古代龍と時の翼 9-41 夢幻都市と龍の居城
「君たち……語り合っている余裕はないぞ。敵の機体が城の左右から次々と発進している」
ラハンの緊迫した声がリューナたちのお喋りを遮った。その言葉通り、ぐんぐん近づいてくる真紅の城の両脇から黒い影が次々と空中に舞い上がっている。この礫砂漠には、隠れて移動できそうな岩も建物も何もない――城に待機していた攻撃機や兵士たちを誘い出し、ここで遭遇する数を減じておいたのは正解だったようだ。
「――来ます!」
ディアンの言葉と同時に、前方に幾つも咲き開いたかのごとく展開された魔法陣から、雷や炎が次々と押し寄せた。
リューナは瞳に力を籠めて前方に向け、撃ち出された魔導の軌跡と方向を瞬時に見極めながら
だが、相手の
「みんな掴まってろよ!」
叫ぶと同時に、リューナは思い切り操縦桿を引いた。同時に足もとの突起を次々と踏み込んで最大限に魔導出力をあげる。
「なッ、うわっ」
ラハンのものらしい声と同時に、ルミララの悲鳴もあがった。ディアンとトルテは凄まじい圧力がかかっているにもかかわらず、全身に力を籠めて堪えている。一気に空中高く機体が持ち上がったところで、ふと圧力が抜け、浮遊感が押し寄せたときにだけトルテの小さな悲鳴が聞こえた。
「いくぞ!」
リューナは機体の姿勢を整え、真下に向けた。おそらく敵にとっては、こちらの姿が太陽の光のなかに見えたに違いない。体が浮くような感覚と同時に内臓が引っくり返るような――首筋の毛がぞわりと立つような感覚に襲われる。
正面の巨大モニターに、地表の様子が映っている。真上から覗き込んでいる城は、まるで超巨大な円盤のようだ。上層の中央部分に円形の競技場のような広場があり、そこに光り輝く円陣のようなものが輝いているのが見える――何かの魔法陣だろうか?
けれどその正体を見定めるに充分な時間はなかった。視界いっぱいに迫りくる地表には、ざっと数えても十を超える
だが、このような動きをとったのには狙いがあるのだ――多勢に無勢の状況を打開する、起死回生の一手が。
「ディアン!」
「任せて!」
リューナの張り上げた声に、友人である魔導士はすぐに反応した。ディアンが素早く腕を動かして魔導の準備動作を完了させ、目の前のモニターに展開されている魔法陣に手のひらを叩きつけた。リューナたちの乗る
『
本来は個人に向けて行使される魔法封じの魔導の技であるが、ディアンは『封印』の名を持つ魔導士だ。その範囲と威力は通常の魔導士が行使するよりも遥かに強力なものとなる。加えて
魔法を向けられた敵機の半分以上が、ぐらりと傾いた。それぞれの機体を宙に浮かせていた浮力発生装置と推進装置の双方が、瞬時にその機能を停止したのである。コントロールを失った機体が次々と地上へ墜落していき、その衝撃でもうもうと土煙が空中高くに舞い上がった。まだかろうじて墜落を免れていた敵機たちも、その視界を完全に奪われて無力化された。
「すっげぇ! さすがディアンだ」
「お役に立てて嬉しいよ。乗り手が魔導士だと、こんな使い方もできるんだね」
リューナたちはその隙に『夢幻の城』へと接近し、中層にある空中回廊とそれを支える柱の接合部分との狭間に機体を滑り込ませた。
「ここからは、あたしの出番ですね」
トルテはシートベルトを外し、席から立ち上がった。ラハンとルミララが頷く。リューナも操縦席をディアンに預け、トルテの傍に駆け寄った。軽く
「わたしが手縫いで作った膝と肘の保護パッドですよ。狭い通路を腹這いで進んだら、ひどく
「ありがとうございます、ルミララさん」
嬉しそうに礼を言ったトルテとともに、リューナは非常用の脱出口から外へ出た。途端に、むあっとした熱風が吹きつけ、トルテは髪を押さえてリューナの胸に頬を寄せた。
「熱いんですね、風がとっても」
「だな。だからこそ換気の為の通路がたくさんあるんだろうけど……本当に大丈夫か、トルテ。危険だと思ったらそれ以上の無理は絶対にするんじゃないぞ」
「まぁリューナ、もしかして心配してくれているのですか?」
「当ったり前だろ!」
腕のなかの小柄な少女の顔を覗き込むようにして小声で怒鳴ると、オレンジ色に透き通る瞳がニコリと微笑むように細められ、この上もなく嬉しそうに見返してきた。
リューナはトルテを抱えたまま、回廊の屋根に降り立った。眼を上げると、空中回廊と柱が接合された部分、城本体の外壁部分に小さな穴が開いているのが見えた。子どもが潜って遊べそうなほどの大きさの四角い穴だ。それが城内と繋がっている換気孔のひとつであり、エオニアが捕らえられているはずの部屋へ繋がる最短ルートの入り口であった。
「リューナ――これからあなたとあたし、ふたりの意識の一部を繋ぎますね」
「わかった。途中で途切れることのないように、しっかり繋いでくれよな」
リューナがそう言うと、トルテは彼を見上げてパチパチと
「しっかりと繋いでしまって、後悔は……ありませんか?」
「え? ど、どうしてだ?」
思わず狼狽するリューナの衣服の端を引っ張り、トルテはリューナの耳もとに口を近づけて囁くように訊いた。
「だって、リューナが強く思っちゃったことぜんぶ、あたしに届くかも知れないんですよ?」
「――ええええッ!?」
リューナは思わず大声を出し、慌てて「しー、しーっ!」とふたりして唇に手を当てて体を低くした。それでどうなるというわけではなかったが。幸い見張りのような者は周囲にいなかったようだ。
「でも、どうしてそんなに慌てるんですか、リューナってば。あたしに聞かせちゃいけない悪いことでも考えているんですか?」
トルテは可愛らしい膨れっ面になった。
「い、いや。そそそ、そんなわけないだろッ。ただ、聞かれて困ることならひとつだけ――」
「――あるんですか?」
トルテが自分の細い腰に拳を突き当て、身を乗り出すようにして上目遣いにリューナを睨む。
リューナは観念した。魔法で伝わって相手にバレてしまうくらいなら、いま自分の意思で伝えておこう――ひとつ深呼吸をしたあと、言った。
「おまえが好きだ」
とうとう言っちまった――顔がどうしようもなく熱くなり、心臓の鼓動が耳に響くほどにバクバクと鳴ったが、リューナに後悔はなかった。この際だ、ぜんぶ伝えておこう。さらなる覚悟が決まる。
「幼なじみとかか親友とかじゃなく、それ以上にトルテが好きだ。何やっててもおまえのことばっか頭に浮かぶし、思い詰めた顔してたら抱きしめてやりたいほどだし、俺の命を賭けてもおまえを――ッて何だ、どうしたんだトルテ?」
リューナは、ぽかんとした表情のまま耳まで真っ赤になったトルテに気づき、自分の頬も同じように熱くなっていることを自覚した。もしかして、はやとちりをしちまったのかな俺――まさか!
「い、いえっ、あのその、そんなつもりなかったというか、そこまで言っていただけるとは思っていなかったというか、な、何ともうしますか――う、嬉しいです。あたしもおなじ気持ちでしたから……」
ふたりは同じように頬を染めて互いに瞳を逸らしたが、そんな場合ではないことを思い出して顔を上げた。視線を合わせ、互いに頷いてみせる。
「……気をつけていけよ、トルテ」
「はい。リューナも気をつけてくださいね。あたし、エオニアさんと一緒に待っていますから」
深い呼吸をひとつしたトルテはリューナの手を取り、互いの右手を繋いだ。そうして左手で印を結び、静かに魔導の技を行使した。意識のなかで魔法陣がかたちを成し、そこにぽつんと灯った光のようなトルテの気配を感じる。まるで意思伝達の魔石を呑み込んだかのような感覚だ――実際に呑み込んだら大変なことになるから、やったことはないけど。
トルテはリューナの手を握ったまま、あたたかな微笑みを浮かべた。それから円を描くように腕を空中に滑らせて『
「さきほどの言葉、告白だと思っていいんでしたら、あとからきっとお返事しますね――だから必ず、迎えにきてくださいね!」
「あっ、ずるいぞトルテ!」
リューナがそう言ったときには、トルテの後ろ姿はすでに換気孔のなかに消えていた。あとから返事か――リューナはこぶしを握りしめた。敵をぜんぶ蹴散らして、ゼッタイにあいつを迎えに行かないとだな。
「無事で待っていろよ、トルテ」
その言葉が『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます