから、ウルフィーナ、どうか彼女と話をさせてもらえないか」


「だぁめよ。あなた、すぐ突っ走るんですもの。お嬢さんは今目を覚ましたばっかりだし、ギラギラしたアルみたいなのなんて私が許可しません」


 おろおろと二人の顔を見ていると、すごく情けない顔をしたイケメンとどうやら私を守るために奮闘してくれている美女の対比が不思議すぎて気が抜けた。なんていうか、蚊帳かやの外だ。これは。


「それよりもお嬢さん。おなか空かない?」


「へ? は、はい」


 だから、突然自分に話を振られて、へ? なんて気の抜けた返事をしたことについては目をつむっていただきたい。

 だって急にこっちに話を振ってくるなんて思わなかったんだもの。


「じゃあ、スープを持ってきてあげる。アルはこっちに来て。彼女を連れてきた経緯いきさつ、ちゃんと話してもらうからね!」


「ウルフィーナ! 耳! 耳は痛い! 耳は!」


 そうして銀髪のイケメンことアルさんは、某国民的家族アニメの弟よろしく耳を引っ張られながら部屋から出ていった。私はぽつんと部屋の中。なんていうか、嵐が過ぎたみたいな感じ。


「……話す練習、しなくちゃかなぁ」


 うまく喋れるかどうかがかなり不安になってきたので、とりあえずアメンボ赤いなあいうえおを小声で繰り返しながら、自分はこれからどうなってしまうのだろうかと考えたけれども、悪い想像しか浮かんでこなかったのでいろいろ諦めた。

 これから、どうなるんだろ。私。

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