古代龍と時の翼 9-33 炎の龍と水の決戦
テロンは古代龍の隙を窺いつつ、一枚が背丈ほどもある首の鱗に次々と痛烈な拳の連打を浴びせた。ひずみが生じ、ひびが奔る。一撃一撃も凄まじいが、身に纏っている『聖光気』が威力を倍増しているのだ。体術の技は魔法と異なる現れ方をするが、もととなる
「鱗が、物理防御の効果を持っているのかも知れない」
ルシカの隣に降り立ったときテロンが告げると、彼女は瞳に力を込めて龍を見やり、すぐに頷いた。
「本当だわ。おそらく生来備わっている能力なのね。それなら――」
ルシカは左腕を回すように動かし、右腕で宙を薙いだ。周囲にいた兵士たちの持つ剣に『
無視できない痛みとなった足もとからの攻撃に、古代龍の口から忌々しげな吐息が洩れる。龍はドン、と地面を踏んだ。その下敷きになりかけた何人かが悲鳴をあげる。前脚が動き新たな魔法陣が描かれるたび、大地が爆ぜ割れ炎が吹き荒れる。
「こっちだッ!」
クルーガーとテロンは龍を挑発し、自分たちに攻撃を向けながら交互に攻撃を繰り返した。右から、左から、古代龍を翻弄するように各々の技を叩き込む。何とかして前脚の動きを封じなければならない。魔導の技をこれ以上行使させないためにも、これ以上の兵士たちの消耗を避けるためにも。
尾が上がり、振り下ろされる。首が、胴が大地を激しく叩くたびに誰かの悲鳴があがる。地面には亀裂が走り、穴が穿たれ、土埃と木っ端が空中高く舞い上がった。
古代龍の流す藍色の血が大地を汚し、しゅうしゅうと薄い煙をあげている。体内を流れる
大地に降り立ったテロンが呼吸を整えようとしたとき、クルーガーが叫んだ。
「伏せろッ!」
その鋭い声に、前衛で戦っている者たちが地面に伏せる。周囲にいた者たちの背中を抉らんばかりに、ぎりぎりの高さを太い尾が通り過ぎる。反応が遅れたも者たちが宙へと舞った。ルシカが腕を宙へと差し伸ばし、『
だが、彼女はすでに肩で息をしていた。呼吸が乱れ、腕を下ろすと同時に膝を大地に落としている。それでも数の足りない『癒しの神』ファシエルの神官たちを手伝うため、『
「そろそろ、みんなの魔力も限界よ。戦闘が長引けば不利になるかも」
テロンは周囲を見回した。ルシカの言葉通り、魔術師たちも消耗しているらしく自分の杖にすがって立つ者も多い。兵士たちも負傷して下がっている者が半数近くなっている。魔獣たちは的になりやすかったらしく、すでに一体を残すのみ――。
そのプニールはマイナの指示で兵士たちへ向けられた攻撃を受け止めつつ攻撃を繰り返していたが、すでに体躯のあちこちを負傷している。背に乗っているマイナの体力も限界に近いだろう。『使魔』の魔導士は、自分の体力を操っている魔獣の負傷を癒すのに使うことができる。マイナはその能力を行使していたはずだ。
少女の様子を確認しつつ剣を振るっていたクルーガーがハッと眼を見開き、攻撃を中断して声をあげた。
「マイナ!」
プニールの爆ぜ割られた右足の傷が溶け消えるようになくなると同時に、マイナがふらりと落ちかけたのだ。いち早く察して駆け寄っていたクルーガーの腕に抱きとめられ、危ういところで地面に激突するところを免れた。
――もう
余裕しゃくしゃくと語る古代龍も無傷ではないが、もともとの体力も魔力も雲泥の差があった。
龍は前脚を打ち振るった。自分自身に対する『
「くそっ!」
クルーガーが舌打ちし、腕に抱いたマイナをかばいつつ身を転がす。一瞬前に彼らがいた場所に、脚がズシリと降ろされたのだ。プニールが怒りの声をあげて古代龍に掴みかかる。だが、それはまるで子どもがおとなに向かっていくようなものだ。
「プニール! 正面からはダメよっ!」
マイナの悲鳴のような声。
テロンは地面を蹴って跳躍した。拳から衝撃波を凝縮したような『聖光弾』を飛ばす。プニールの頭蓋に食らいつこうとしていた古代龍の瞳に当たった。
古代龍は怒りの絶叫をあげて首を振り、濁った眼を見開いて攻撃の対象を変えた。締め上げていた魔竜の首を離し、テロンを狙った尾の一撃を繰り出す。
テロンは落ち着いて眼をすがめ、尾の動きを追った。衝突する直前に空中で体の向きを変える。『聖光気』で強化された腕で衝撃を受け流し、足を棘のような突起のひとつに引っ掛ける――うまくいった!
ぐるりと回転するようにして尾の上に着地し、そのまま一気に胴へと駆け走った。尾はしなるように宙と地面とを凄まじい速度で往復したが、テロンはタイミングを見極めて突起を掴み、そのまま尾の上を器用かつ大胆に移動した。
たどり着いた古代龍の背は、想像を越えるほどの広さと高さがあった。景色を見渡す暇もなくテロンは意識を集中させ、全身に纏った『聖光気』の輝きをいっそう強めた。
「――ゆくぞ!!」
自身を鼓舞するように声を上げ、拳に自分のなかの無形の力の流れを一気に集中させる。それは生命の根源たる
テロンは古代龍の背骨の盛り上がった箇所に拳を叩き込んだ。連続で繰り出すうち、どんどんその速度が早く、間隔が短くなる。怒涛のごとく拳を繰り出す技、『疾風迅雷拳』だ。
ボコボコと鱗がへこみを生じ、周辺の表皮が龍特有の藍色という血色に染まっていく。この技は叩き込まれる表皮以上に、その内側に損傷を与える。蓄積されていくダメージはいかほどのものなのか――テロンにはそれが骨そのものを砕くほどのものだという確信があった。古代龍が絶叫し、刹那、ビクンと背筋を伸ばした。
テロンは背後にぞくりとした気配を感じた。直後――!
「うがッ!!」
こちらの背骨が折れたのではという衝撃と痛み。もう少しで相手の骨が砕けるという確信に、回避が一瞬遅れたのだ。霞む意識のまま、急速に地面が迫る。
「テロン――!!」
悲鳴のような声。次の瞬間には、全身が慣れ親しんでいるあたたかな光に包まれていた。気が付くと、テロンは地面の上にいた。体に損傷はない。魔導の技である『
「ルシカ!」
見上げる闇空に、魔法の光に照らされたやわらかそうな金の髪が揺れている。ルシカはテロンの傍で、彼に背を向けて立っていた。腕を真横に広げ、その細い肩の向こうに見える古代龍から、テロンをかばうように――。
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