古代龍と時の翼 9-38 夢幻都市と龍の居城

 『夢幻都市』エターナル。この都市がそう呼ばれていることをリューナとトルテが知ったのは、今朝早くのことだ。これからの動きについて計画を立てたときに、この未来の世界の状況についても聞かされた。


 そのあと廃墟と化した神殿跡から荷を回収し、無事だった食料を見つけて簡単な朝食を済ませ、全員で魔導航空機ヴィメリスターに乗り込んだのである。


 隠れ場所から大空へと浮上し、朝日を浴びて金色こんじきに輝く雲の平原の上でだいたいの操縦を教わったあと、リューナは航空機の操作を任された。ディアンは他にすることがある体。


 魔導を基礎とし、万物にあまねく存在している魔力マナを使って空を翔ける機械仕掛けの乗り物――魔導航空機ヴィメリスター


 本来、魔導の技を行使できない者のために発達した人造魔導の技術ではあったが、この乗り物については魔導士が操作をするほうが遙かに高い性能を引き出すことができるらしかった。けれど魔導士はディアン以外にリューナとトルテしかいない。まさかトルテに操縦させるわけにもいかず、ディアンに変わってリューナが引き受けたという訳だ。


 金属製の空飛ぶ乗り物は、素晴らしい速度で目指す都市までたどり着いた。位置的にはおそらく現代でいうフェンリル山脈の登り口、ソサリア王国南西部の端にあるハイベルアの都市のあたりだろう。とはいえ、地形も街も現代の面影を少しも残してはいなかった。


 朝もやに白く霞んでいる摩天楼の間隙かんげきを、金色に輝く魔導航空機ヴィメリスターけた。


「すごい。僕なんかよりずぅっとうまいよ、リューナ」


「そうか? かなりおっかなびっくりなんだけどな――おっと!」


 操縦桿コントロールスティックを右に倒し、同時に左足の先にある突起を踏み込むと、機体はぐるりと回転して建造物同士を繋ぐ回廊の壁ぎりぎりをすり抜けた。後方のシートから「まあまあだな」というつぶやきが聞こえた。ちらりと振り返ると、ラハンが腕を組んで頷いている。慣らし運転にしては上等、ということらしい。


「なるほど――確かにディアンの言うとおり、感覚的に操作ができるみたいだ。こりゃいいや!」


「とっても嬉しそうですね、リューナ」


 すぐ後ろの席に座ったトルテが、にこにこしながらリューナとディアンの遣り取りを眺めていた。もちろん、その体はシートベルトに固定されている。そうでなければ彼女はごろごろと操舵室ブリッジ内を転がりまくっていたに違いない。


 ディアンは操縦席に片手をかけているだけで姿勢を保っていた。見かけは細く頼りない体格をしている飛翔族の青年だが、その魔導士としての実力と王としての力量を熟知しているリューナにとっては、そう意外なことでもなかった。グローヴァー魔法王国の建国三千二百年祭で出逢ったばかりのときと比べ、互いに成長したなぁとしみじみと思う――トルテにとっては一ヶ月も経っていないのだけれど。


「僕が乗っていたものよりモデルチェンジ前の古い機種なんだけど、能力的にはこちらのほうが遥かに上なんだよ」


「後継機のほうが、能力が劣っているのですか? とても不思議ですね」


 トルテがちょこんと首を傾げた。その間にも機体はぐるんと回転し、ツインテールに結い上げた彼女の長い金髪も元気に揺れている。


「確かにトルテ、君の言う通りなんだけど、安全の為には総合的な能力を落とすしかなかったんだ。内部構造――魔導増幅装置に致命的な欠陥があったらしくて、それが暴走すると爆発したりしてとても危険だったから」


「うーん。それってとっても問題な気がするのは、気のせいなのかしら。だってリューナが操縦しているんですよ?」


「ちょっ、こらこらこら、どういう意味だトルテ。――とはいえ、本当に大丈夫なのか? 不安になっちまって思い切り飛べなくなるじゃんか」


「問題ないよ。暴走するのは、強い魔導の渦に飛び込んだときとか、そんな特殊な状況下のことだし」


 ディアンの言葉に、おいおい……と苦笑するリューナだった。魔導の渦――そのような攻撃を食らわないとも限らないんじゃないか、とリューナは思う。何とかキャノンとかいうでっかいヤツは、魔導の大砲を撃ってくる相手なのだ。そんなヤツらがわんさか出てきたら、魔導の攻撃魔法が渦になって襲ってきそうなイメージがあるんだけど。


「まあいいか。当たらなきゃいいんだろうし……」


 リューナは顔を前に向けたまま、横目でちらりと傍に立つ親友の様子を確認した。翼ある青年は、迷いのない落ち着いた瞳を前方に真っ直ぐに向けていた。愛する女性を奪われたディアンは、何だか別人のように眼つきが変わっている気がする。据わっている、というか――まあ、良いほうに捉えておくことにしよう。これから行く場所では、並ならぬ度胸と覚悟が必要となるのだから。


 そう、俺たちはこれから、敵の本拠地に乗り込むつもりなのだ。





 今朝早く、トルテが意識を取り戻したあと――。


 昨夜の敗北に意気消沈していたふたりは、トルテの両親や伯父の運命が変わっているかもしれないという望みに元気を取り戻し、待機していた魔導航空機ヴィメリスターの内部に入った。そこでディアンやラハン、ルミララとともにエオニア奪還計画を練り上げたのだ。


 加えて提案されたのが、『古代龍をぶちのめそう』計画である。


 誰だ、トルテに乱暴な言葉を教えたのは――と思うリューナだったが、それが他でもない自分だということに気づいたので口は閉ざしておいた。両親の怖ろしい運命をこの未来で知るという過酷な状況に直面した少女は、まるでたがが外れたように勢いのある強気な態度を見せている。だがそれはリューナに言わせれば『彼女らしくない』強さであった……無理をしているのだろうと、非常に心配ではあった。


「ラスカというヤツがエオニアを連れて行ったのは、エターナルの城とかいう場所か」


「うん。古代龍――シニスターが言っていたエターナルというのは、僕がリューナとトルテに再会したあの都市のことだよ。永遠に変わらず、世界にただひとつ存在し、繁栄を極めた大都市――」


「永遠だ、繁栄だと? ――そんなものは幻なのだ。住民たちですら真に生きているとは言えないのだ……!」


 ディアンの言葉に割って入ったラハンが、吐き捨てるように言った。


「エターナルは死んでいるも同然の都だ! だから『夢幻都市』と我々は呼んでいる」


 リューナは、この時代に着いたときに初めて目にした光景を思い出した。過去に栄華を極めていたグローヴァー魔法王国の王都より遙かに高く大きな建物が林のように建ち並び、どこまで続いているのか見極められないほどの広さがあった。繁栄しているからこそ、あれだけの規模を誇っているのではないのか? しかし、そういえば住民の姿を見ていない。


「死んでいるも同然って……どういう意味なんだ?」


 リューナが問うと、ラハンは重い口調で答えた。


「そこで暮らしている者はすべて、自分の明瞭な意思を持っていない。傀儡くぐつか人形のようなものだ。個々の区別はナンバーのみ。滅多に出歩くこともせず、文明は停滞し、個人の自我は稀薄でほとんど無いと言ってもいい。ただ植えつけられた記憶と知識のまま、無感動に日々を送り、結婚し、子を育てる。子もまた定められた通りの人生を送っていく」


「うわ、何だよそれ。……そんな人生冗談じゃないぜ!」


 リューナは、昨夜戦った兵士たちの反応速度の遅さや、ギクシャクとした動きを思い出した。鳥肌が立ってしまった腕を撫でさすっていると、リューナの隣にいたトルテが考えを巡らせながら口を開いた。


「それって付与エンチャントのことですか? 魔導の傀儡くぐつとして胸に魔法陣を描かれたひとの話を、おじさまから聞いたことがありますけど」


「そういうのとは違う。異質の力だ。かといって神々の力ではなく、間違いなく魔導の技なのだろうが……わたしには理解できないものだった。かつてその呪いを破ろうと抵抗運動レジスタンスに及んだ同輩は何人もいたが……失敗に終わったよ」


「どうしてラハンさんたちは、その呪いに影響されていないんです?」


「わたしたちはもともと、都市から外れた場所に住んでいた世捨て人たちの子孫なんだ。当時、どこの国家にも属していなかったから、把握されずに終わったのだろう……あのおぞましい支配からのがれられたんだ。全知全能と畏れられる古代龍シニスターだが、案外この現生界すべてを隅々まで把握できているわけではないのかも知れんな」


「……あるいは、わざと泳がされていたのかも」


「何だって!?」


 ぽつりとつぶやかれた言葉に、ラハンは眼を剥いて小さな魔導士の少女を見つめた。その瞳に恐怖のいろが広がっていくのがわかる。そのような考えをはじめて指摘され、愕然としたかのように。


「あ、いえ、すみません。そんな気がしてしまったのです。それに……ひいおじいさまの話をしているとき、ルシカかあさまが決まって言っていました――目に見える道だけが最短のルートではない、と。未来まで予見よけんできるおじいさまであるからこそ、普通では思いつかないような方法を取ることもあったみたいで」


 慌てたように言葉を紡ぐトルテに、ふぅむ、とラハンが唸るように言って腕を組んだ。


「なるほど……怖ろしい指摘だが、確かに可能性はある。しかし……わたしたちとしては目に見える道を選ぶしか方法はないのだ。未来まで予見するなどできるわけがない。わたし自身魔導士でもなく、シニスターや機関に属するやつら以外に、魔法というものを自由に使う者を見たのはディアンが初めてだったくらいなのだから」


 それを聞いたトルテが口を開いた。


「そういえば、エオニアさんのことはご存知でしたか? エオニアさんは魔導の力を持っています。けれど自分自身でも気づいていなかったみたいで――」


 ラハンもルミララも初耳だったらしく、眼を見開いたまま動きを止めた。見かねたディアンが口を開いた。


「トルテも知っているとおり、血として受け継いだ大量の魔力マナがあるというだけで魔導が使えるようになるわけではないんだ。魔導というものは、確固たる意思と知識をもって事象を支配し、現実として対象を変化させる力なのだから。根本となる知識というか、記憶というものが……彼女には、その」


 言いにくそうに口ごもる。リューナにはディアンの気持ちが理解できる気がした。エオニアを我が子のように想っているふたりには、言いにくいこともあるのだ――リューナは友の気持ちをおもんぱかり、その言葉を継いだ。


「失われた記憶とともに魔導の知識も無くしたのだ、ということだろ。あるいは……ここに送り込まれた際に、送り込んだヤツによって故意に消されたか。俺が話を聞いた限りでは、やっぱり彼女もこの時代の者じゃないみたいだし。――違うかな? 俺はあんまり考えるのが苦手だからさ」


「ううん、違わないさ。僕もエオニアは別の時代から来たひとだって気がしていたから。ふと出てくる言葉や考え方がさ、リューナやトルテと話していたときと同じ雰囲気を持っているんだよ。僕はおそらく、シニスターによってこの時代へ連れてこられた。彼女も……そうなんじゃないかな」


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