古代龍と時の翼 9-48 運命の選択、時の翼
時は少し
リューナとディアンを正面門に降ろした金色の
「ねぇ、あなた。あの子たちは、あんな警備の厳重な場所へ……。あまりにも無謀だったのではないかしら……」
ルミララが喉に絡まるような声でそう言った。見送ってからというもの、危ないからベルトを締めていろとラハンが言っても聞かず、立ったり座ったり、非常に落ち着かなげな様子が続いている。
「だが他に方法がないのだ! 仕方ないだろう」
心配するあまり、ラハンは幾分きつい声で妻に応えてしまった。ハッと気づき、すぐに「すまん」と口を動かす。操縦席のすぐ後ろに座っているルミララから、ほんわりとした微笑みが返ってきたのがモニターに映る。
「いいのよ。あなたも心配で不安なんですものね……」
ルミララはシートの背もたれを掴みながら立ち上がり、ラハンの傍に歩み寄った。夫の肩にそっと手を添える。
「そう……ラスカも帰ってくると良いのですけれど」
ルミララが瞳を伏せて悲しげな声で囁いたとき、グラリと機体が揺れた。
悲鳴をあげた妻を思い遣る余裕もない。ラハンは額に汗をにじませ、がたがたと均衡を崩し斜めになりかけた
「大丈夫か、どこか打っていないか」
「平気よ、あなた。……何があったの?」
「城の外周辺の
無事でいてくれた妻に安堵した視線を向けながら、ラハンは言った。正面モニターの片端に表示されているゲージがぐんぐんと上がり、もうほとんど振り切れてしまいそうになっている。どう考えてもただ事ではない。ふたりは蒼白になった顔を見合わせた。
「まさかあの子たちの身に……」
「それはまだわからないが……む!」
「どうしたのです?」
「上のほうで不思議な光が放出されている。やはり何かが起こったようだ。行って……みるか?」
「ええ!」
ルミララがすぐに頷く。その心配そうな表情を見たラハンは、すぐさま機体を上昇させた。
城の上層にまわると、ふわふわと白い光の粒のようなものが舞い踊っている光景が眼前に広がった。ちりちりと、ふわふわと、まるで光の洪水のように輝く大気が渦を成している。ラハンはまた落ち着かなくなりはじめた機体の
城の最上階はきれいな円のかたちに整えられており、平らな広場になっていた。ほぼ全面に赤く光る筋が引かれ、複雑な紋様が隙間なくびっしりと描かれている。どうやら魔法陣のようだ。その規模は凄まじく広大であり、城全体の大きさからみても相当に重要なものであることが窺える。
「あなた、これはもしかして……!」
「うむ……情報をくれたソナンの最後の報告にあった魔法陣かも知れん」
狼狽した妻の言葉に応えたあと、ラハンは厳しい面持ちで、モニターに映し出されたその光景を仔細に観察した。
魔導の技を実際に行使したり
「間違いない。これは別次元に繋がる『道』を開くためのものだ。わたしたちはこの現生界そのものを破滅させるものだと予想していたが……すごい規模だな。まさか生身のまま別次元に抜けるつもりなのか、シニスターは」
「でも、これほどの規模の魔法陣を発動させるために必要な
「……まさか……いや、そんな」
自分の恐ろしい推測に、ラハンが信じられないというように首を振る。だが、それがすぐに肯定されることとなった。彼は自身の体に起こっていた異変に気づいた。操縦に必死で頓着していなかったが、鼓動が乱れたまま戻らないのだ。意識までもが
「生き物を構成している
魔法陣を取り巻く渦が光を強めた。ルミララがぐらりと倒れかける。ラハンは咄嗟に彼女の腕を掴み、支えるようにして倒れるのを防いだ。そのラハン自身も苦しさに耐え切れず肩で息をしている。
「あなた……あの魔法陣を破壊しましょう!」
ルミララが言った。呼吸を乱しつつも、モニターに映る魔法陣をひたと見つめ、決然とした口調で。同じようにふらつきはじめた夫の肩を支えるように腕を回して。
互いに支えあうふたりが見つめる魔法陣は、いまや完全に発動していた。その魔法陣と呼応するかのように、城の背後に
離れているエターナルの都市から橋でも架かっているかのように白い光が連なって空を渡り、渦に巻かれて魔法陣に吸い込まれるように消えてゆく。その光が何であるのか、もうラハンとルミララにははっきりと理解できていたのである。
「ひとびとの生命そのものが……止めなくては、いますぐに!」
「よし……やってみよう! わたしたちは魔導士ではないが、できることはあるはずだ」
ふたりは力を合わせ、ぐらつく機体を立て直した。機首を魔法陣に向ける。ラハンは人造魔導による魔法攻撃を、巨大な魔法陣に撃ち込んだ。
炎の攻撃魔法が命中し、衝撃と爆風が吹きつける。あおりを受けた機体は上空に舞い上がり、ラハンとルミララは期待を込めて眼下の広場を見下ろした。
けれど魔法陣には傷ひとつついていない。ラハンは失意のあまり呻き声をあげ、握りしめたこぶしをモニターに叩きつけた。そのとき広場へと繋がる城の内部から、ひとつの人影がまろび出てきたのがモニターに捉えられたのである。
「何てことだ……」
ラスカは片手を顔に押し当て、もう一方の手を壁につきながら延々と階段を上り続けていた。悔恨にも似た想いが、彼の心に亀裂を生じている。さらに全身の力が奪い去られるような感覚が追い打ちをかけていた。
「
血の繋がらぬ妹に特別な想いを寄せていたのは事実であった。だが、両親の関心を集める彼女に次第に
しかし彼には自ら拒絶した家族以外、
「その結果が……これかッ!」
吐き捨てるように叫び、自らを嘲笑するように口の端を歪めたとき、ラスカは爆発音と衝撃に気づいた。瞳をあげて階段の上に向けると、澱んだ視界に出口らしき光が見えた。もうすぐそこだ――ラスカは崩折れそうになる膝を励まし、何とか最上層の広場へ到達した。
そこで、ラスカは信じられない光景を目撃した。
「まさか……そんな! 我らは本当に捨て駒だったということなのか」
発動した魔法陣が、ラスカ自身の生命である
「何てことだ……このままではヤツ以外の生き物がすべて消滅するぞ。誰かが……あれを破壊せねば……!」
魔法陣はただ一箇所を断ち切られただけでも、その魔法効果を消失する。重要な部分を破壊することができれば、全体の構成要素を乱し発動を食い止めることができるのだ。
ラスカは慎重に魔法陣の要所を見極め、自らが携えていた銃火器を撃ち放った。結晶のような石床が爆ぜ、破片が飛び散る。だが――魔法陣そのものを断ち切ることはできなかった。穿たれた穴より深く、魔法陣は描かれていたのだ。
「クソッ! こんな小さな銃では駄目か――ぐあッ!」
もう一度銃口を魔法陣に向けたところでラスカの腕に衝撃が奔った。銃を取り落とし、彼はその場にうずくまった。撃たれたのだ――ラスカは呆然と周囲を眺め渡した。広場のあちこちに、ラスカより強力な銃火器を構えた兵たちがいる。その手にしている武器はすべて、彼のほうに向けられているのである。
「おまえたち……何をしている? 破壊すべきはここに描かれている魔法陣だろうッ! このままでは皆死ぬぞッ!!」
だが、ラスカの悲痛な叫びは兵たちには届いていなかった。すべての武器が、まるで示し合わせたように同時に、機械的な手つきで次弾を装填したのである。カチリ、という音が奇妙に揃ったこだまとなって城とその背後にある巨大な結晶体に反響する。
「――クソッ!」
もはや何もかも終わりか――ラスカは瞳を閉ざそうとした。一斉に発射された無骨な金属の弾は、けれど彼に届く手前で阻まれることになった。
「ラスカあぁぁぁっ」
自分の名を呼ぶ声が聞こえたような気がした。同時に、目の前に巨大なものが割り込んだ。金色の
「とうさん……かあさん?」
半ばへしゃげた機体の上部がひどく軋みながらも開かれた。互いを支えあうようにして出てくるふたりの姿を見極めて、ラスカが驚きと安堵に眼を見開く。相手のふたりもこちらを見つめていた。
「ラスカ……!」
つんのめるように父と母が息子に駆け寄る。飛びつかれるように抱きしめられ、その懐かしい感触に不本意にも涙が溢れそうになった。ラスカは驚いた――母はこんなにも小さく細かっただろうか、父はこれほどまでに皺深き面であっただろうか。
「ここに来たらあんたたちまで巻き添えになる。殺されるぞ! なのにどうして……俺を!」
「当たり前でしょう! わたしたちの大事な宝、わたしたちの息子――」
ルミララは頬を濡らしたままにっこりと微笑み、優しく彼の髪を撫でた。愛おしそうにもう一度息子を抱きしめる母を、その息子ごと父ラハンが大きな腕で抱きしめる。
だがそのときにはすでに、彼らの周囲は兵たちがすっかり包囲していたのである。
「すまない。おまえたちを護れないわたしを……どうか許してくれ。あの魔法陣が発動したいま、もはやわたしたちの生命は終わるだろう……この世界もろとも」
ラハンが噛みしめた歯の間から嗚咽交じりにそう言い、家族を抱きしめる腕に力を籠めた。
息子ラスカは驚愕と戸惑いに眼を見開いていたが、やがてゆっくりとその潤んだ瞳を微笑ませた。この上もなく安堵した幸せそうな表情で眼を閉じ、涙の粒をひとしずくだけ落とした。そうして彼は背筋を伸ばし、ゆっくりと眼を開いたのである。
「いや、とうさん。できることはあるだろ」
ラスカは迷いのない声音できっぱりと言った。息を呑む両親を自らの腕で抱きしめ返し、静かな口調で言葉を続ける。
「俺はただの
「そうしたいが……さきほど攻撃を試みたが、駄目だったのだよ……ラスカ。もはやわたしたちに打つ手は残されていない」
「方法はある。諦めたらそこで終わりだ。前にそう教えてくれただろ、とうさん……!」
息子の言葉に励まされ、父の瞳にみるみる力が戻ってゆく。ラスカが何を考えてるのかも、ラハンはすぐに正しく理解した。
傍らには、増幅装置の欠陥ゆえに生産中止となった金色の
「俺とあなたなら、できる。そうだろ?」
「あぁ、おまえの言う通りだ。推進装置が一瞬でもいい、動けば、この広場ごと破壊するくらいの大爆発は起こせるはずだ」
「動けば、じゃない。動かすんだ。さあ……やろう!」
眼と眼とを見交わし、男ふたりはニヤリと微笑んだ。腕と腕をがっしりと組み合わせ、健闘を誓い合う――まるで家族揃って暮らしていた頃を彷彿とさせるように。
ふたりの腕に、たおやかな手が添えられる。ルミララだ。
「あなたたちとわたしは一緒ですよ。だって……」
夫と息子――彼女が愛おしく想っているふたりに向けて、妻であり母である女性はこの上もなく優しい顔でにっこりと微笑んだ。
「わたしたちは、家族ですもの」
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