破滅の剣 5-20 破られた封印

「あなたたち、自分のやっていること、本当にわかっているの?」


 それまで黙って成り行きを見守っていたルシカが口を開いた。昇りたての太陽のようなオレンジ色の瞳を煌めかせて、エルフ族の男、そして黒装束の男たちを恐れ気もなく見回す。


「自分たちも、世界も、何もかも全てを『始原の無』に返してしまったら、文字通り何の意味もなくなってしまうのよ」


 黒装束の男たちの中には、『ソサリアの護り手』たるテロンとルシカを知っている者もいるようだ。散々追いかけ回されているのだから当然といえる。


「無駄な企みを止めて、おとなしく投降しろ」


 テロンがよく響く声で、静かに言った。


「ソサリア王宮の双子の王子と、宮廷魔導士か」


 ルレファンは忌々しそうに舌打ちをした。彼もまた、その名と実力を伝え聞いているのだろう。


 ルシカが『万色の杖』を握りしめ、テロンは腰を低くして構えた。


 クルーガーとシムリアは自分の剣の柄を握り、ザアドは背中の斧に手を伸ばした。フォーラスの姿はいつの間にか消えていた。おそらく背後の闇に潜んだのだろう。


「黒装束の男たちの持つ武器には、猛毒が塗られているはずだ」


 テロンが小声でシムリアたちに忠告する。即効性のある毒で、味も匂いもあるため、主に暗殺用の武器に塗って使われるものだ。『竜の岬』での事件やラシエト聖王国での騒ぎのときも、テロンとルシカはかなり悩まされてきた。


「『無』こそが、我が望み」


 ルレファンが口の端を持ち上げる。微笑んだようだ。ただ、燃えるような赤い瞳は微塵も笑っていない。


 ティアヌは怒りを感じるよりも、大切なものを失った喪失感に打ちのめされていた。自分が旅に出るとき、幼なじみのルレファンに言った……「一緒に来ないか」と。ルレファンは「やることがあるから」と答えて断ったのだ。


「これが……このことだったのか、やること、って。優しくて真面目で、誰よりも他人のことを考えていた君が。世界を破滅させて、自分も消えて、いったい何が望みだというんですか……!」


 ティアヌの言葉を聞いて、ルレファンという男の顔に、はじめて激しい怒りの表情が現れた。


「……おまえにはわかるものか! わかるはずもないわッ!!!」


 エルフの男は右手を横に払った。


 それが合図だった。二十を越える数の黒装束の男たちが、毒のダガーを手に一斉に突っ込んでくる。


「ハァァァァッ」


 テロンが全身に気合いをこめた。瞬間、その体全体を黄金の陽炎が包んだ。同時に『衝撃波』を放つ。


 ドォン! 封印の間の空気を震わせて放たれた不可視の力のかたまりが、跳びかかってきた黒装束の男たちを一瞬で吹き飛ばした。


 魔法陣を瞬時に描き、仲間たちに次々と防護の魔法を行使するルシカをかばいながら、テロンが敵を打ちのめしていく。


 クルーガーは空中を飛んできた小さな刃物のようなものを、反射的に次々と剣で叩き落し、大きく剣を振るった。


 ゴオォォォッ! 魔法剣に付与エンチャントされていた風の魔力が解放され、石造りの床の破片ごと敵を空中に巻き上げる。


 距離を詰めてきた黒装束のダガーの一撃を、クルーガーが剣をクルリと回転させて体に引き寄せ、受け止める。刃と刃がぶつかりあい、火花が散った。同時に背後から繰り出された別のダガーを、腰に差していた小剣ショートソードを抜いて阻む。


「後ろに目があるのかい、王子さんよ!」


 斧を振るう巨漢の大男の感心したような言葉に、クルーガーがにやりと笑う。気合い一閃、斬りかかってきたふたりを剣で弾き飛ばした。


 黒装束の男たちは魔術師でもある。後方に残った何人かが指で印を組み、もごもごと魔法行使の詠唱をはじめた。


「遅いッ!」


 ルシカは杖を振り抜き、左手を突き出すようにして魔法陣を展開し、瞬時に魔法を完成させた。複数の相手に行使されたのは『沈黙サイレンス』の魔法だ。


 『万色』の魔導士の力は強大だった。続いて飛ばされた『麻痺パラライズ』により、後方の魔術師たちは完全に無力化された。


 シムリアたちにも、毒を塗られたダガーの攻撃がかすりもしない。未踏の遺跡まで狙うほどの冒険者の腕は、並大抵のものではなかったようだ。


「ティアヌ!」


 リーファはダガーを振るいながら、仲間であるエルフ族の青年に声を掛け続けていた。


「ティアヌ、戦え!」


 襲い掛かる刃先を敏捷なフットワークで避けながら、相手の手首や胴を切り裂いている。いかに鍛えようとも非力な少女の体だ。相手を圧倒するような腕力がない。その分、手数で勝負というわけだ。


 頭を低くして相手のダガーをかわし、素早く一歩踏み込んで自分のダガーをひるがえす。そのまま敵の腕の下をくぐり抜け、その背後にいた次の相手に先制攻撃で挑んでゆく。


 呆然として立ち尽くしたままのティアヌを、かばいつつである。


 ティアヌの異常な様子に気づいたクルーガーが、ふたりの元に駆けつけた。左右からティアヌを挟んでリーファと死角をカバーしつつ、戦いはじめる。


 ティアヌとルレファンの瞳はぶつかり合ったまま、どちらも逸らそうとする気配すらなかった。まるで、他人には聴こえぬ会話が交わされているようにもみえるのだった――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る