歴史の宝珠 7-22 タラティオヌの飛翔王
錆び付いたような警報音が、王宮全体に鳴り響く。
「ディアン、早く中へ!」
リューナはディアンの腕を掴んで、王宮内に戻ろうとした。
「リューナ、もしかして、あれは僕を連れ出すために派遣されてきた兵たちかもしれない。だとしたら、僕が出て行くべきではないかと思うんだ」
「何だって? どうしてディアンが出て行かなきゃならないんだ!」
リューナは、その場に留まろうとするディアンの肩を揺さぶった。
「僕がいることで、ここの皆に迷惑をかけるわけにはいかない。万一にも、戦闘状態になるなんてことがあってはならないんだ。内乱がはじまるよ!」
ディアンも負けじとリューナの腕を掴んだ。
「けど、こんなの相手側がおかしいだろ! 連中、明らかに宣戦布告してきているんだぞ。そんな中に出て行ってみろ、おまえの身だって無事じゃ済まないぞ!」
「リューナの言う通りですよ」
涼やかな声がして、ふたりの傍にハイラプラスが立っていた。
「ハイラプラスのおっさん、いつの間に!」
「……おっさんではありませんが、まぁ、君たちに比べるとおっさんで仕方ないのかもしれませんね」
にっこり笑いながら銀髪の青年が言った。深夜だというのに寝ていなかったのか、身に
「リューナ、いい機会だから、今教えておきましょう」
背の高いハイラプラスはかがみこみ、リューナの腕を取った。そして、自分の右手をリューナの利き手に押し付けたのである。
手のひらは、リューナの父親のものより大きい。なんだか自分が子どもであることを自覚して、リューナは口の端を曲げた。
だが、一拍遅れて手のひらから流れ込んできた熱のようなものと、魔導行使のイメージという膨大な情報に脳が翻弄され、リューナは硬直したように動きを止めた。
「な……これは!」
リューナは口をぱくぱくと動かした。こんな意思伝達ははじめての経験だった。
「試してみなさい、リューナ。――自分の使いたい剣をイメージして、周囲と自分の構成元素から望みの形を創るのです」
ハイラプラスは低く囁くようにリューナに告げると、背すじを伸ばして夜空を見上げた。
「さて――私は、招かれざる客人に挨拶しなければなりませんね」
ハイラプラスの表情が一変した。
「あなたたちは王宮内に戻っていなさい。トルテちゃんを起こして一緒に居るように」
「えっ。まだ寝てんのかよ、あいつ」
リューナは額に手を当てた。トルテは寝るのが早いが、寝覚めはあまり良いとは言えない。本人が満足できるまで眠ったら、すっきりした笑顔で起き上がるのだが。
「ディアン、トルテを起こすのを手伝ってくれよ」
それを口実に、リューナはディアンの手を引いて王宮内へ戻った。ハイラプラスもそれを狙っていたのだろう。ディアンを矢面から遠ざけるために。
リューナは回廊を駆けつつ、透明な窓から空に舞う飛翔族たちと、人間の青年の対峙する様子をちらちらと確認していた。
ハイラプラスは左腕を微かに動かした。次いで、右手の指で印を切った。その長身に緑の光がまとわりつき、背中に魔法陣を描き出す。
巨大な翼のような魔力の流れが具現化し、青年の体は苦もなく滑るように空中に舞い上がった。あっと思う間もなく、飛翔族の軍の先頭で羽ばたいている男と同じ高さまで到達し、静止した。
「このミドガルズオルムの空へ侵入した
ハイラプラスは薄い唇を開き、表情は変えずに声を発した。整った顔だけに表情を失くすと怖ろしいまでに迫力がある。
「どうなのです、ザルバス」
呼びかけられた男は、口の端を曲げた。ハイラプラスとは違う光沢の銀の髪がひるがえり、赤い瞳が地上の明かりを反射してギラリと輝く。
「どこぞに尻尾を巻いてコソコソと隠れ逃げておったらしいが、魔力は衰えてはいないようだな、ハイラプラス」
獣めいた鋭い目もとをすがめ、ザルバスと呼ばれた男は薄い唇を舐めた。羽ばたく翼には、黒い羽が幾本か混じっている。
それゆえ、彼はシューティングスターとも異名を持つ。翼に流れる黒き星と、もうひとつ、彼の魔導の名によって。
「すでに
ザルバスは右手を振り上げた。彼の指先に光が奔る。輝いた魔法陣は黄と緑の光に縁取られた紋様だった。
その魔法陣の具現化を目にして、ハイラプラスもまた両腕を広げた。銀色の髪は魔導の力場が生じる風に吹き上げられ、舞い踊るように持ち上がっている。体の周囲にいくつもの魔法陣を具現化し、体の前で、まるでカードでも重ね合わせるように魔法陣を統合させた。
ゴウッ!
天上から、ものすごい圧力を持った紅蓮の炎の塊が降ってきた。真っ直ぐにミドガルズオルムの王宮を目指す。
ガアァァァンッ!
それは、凄まじい破壊音とともに中空で爆発した。王宮の屋根に到達する前に。青白い竜のような電撃が迎撃し、天空からの飛来物を破壊したのだ。
ザルバスの『
「これで
ザルバスは叫ぶように言い、顔を悪鬼のように歪めた。シューディングスターの真の実力が、天空からの飛来物を次々に王宮目掛けて撃ち込んでいく。
迎え撃つハイラプラスの背後に味方はいない。もしくは、それすらも策なのか、彼は一瞬眼下の巨大な建物の一角を
ハイラプラスは、次々と飛来する天からの弾丸を、正確に片っ端から粉砕していく。
業を煮やしたザルバスは、背後の兵に向けて手をグイと動かした。まるで何かの合図だったかのように、三十余りの飛翔兵たちが動きはじめた。
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