第2話 目が覚めたら異世界でした
どういうことなんだ、と思った。宇宙に漂って惑星を見るとか、そんな体験は初です。いや、そんな体験してる人の方が少なくない?!
「ぼくの名前はね、ハオプトってあの世界の人たちは呼んでるかな」
全然人の話を聞かずに少年は続ける。
「ぼくの世界はおねーさんが楽しんでたゲームによく似てるんだ。違うのは、ちょっと勇者がアレな感じなところかなー」
勇者。勇者と言うのがいるのか。言われてみれば、なんかメインストーリーで見たかもしれない。ちゃんと覚えてないけども。
「でね、おねーさん、すごくぼくの世界を楽しんでくれてたみたいだから、連れてきちゃおうと思って」
さくっと言った。え、ていうことは、君に殺されたのか? 私は。
「違う違う。おねーさんが死んだのはただの運命。でも、ただ死んじゃうのって勿体ないじゃない。要らないなら、貰っちゃおうと思って。一応おねーさんの世界のえらい人にも許可はもらったよ?」
――要らない。
要らない子だったのか、私は。
なかなかに心臓をえぐる言葉だ、それは。私が引きこもるきっかけになったと言ってもいい。
「ぼくの世界にはおねーさんが必要だからね」
うっ。要らないって言った後に、それはずるい。
「おねーさんがぼくの世界で過ごしやすいようにはしておくよ。たくさん楽しんでね」
きらきらとした少年は嬉しそうに笑って、掴んでいた私の手を離した。途端、急に惑星の中に引っ張られるように私の体が急降下していく。え? どういうこと?!
「何かあったら神殿に行くといいよー」
それはアドバイスなのか?! とりあえず私、高いところ駄目なんですけど?! この急降下する感覚もダメだ―! ばかー! いや、神様にばかって言ってごめんー!! そこ笑うとこなのーっ?!
目が覚めた。
すごくぱっちりと目が覚めた。さわさわと草の気配がする。どうやら私は寝転がっているようだ。体を起こすと、三つ編みに結った黒髪がぽさっと前に落ちた。ゆるめに大きく結った三つ編みの髪、顔に触れれば眼鏡と目にかからないように切った前髪、ぺたぺたと顔周りを確認した後は服を見る。生産職のための装備。エプロンドレスだ。きょろきょろと周りを見ると、池っぽいのが目に入った。膝をついたまま、ずざざざっと前進して覗き込めば、あのゲームでキャラメイキングしたままの私がいる。思わず、両手を頬に添えてその名を呼んだ。
「マーヤ」
マーヤ・レガール。それがゲームの中の私の名前。
16歳くらいの年齢を意識して作った童顔な顔立ちとこの世界の基準からしたら少し低めの身長。体型は中肉中背。黒髪に黒い瞳。白い肌。ほのかに桃色をした頬。艶やかな唇。
間違いない。私が作ったマーヤだ。
心臓が、すごくうるさい。ドキドキと早鐘を打っている。私、本当に、私ではなくなってしまったの? もう、あそこには戻れないの? お父さんやお母さんには、何も言えなかった。引きこもってしまったことについても、相談も出来なかった。突然、訃報が届くのだろうか。いや、その前にいつ気付かれるんだろうか。出来るだけはやく発見してほしいけど、妹が気付くかな。消してほしいものについては、生前さんざん話をしたもんね。
「えっと、こういう時は<<ステータスオープン>>」
ラノベで散々見たやつをやってみる。口にしたその時、目の前にはいくつかのウインドウが表示されて様々な数値を目に見えるようにしてくれた。
「あー、やっぱりそうか。この辺りは変わってないのね」
やっていたゲームの数値そのまま。生産スキルはほぼカンスト。
持っていた素材そのものもストレージに表示されているので、これはそのまま持っている扱いになっているようだ。
「錬金術、調理、木工、鍛冶、裁縫、彫金と。本当出来るものは一通りやってたんだなぁ」
現実で引きこもって、ゲームでも引きこもって。あ、でもゲームの方が外に出てたな。自分で素材取ってきた方が原価かからなかったもんね。
「あー、売れ残りのポーションも入ってるのね」
+効果のあるものがよく売れていたから、何もない普通のポーションはなかなか売れなかった。でも作らないとレベルが上がらないから、一生懸命作った思い出。
ふむふむ、と楽しく表示をチェックしていると、ふと、何かの気配に気付いた。
私の低い勘が働いた。何か、いる。
「……モンスターとか、まだ勘弁願いたいんだけど」
この世界に来てから人間にも出会っていない。そうっと目をすがめてみると、池の近くの大きな樹の下に人影を見つけた。
「……人間?」
立ち上がって歩く。草を踏みしめ、石を蹴飛ばしながら、歩く。この感覚すら懐かしい。
そして、恐る恐る近づいた先には銀色の髪をした美青年はうなっていた。うんうん言っていた。袈裟懸けに大きな傷がある。血が出ていて、顔色も悪い。
(大丈夫ですかー? なんて、声かける場面ではないよね。これは)
回復魔法も覚えておけばよかったと思ったけど、こればっかりはそういう場面にならないと思い至らないものだと思う。血の匂いがする。鉄の匂い。
私はストレージの中から、あの思い出のポーションを何本か取り出した。体力が回復する効果がある。軽度の傷を治すことが出来る。習ったレシピにはそう書いてあった。
(一本じゃあ足りないかもしれないもんね)
どうせ端金にしかならなかった商品だ。ずっと持っていても、思い出にしかならないのなら一本残しておけばいい。
目の前の人の傷が、治るのかどうかという好奇心がなかったわけではない。
人と関わるのが嫌いだったから、そうしていようと思っていたのに、こんな場面に出くわしてしまっておとなしくしてはいられなかった。
(だから、お節介って言われちゃうんだよね)
内心で苦笑しながら、ポーションの封を切った。そのまま、ばしゃばしゃと患部にふりかける。三本使ったところで、血が止まって傷がふさがっていくのが見えるようになった。
(……すごい)
効き目があるのが本当だと分かったから、うなっていたその口にも一瓶、突っ込んだ。荒療治なのは認める。でも、中からも回復効果があるならいいかなって思ったんだ。
「……君は?」
深く刻まれていた眉間の皺が減って、目が開いた。いい声だ。そして銀色のまつげの下には青い瞳があった。深い青。昔写真集か何かで見た、海のような。でも光の加減で紫水晶のような透明な紫色にも見える。不思議な色合いだ。
見惚れていたら、両腕がのびてきた。両腕? ってこれは!
「ありがとう! 俺の女神!!」
ぎゅうっと抱きしめられる。強い力で。
男の人の匂いがする。いや、そうじゃない。そうじゃなくて。
「……きゅう」
現実でも人間と接触を断ってきたというのに、死んで生まれ変わって突然イケメンに抱きしめられるなんて体験したら、そりゃああなた、処理落ちしますって。
何かイケメンが慌てた声でいろいろ言ってたけど、ほとんど聞き取れなかった。欧米の人はスキンシップが激しい。欧米ではないか。異世界だな。
とりあえず、遠のいていく意識を気合でつなぎ留めたりする気力は残っていなかったので、私はそのまま気を失った。私の背中を支えるイケメンの手の熱が、思いのほか嫌悪をもよおすようなものでなかったことに、少しだけ、驚きながら。
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