古代龍と時の翼 9-45 運命の選択、時の翼

「おそらく、あれの真上に何かあるんだ。ほら見て――下の床にも同じような魔法陣が刻まれている。上から何らかの力を送り込むためのものみたいだけど」


 ディアンが不吉な予感に顔をしかめ、リューナの傍の床に降り立った。


「収束と接続の魔文字が見えるな……あとはさっぱりだ。この広間に魔力マナを集めるつもりなのかな」


「僕にもわからないけれど、警戒しておいたほうがいいね。――リューナ、エオニアとトルテは無事逢えたのかな?」


「ちょっと待て。さっきもう少しだと――うん、よっしゃあッ! 丁度のタイミングだ。いま逢えた。ふたりで待っていると伝えてきた」


 『精神感応テレパシー』からリューナが顔を上げると、ディアンは心の底から安堵した表情になっていた。だがそれも一瞬のこと、すぐに表情は引き締められた。


「行こう!」


 内部構造の地図は、ディアンの頭にも入っている。ディアンに続き、リューナも右奥の通路へと飛び込む。天井は低くないが、先ほどの広間よりは現実的な大きさだ。武器を振り回せるほどの余裕はある。


 しばらく走り進んだところで、ディアンが小声で鋭く言った。


「待ってリューナ! ――火薬のにおいがする。たぶん銃火器をもった人間が……ひい、ふう……うん、十二人はいるね」 


 ディアンと同時にリューナも気づいていた。目の前の角を曲がった先に、息を潜めた大勢の気配がある。カチャ、という微細な金属音までもが耳に届く。間違いない、待ち伏せだ。


「姿をみせた途端、穴ぼこだらけにされちまうってわけか」


「まずいね。目指す部屋まではこの通路でないと到達できない」


 このように狭い通路内では、非常に有効な手段といえる。リューナは唇を噛み、音を立てぬまま舌打ちして腕を下ろした。その手が硬いものに当たる。ポケットに手を突っ込むと魔石があった。すっかり失念していた――役に立たない親父の手紙だ……いや待てよ。リューナはニヤリと笑った。


「ディアン、いちにのさんで飛び込むぞ」


 声をかけると同時に、リューナはその魔石を前に放った。


 カツン、カッカッ……!


 壁に当たった魔石は角を曲がった先に落ち、転がっていったようだ。カラカラと軽い音が響く。いぶかる声が幾つも聞こえた。弾けるような音と光が発せられると同時に、リューナが数えはじめる。


「いち、にの――さん!」


 最後の言葉を叫ぶと同時に剣を構え、リューナは床を蹴った。





「じゃあ――あなたたちは、本に残されていたメッセージを頼りに、友だちのディアンを助けるため未来の世界に飛んだというの?」


「はい。『時間』の魔導士ハイラプラスさんが綴ったメッセージなんです」


 何度も響く轟音と衝撃に、助けに来ているというディアンたちの身を案じたエオニアが涙ぐみはじめたため、トルテはエオニアに別の話題を振っていたのだ。魔導の技で腕に収納しておいた魔法王国の文献を取り出し、見せていたのである。


  古代の 邪悪が 動き出すとき

  野望 荒ぶる水と炎となりて 襲いくる

  打ち砕かれん 心せよ 

  未来に 飛ばされし 翼ある友の救出を

  時の力もつ魔晶石 ふたつの波紋 ふたつの干渉

  携え 発動させよ 時の翼 青のしるしの導きのままに

  忘るるなかれ はかなき願い 我はかなわず


「……難解なメッセージね。まるで謎かけリドルみたい」


「まさにそうなんです。あたしたちの現代で、これは未来を予兆させるものでした。でも……まだ他にひとつ、意味が隠されているみたいなんです」


 トルテは膝をついたままエオニアの手もとにある文献を覗き込み、ハイラプラスの書いた文字を指で指し示しながら言葉を続けた。


「このメッセージの手書き文字、ちょっと変わっているとは思いませんか?」


 トルテの言葉に、エオニアは眼を凝らした。魔導の技を行使することはできなくても、彼女の瞳は魔導士のそれ――魔力マナの流れを視覚的に捉えることができる。エオニアはすぐに頷いた。


「ええ。それぞれの行の最初の言葉……何だか光り輝いて見えるわ。いったい何なのかしら」


「魔導の技を行使しつつ、魔文字の要素を練りこんでいるんですわ。『真言語トゥルーワーズ』ではありませんが、強い光を放っています。たぶん、ハイラプラスさんの考えた一種の暗号のようなものだと思います」


「つまり……それだけを拾って読んでみると『古代の野望、打ち砕かれん。未来に時の力もつ魔晶石携え、忘るるなかれ』となるわけね」


「はい。魔導士であるあたしもルシカかあさまも、すぐに気づきました。ハイラプラスさんらしい遣り方ならば、このメッセージ通りにしておけば問題ないと思いまして。それで出発する前、かあさまにお願いして魔晶石を造ってもらったんです。あとはそれをどう使うのか、どんな意味があるのかですが――そちらのほうはまださっぱり」


「リューナくんも魔導士なんでしょう? どうして彼は気づかなかったのかしら」


「ふふっ。それはね――リューナですから!」


 彼の名を口にしたとき、トルテは悪戯っぽくオレンジ色の瞳をきらめかせた。思わずエオニアが微笑する。


「遺跡のなかを歩くとき、あたしが魔力マナの流れで気づいて声をかけても、いっつも、ぜっんぜん気にせずそのまま進んで、罠を発動させちゃうんですもん。そのあと全部きれいに片付けちゃって、いちいち言わなくても問題ないぜトルテ――なぁんて言っちゃって」


 トルテは冗談めかしてリューナの口真似を交え、楽しそうにくすくすと笑った。次いで、ふと遠くを見る目つきになる。


「それに、リューナには前を真っ直ぐに見ていて欲しいんです。だから細かいところやサポートは、あたしの担当なんです」


「幼なじみかぁ……いいわね」


「はい!」


 幸せそうに頷く少女に、エオニアもつられるように微笑んでいた。





 リューナは躊躇することなく飛び込んだ。


 兵たちは、床に転がったまま発動している魔石に黒い筒の先端を向け、引きつった表情をしている。無理もない――リューナは思う。両眼と口を全開にした中年のおっさんの生首が投影され、凄まじい声を張りあげているのだ。


『こッんの、放蕩息子がああッ!!』


 その魔石は、実家から受け取った手紙であった。新しいものや魔法の仕掛けが大好きなメルゾーンが、立体映像と音声を展開する魔石にメッセージを記憶させて送りつけてきたものだ。トルテはその仕掛け魔法にいたく感激していたが――リューナも父親に感謝したくなった。サンキュー親父!


 るように硬直している兵たちに同情を覚えつつも、リューナは彼らを容赦なく蹴散らしていった。慌てた兵の数人がリューナに向けて発砲したが、定まらぬ狙いでは当たるはずもない。リューナはあざやかな剣さばきで銃を縦真っ二つにし、相手の腹を柄で突いて昏倒させ、床に手をついたときには思い切り脚を跳ね上げて顎を蹴った。


 ディアンの『停止ストップ』や『眠りスリープ』の魔法陣も次々と具現化され、たいした時間もかからないうちにふたりの周囲はすっかり静かになっていた。ただひとつの騒音を除いては。


「しかし……何なんだい、これは」


 ディアンが幾分乱れた目つきで魔石を注視している。慌てたリューナは親友の目の前で無意味に腕を振り回し、その背を奥の通路へと押しやった。


「き、気にしないでくれ。それより早く奥へ急ごうぜッ!」


 眼が離せなくなったらしい友人に、リューナは自ら言葉通りに行動した。さっさと背を向けてその場をあとにしたのである。我に返ったディアンがリューナの背中を追う。


 目指す部屋は、すぐそこにあった。リューナが剣を一閃、かけられていた鎖ごと重たげな錠を切断する。ガシャンと響いたその音に、部屋のなかからふたり分の物音と気配がした。


 扉を引き開けたリューナは脇に寄り、翼ある親友を先に通した。ディアンは安堵のため息を洩らし、部屋のなかに駆け走っていった。


「エオニア!」


「ディアン!」


 ディアンは泣きじゃくるエオニアを抱きしめ、懸命になだめていた。


 その光景を見て嬉しそうに微笑んだリューナに、部屋のなかで待っていたもうひとりの少女が歩み寄る。首を傾げるようにして深海の色の瞳を見上げ、トルテはにっこりと微笑んだ。心から安堵しているようなオレンジ色の瞳を優しく細めながら。


「お疲れさま、リューナ」


「ああ。トルテもよくがんばったな」


 言葉とともにトルテを自分の胸に引き寄せ、リューナ自身も安堵のため息を洩らした。眼を合わせたふたりは、にっこりと微笑みあい、友人たちの嬉しそうな様子を見守った。


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