古代龍と時の翼 9-39 夢幻都市と龍の居城
その言葉にラハンが息を呑んだ。震える声で言う。
「そうか……彼女をここに送り込んだのがシニスター自身だとすると……わたしたちははじめから利用されていた、と」
「あなた」
夫の言葉を静かな声で遮ったルミララは胸を押さえ、何かがつっかえてでもいるような口調で言った。
「わたしはうすうす……気づいてはいたのです。あの子が着ていた服からして、わたしたちの時代とはまったく異なるところから来たのでは、と。むしろいまのリューナさんやトルテさん、あなたたちと同じ文化水準で作られた織物と縫製の技術でしたからね。それで確信できたのです」
わたしはこれでもお裁縫や織物が得意なのよ、とルミララが付け加えるように言って、微笑んだ。その瞳には何ともいえない複雑な感情と涙が滲んでいる。
「それでもあの子を、愛さずにはいられなかった。本当に優しい、いい子でしたから……」
トルテは彼女に頷いてから背筋を伸ばし、静かに口を開いた。
「エオニアさんの胸に現れた魔法王国の宝物『従僕の錫杖』。おそらくこの時代に送り込まれる前に、エオニアさんの体内に封じられたのだと思います。あれがシニスターの願いを叶える手段なのだと、あたしは考えています。そのために必要な事柄を、あるいは
ずばり物事を指摘するときのトルテは、彼女の母親を思い出させるよな――リューナは思った。国王たちもみんな無事だといいが、とも思う。現代に残してきたリューナ自身の両親も。まあ、あんな父親だけどな――リューナはポケットに突っ込んだまま持ってきてしまった例の魔石を指先で転がしながら思い、顔をあげた。
「けどトルテ、あいつの狙いは百パーセント思い通りに進行している訳ではないんだろ?」
「ええ、あたしもリューナの言うとおりだと思いたいです。ルシカかあさまたちのこともあるし……。でもね、いまは何より、エオニアさんを取り戻すことが先決だと思うの。あれほどまでにシニスターが求めているんですもの、野望とかいうものを叶えるためにエオニアさんが必要だということですよね」
「だからこそ、エオニアを古代龍に渡さないことが重要なんだな」
「それに『従僕の錫杖』を体内に具現化されたら――つまり封印を解かれてしまったら、心臓に相当な負担を強いられるらしいんです。マイナさんも苦しそうだったことをおじさまから聞いていますし……。それに、寿命も短くされてしまうとか」
その言葉に、黙って聞いていたディアンの表情が変わった。
「エオニアが!? そんな……。彼女は体内の封印と、自分の失われた過去と、自分がシニスターの野望に使われることを知っただけでも凄く悩んでいた。……なのに、それ以上の苦しみを与えられたっていうのか」
「ならなおさら、すぐ助けにいかないとだろ! それにエオニアをさらったヤツが、いつシニスターに引き渡してしまうかもわからないんだ」
「あたしも賛成です。だからその為にどうすれば良いのかを、いま論じるべきだと思うのです」
「……連れ去られた場所についてはわかっている。『夢幻の城』と呼ばれるエターナルの奥宮殿内に、ラスカが与えられている部屋がいくつかあるのだ。そのなかのひとつが、そのような用途に相応しい部屋になっている」
ラハンが言った。情報を流してくれる間者がエターナルの内部にいるらしく、一度エオニアをさらわれたときディアンが救出に向かった際にも役立ったということだ。だが――その間者も、いまはもう生きているかどうかわからないとのことだった。昨夜以来、連絡が途切れているのだという。
「その部屋にエオニアが捕らえられ、監禁されているとして……そこまでは、どうやって侵入するんです?」
ディアンの問いに、ラハンは少し沈黙したあとで悩みながら口を開いた。頭のなかでさまざまな方法を検証しているのだろう。
「城の正面ゲートから続いている回廊からでないと、たどり着くことはできないようなのだ。実質、不可能と言わざるを得ない。いまは警備も何倍にも膨れあがっているだろうし……あやつがシニスターにエオニアを引き渡すタイミングで奪いかえすか……いやそれも実行するには危険だし……」
「エオニア……。そうだ――はやくしなければ、彼女は自分の命を絶ってしまうかもしれない」
ディアンが思い出したように蒼白になった。
「なんだって?」
「彼女自身がそう言ったことがあるんだ。シニスターの道具になるくらいならば死を選ぶと。もちろんその時の僕は、絶対に助けに行くから待ってくれと、しっかり伝えたつもりだけれど……意思の強いひとだから、すごく心配だよ。僕はいますぐにでも助けに行きたい」
「助けが来るから待っていて欲しい――まず何よりも先に、そう彼女に伝えることができれば良いのですよね?」
トルテが言った。その静かな口調と眼差しに、リューナは漠然とした不安を感じてしまう。
「ああ。だが迅速に伝える手段がないのだ。換気のための通風孔や通路があるから、それをたどってエオニアのもとまで行くルートも考えた。だが、その通路の幅がおとなには狭すぎるのだ。正面突破では時間もかかるだろうし、何よりその騒動が刺激にならなければ良いのだが――」
「狭いルートからは、あたしが行きます」
「何だってッ?」
「トルテ?」
リューナとディアンの声が重なった。トルテは落ち着いた口調でふたりに答えた。
「だって、そこはとても狭いのでしょう? リューナもディアンも大きいんですもの。あたしでしたら、子どもが通れるくらいで大丈夫です。それにあたしなら武器が要りませんし、荷物も持たなくて済むでしょう? いざとなれば魔導の技で身を隠すこともできるんですから」
トルテはにっこりと笑った。
「ね? ラハンさん。一番小さなあたしが行くのが最良の方法であると思いませんか?」
「しかし……!」
ディアンが言葉を続けようとするが、トルテは首を振ってオレンジ色の瞳に揺るぎない光を宿し、言った。
「あたしが行くのです」
ディアンがリューナの顔を見た。その視線に込められた気持ちは痛いほどによく伝わったが、リューナにはわかっていた。トルテは心に決めたことを絶対に曲げようとはしないだろうことが。ましてやそれが、友人の為であるのならば。
「――では、彼女がエオニアと接触している間、わたしたちで正面から攻め込むというのが正攻法だろう。正面門には魔法破りの結界があるから、こっそり忍び込むというわけにはいかないだろうから」
「望むところだぜ! トルテから注意を逸らし、こちらに注目されることができるなら、派手に暴れてやるさ!」
リューナの心も決まった。その言葉に他でもないトルテが不安そうな表情になったが、こちらが自信たっぷりに微笑んでみせると、彼女の表情は再びきりりと引きしめられた。
「でも、連絡手段はどうするんだい? エオニアとその場所で会えたかどうかわからなければ、僕たちもそのまま進撃していいのか確信が持てなくなる」
ディアンの質問には、トルテがよどみなく答えた。
「あたしとリューナで意識を共有させます。とはいっても、ほんの一部ですけれど。『
「そんなことができるのかい?」
ディアンが眼を剥く。リューナにはさっぱり理解できなかったが、すごい魔法なのだろうことは想像できる。しかし――意識を共有するとは、どういうことなのだろう。不安を感じるのは気のせいか?
「それに、たとえそれが途切れたとしても、あたしはリューナを信じていますから。必ず来てくれるって。ですから、エオニアさんと一緒に待っていますね。きっと、だいじょうぶです」
「トルテ……。よし、それでいこう!」
自信たっぷりに言い切ったトルテの笑顔に、リューナの不安も吹き飛んだ。――この世で一番大切に思っている相手から信じていると告げられたのだ。彼女の期待に応えるのが、俺にとって為すべきことだ。
「そしてエオニアさんを救出したら、あたしたちの手でシニスター、いえ、『古代龍』をぶちのめしてやりましょう!」
「おう!」
リューナはトルテの瞳を見つめ、きっぱりと頷いた――俺たちの手で、この間違った未来に幕を下ろすのだ。
心が決まれば、もう迷うことはない。目の前のことにただ全力で挑むだけだ……!
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