古代龍と時の翼 9-20 闇夜の襲撃

「……強大な力を持つ邪悪……?」


 リューナは反芻はんすうするように訊き返した。ぞわり、と背筋を駆け走るような冷たい予感がある。何かとてつもなく重要な秘密が明かされていく気がしたのだ。


「僕は、そいつが移動する際に巻き添えを喰らうかたちで、この世界に放り込まれたらしい」


「らしい?」


「よく覚えていないんだ、その前後のことは」


 そう言ったディアンは力なく微笑んでからリューナから眼を逸らし、そのまま操縦席に向かって進んでいってしまう。語るために心づもりが必要なのであろうか――リューナは逸る心を押さえ込みながら友人の背を追った。


「これの操作は、この四ヶ月で覚えたんだ。僕がここに――というより、この時代にたどり着いてすぐにね」


 ディアンは機体の内部に視線を巡らせながら言った。一瞬遠い眼をしたので、当時のことを思い出したのかも知れない。


 リューナも最前の場所に歩み寄り、機体を操作するための座席を改めてじっくりと眺め渡した。座席そのものは深く腰掛けるものではなく、身体が投げ出されるのを防ぐためのものであり、手足が自由に動かせる設計となっている。手元には操縦桿コントロールスティック、足元にはまるで楽器の鍵盤を連想させるものが並んでいた。


 操縦席の前の壁一面は一枚の巨大なモニターになっている。計器の類はなく、展開している魔法陣や高度、速度、温度、気圧、傾斜など機体のあらゆる情報、そして前方の景色がモニターに全て映し出されていた。ただしこれでは――機体の真横や後方、そして上下の様子が確認できないのではないだろうか、とリューナは疑問に思った。


 ディアンがリューナの視線に気づき、「座ってみたら?」と促してきた。


「いいのか?」


「ああ、もちろんさ。君なら僕より覚えが早そうだし……これはね、魔導の流れが見える瞳の持ち主、つまり魔導士であれば、感覚のままに操作できるシステムになっているんだ。そう、まるで手足のようにね」


 百聞は一見にかず。リューナが操縦席に座ってみる。座席部分はやんわりとリューナの体に沿うようにぴったりと形を変化させ、やわらかに、だがしっかりと固定してくれた。


 足元や座席から眼をあげて前方を見た途端、リューナは驚きのあまりまばたきを忘れた。


「……すっげぇ」


 眼前に、いくつもの半透明なスクリーンが展開されていた。まるで魔法によって映像を映し出す、とてつもなく精密に具現化された魔導の技『仕掛け花火トリックスター』のようだ。そこには死角だと思われた真横や後方、上下さまざまな映像が余すところなく表示されている。


 もっともいまは、苔に覆われている地面と緑の天蓋、枝根や蔦の絡み合う土壁しか映ってはいない。けれどなるほど、これならどのような動きを行っても障害物や進路の把握に戸惑うことなく、たとえ曲芸めいた飛行であっても困ることがなさそうだ。


「好きみたいだね、こういうの」


 リューナの瞳の輝きを見たのだろう、ディアンがくすりと笑いながら声をかけてきた。


「僕の知識も、教えてくれたラスカの受け売りなんだけれどね――LMシステムと呼ばれている人造魔導は、およそ千三百年ほど前に、当時の魔導士と細工師によって原形が確立した技術らしいよ。その数十年後には、機械装置に人造魔導を組み込むことで、魔導による魔法と同じ効果を具現化することができるようになったのだと」


「それってまさか――」


 語られた歴史に記憶を打たれ、リューナは口のなかで呆然とつぶやいた。けれどディアンは内なる感情の渦と戦っているらしく、気づかないまま続けた。


「ひとびとが一度は失いかけた魔導の技を、科学という技術で復活させることができるなんてね……それがシニスターの野望を後押しするものになったんだろうけれど」


「シニスター……何者だ?」


 ごくりと喉を鳴らして問いかけたリューナに顔を向け、ディアンは厳しい面持ちで答えた。


「すべての諸悪の根源だ。この現生げんしょう界が誕生した頃よりずっと存在し続けているといわれる『古代龍』さ」


 リューナの思考が一瞬、静止した。――古代龍だって!?


「いまでも」


 ディアンはこぶしを握り、込み上げてくる感情をこらえようとするかのようにまぶたを閉ざした。


「これが夢でパッとめることがあるんじゃないかと思うときがあるよ。それほどに信じられない……言葉にすることで全てが現実となって後戻りができなくなる気がする。けれど君に――話さないわけにはいかないよね」


 ディアンが意を決したように眼を開く。そして、静かに語りはじめた。





 親友を未来の世界へと送り届けるため、『封印』の魔導を行使して半年――ディアンは空を眺めてはため息ばかりつく日々を送っていた。


 三千年以上の長きにわたり現生げんしょう界を統一してきた魔導の王国の仕組みは解体され、ひとびとは自分たちの足で歩みはじめている。かつての王たちはそれぞれの役割をまっとうし、それぞれが家族や仲間たちとともに静かな生活へと落ち着いていた。


「けれど僕には……」


 先王であった父親は殺害されている。世襲制ではなかったが、優れた力を持っていたこと、そして利用されるために、ディアンは王の座を継いでいた。そのときすでに母親はなく、親族すら残っておらず、また兄弟もなかった。王国が解体され、ひとびとが大陸各地に散っていったあと、彼だけは行くところがなかったのである。


 そう……ひとりぼっちで残されたのだ。


 友人と呼べる者はいた。けれど、その心許せる友であったリューナは、未来への時を超えるためにディアン自身が行使した『完全封印パーフェクトシール』の魔導によって長き眠りについた。もうひとりの友人であるトルテも、リューナよりひと足早く『歴史の宝珠』の力によって未来へと戻っている。同じ世界、同じ場所に立っているはずなのに……ただ互いの存在している『時間』だけが違うのだ。


 遣りきれない想いに空ばかり見て過ごしていたある日、ハイラプラスが戻ってきた。


「久しぶりですね、ディアン」


 銀色の髪は長く白衣こそ着ていないものの、オレンジ色の瞳の輝きは日々研究と探求を続けている者のそれであった。


「やあ、どうしたんです? せっかく全てがあるべき場所に落ち着き、世界はゆっくりと新しくも自然な営みを取り戻したというのに」


 にこにこと人好きのする笑顔を端正な顔に浮かべて、からかうような、それでいて常に微笑を含んでいるように穏やかな声と口調は、別れたときと少しも変わっていない。研究に没頭できる静かな生活を求めて大陸の何処かへ落ち着いたはずだったのに――ディアンは再会を喜ぶと同時に、不安になった。


「まさか、何かあったんですか?」


「いえいえ、事件は特に何もありませんよ。ある場所に、これを封印するのを手伝っていただきたいのです」


 ハイラプラスが懐から取り出したのは、時間を超えるための装置『歴史の宝珠』だった。とはいっても、リューナとトルテに実際に使われたほうではなく、『これから』使われるほう――ハイラプラスが完成させたばかりのほうだ。自分たちと出逢う前のリューナとトルテの手に無事渡るよう、発見されるはずの場所に封印しておかなければならない品であった。


「そのために、ディアン、あなたの類稀なる『封印』の魔導の力をお借りしたいのですよ。わたしひとりではどうにも手詰まりでして」


 ひとり、と語られたところでルエインとの関係がどうなったのか気にはなったが、ディアンには訊けなかった。手伝いに関しては断る理由もなく、むしろ自分が必要とされていることが嬉しかったこともあったので、ディアンはハイラプラスと一緒に赴くことにした。


 ハイラプラスが封印の地に選んだ場所とは、古代魔法王国の首都であったメロニアから一日ほど南西に進んだ先にある、魔法王国中期に建てられた都市遺跡だった。


 減りゆく人口に悩んでいた魔法王国のひとびとは自然と五つの王都につどって暮らすようになり、たとえ無傷な都市であっても放置されたので、完全なかたちで遺されている都市遺跡は多く存在していた――ディーダ湖底の水中都市や、大森林アルベルトに埋もれゆくその建物のように。


 ハイラプラスとディアンは森を横切り、河を渡り、また森に入って目指す場所にたどり着いた。リューナやトルテが生まれる場所に近く、遺跡そのものの保存状態も良かったため、まさにうってつけの場所であった。


 遺跡の内部を進みながら、ハイラプラスはディアンに語った。


「わたしは『時間』の魔導士ですからね。『封印』の最上位魔法である『完全封印パーフェクトシール』の力を行使することができないのです。――そう、この絶対的な魔法の制約から外れているのは万能の力を持つ『万色』の魔導士のみ。あぁ、それから、融合魔導という新しい力である『虹』の魔導士トルテちゃんの例もありますねぇ」


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