破滅の剣 5-30 呪われし地へ
寒気を押さえ込みながらも、一行は再び進みはじめた。海水に濡れた岩の表面はひどく滑りやすく、段差も傾斜も穏やかではない。テロンはルシカに手を貸し、幅の広い割れ目や大きな段差、朽ち掛けた板の上を渡るのを助けた。
「王宮を出発して二日……まだ『はぐれ島』の神殿に着かないのだな。いったいどれほどの魔獣を倒してきたのやら」
先頭をいくクルーガーが、苦い表情でつぶやく。
「個体数まで把握していませんが、遭遇して戦闘になった回数は、八十五回だったと思います」
耳の良いティアヌが、はっきりとした声で答えた。
「律儀だなァ……」
クルーガーは呆れを通り越し、感心したような声を出した。だがすぐに立ち止まり、前方を透かし見るように手をかざした。
「ルシカ。先ほど視線を感じると言っていたな。俺にも何かの気配が感じられる。だがどうやら、まともな生き物というわけではなさそうだ」
「ここから先は、大きな船ばかりだな……。兄貴が感じている気配、俺にもわかる。遺跡の奥で遭遇するような、死霊や亡霊の類ではないだろうか」
潮が満ちはじめたこともあり、岩場を通るルートの確保が難しくなりつつある。目の前に現れた大きな船の残骸を避けて通ることはできないようだ。
「少しでも早く先へ進みたいところだが……。この敵意や憎悪に満ちた気配は、黙って通してくれそうにもないだろうなァ」
「そうね……生きている者は歓迎されないと思う。戦闘になるかもしれないわ」
「そんな! 僕たちは、通り抜けるだけなのに」
ティアヌが口を挟んだ。
「船を荒らしにきたとか、財宝を狙いにきたというわけじゃないのに、襲ってくるんですか?」
「こちらの事情が、亡霊相手に通じるわけないだろう」
「そっか……待って!」
クルーガーの突っ込みを、ルシカが遮った。
「『降魔の結界』を張るのはどうかしら。弱い霊や中途半端な存在を寄せ付けない効果があるの」
「なんだ、それならそうと早く言ってくれよ」
「予備の魔石があるから、結界を張るのは問題ないんだけど……」
「他に問題があるのか?」
テロンが、ルシカの言葉に含まれた別の意味に気づいて先を促した。
「うん。通常の霊なら、あたしたちに近づけなくなる。でも、うんと力の強いやつは……そうはいかない。刺激して、逆に怒らせてしまうかもしれない」
「なるほど」
クルーガーは納得したように頷いた。けれど、すぐに口を開いて言葉を続ける。
「しかし、下っ端のやつを数多く相手にして時間を消費するくらいなら、一気に抜けてしまうというのも悪くない。どうせ下っ端たちを倒していれば、そのうち上位種も出てくるだろうし」
「魔石の結界というのは、すぐにできるものなんですか?」
ティアヌの問いに、ルシカは頷いた。背負っていた荷物の中から、指輪に仕立てあげられた魔石をひとつ取り出した。
「よし、じゃあそれでいこう」
クルーガーの決定に、ルシカは『万色の杖』を構えた。呼吸を整え、魔石の指輪を握ったほうの手に意識を集中させはじめる。
ルシカの集中を乱さないように数歩離れ、ふと足元に視線を落としたテロンは、地面に残された痕跡に気づいて
「足跡だ。俺たちより先に進んでいる者が、何人かいるみたいだな」
大湿地帯とは違い、岩場に溜まった砂は湿気を含んで引き締まることで、痕跡が容易に崩れないのだ。
「……それほど経ってはいないみたいだ。戦士がふたり、魔法を使う者がふたり。戦士の片方は相当な熟練者のようだ」
「よく足跡を見ただけでわかるわね」
魔石を用意し終わったルシカが、感心したような声を出しながらテロンの傍に寄ってきた。テロンは、ルシカにもわかるよう足跡のついた箇所を指し示しながら言葉を続けた。
「ソバッカ殿からいろいろ教えてもらったんだ。体重の移動や足の運び方、足跡の深さとかである程度は判断できる」
「僕たちと同じように『はぐれ島』へ向かっている冒険者たちでしょうか」
ふたりの肩越しに覗き込んだティアヌが、首をひねりながら訊く。
「おそらく、そうだろう」
答えたテロンは、周囲を見回しながら立ち上がった。
「好き好んでここを抜けようとする者はいないだろうし。……この先には呪われた地しかないからな」
「よし。先行している者たちがいるなら、俺たちも急ごう」
ルシカの作り出した結界の効力を実感しながら、テロンたちは難破船の上を進みはじめた。腐った板を踏み抜かぬよう気を使ったが、幸いにも亡霊たちと戦闘にはならず、白い影や黒いもやのような塊にドキリとさせられた程度で、かなりの距離を稼ぐことができた。
『船の墓場』に入ってから、どれほどの時間が経過したのだろう。浅瀬に延々と続いていた難破船の残骸がまばらになり……進行方向にはっきりと、巨大な島影が見えてきた。
ついに岩場を抜け、砂が広範囲にぎっしりと敷き詰められた海岸に到着したのである。
一行は立ち止まり、海にある島とは思えぬほどに起伏の激しい、まるで内陸部の山岳地帯を切り取ったような大地を凝視した。
「これが……『はぐれ島』。呪われし地なのね。魔導の気配と……それを歪めている別の力の気配が感じられる。何かしら」
「この島のどこかにある神殿に、ルレファンが……そしてリーファが、居るんですよね」
「間違いないと思うわ。脈打つような、祭器の魔力を感じるもの。方向もはっきりとわかるから、迷わないと思う」
「よし、今度こそあの男の企みを阻止してやろう!」
クルーガーが腕を回して気合いも十分だというように声を張りあげた。
テロンは何気なく足元に視線を落とし……ハッとなった。隠れる場所のない砂だらけの平地だというのに、先行していたはずの冒険者たちの足跡が、突然、ぷっつりと途絶えていたのだ。
丁度いま、彼らが立っている位置だ。ゾクリ、と強烈な感覚がテロンの背筋を駆け抜ける――。
「まずいッ、みんな伏せろッ!!」
叫ぶと同時にティアヌの腕を掴み、テロンは傍にいたルシカに覆いかぶさるようにして地面に伏せた。
直後、地面に伏せた彼らの背のすぐ上を、凄まじい勢いで何かが通り過ぎた。ルシカの手の中にあった魔石が、パンッ、と弾かれたように砕け散る。
「大物がおいでなすったか!」
テロンの声と同時に伏せていたクルーガーが、撥ねるように起き上がる。腰の長剣を抜き放った。魔力を帯びた刀身が、陰鬱な闇を
ヒョヒョヒョヒョヒョヒョ。
虚空に、霊の発する
「あ……耳が……痛いっ!」
ルシカが耳を押さえ、苦しそうにうずくまった。
クルーガーが痛む内耳に顔をしかめながらも、気合い一閃、魔法剣で虚空を
ウオオオオオオオオオ――!!!
「クッ!」
テロンは『
眼には捉えられないが、凄まじい悪意と憎悪が、敵意をもって集まりはじめているのが感じられる。しかも容赦なく、その数は増え続けているようだ……。
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