破滅の剣 5-19 破られた封印

 最下層に至る階段を駆け下りたとき、地面から突きあげるような衝撃が走った。ルシカとザアドが転びかけたが、傍に居た仲間に支えられ、或いは自身で踏みとどまってこらえる。


 そのまま一気に最奥の広場へと駆け込んだ一行だが、『破滅の剣』を封印していた祭壇がついに力尽き、その光を失ったのを目の当たりにすることになった。


 最下層の封印の最奥の広場には、黒装束の男たちが二十を越える数集まっている。その者たちは全員、祭壇に注目していた。


 古代宝物『破滅の剣』から、ドクン、と衝撃の渦が広がり、剣を支えていた台座を粉々に破壊した。


 ザンッ……!


 瓦礫の山となった祭壇跡に、落下した『破滅の剣』が深々と突き刺さった。おおお、と黒装束の男たちからくらい歓喜の声があがるが、ほぼ全員が痺れたように動かない。


 その中でただひとり、黒装束を身にまとっていない男が動いた。背が高く痩身で、赤銅色の髪がゆるく背で束ねられており、動きに合わせて、さらり、さらりと揺れている。


 ティアヌの視線は、その人物に吸い寄せられていた。


「……まさか、そんなはずはない……」


「ティアヌ?」


 驚愕の表情で動きを止めたティアヌを、すぐ傍にいたリーファが驚いて見上げた。


「ルレファン!!」


 突然の大声に、仲間たちも驚いてティアヌを見た。薄青色の目を見開き、悲痛な表情で叫んだエルフ族の青年を。


 そして、突き立った『破滅の剣』に手を伸ばしていたエルフ族の男もまた、その動きを止めた。


めろ! ルレファン――ルレファン・デム・ドーラ!」


 真の名を呼ばれた赤銅色の髪のエルフは、突然の闖入者たちにゆっくりと向き直った。魔剣に伸ばしていた手を引っ込め、殺気を含んでいるかのような鋭い眼差しで、声を掛けてきた同族の姿を見る。


「――ティアヌ、おまえだったか」


「どういうことなんだ? 知っているのか、あいつを!」


 すでに抜き放っていた短剣ダガーを手に、リーファがティアヌに疑問をぶつけた。ティアヌはハッと我に返ったが、感情が抜け落ちた表情をしたまま答える。


「……僕の、幼なじみなんです。でもまさかこんなこと、僕には信じられない……!」


「お、幼なじみ?」


 リーファは驚きのあまりポカンとしてティアヌの顔を凝視した。


「その剣をどうするつもりだ」


 テロンが静かに問い掛けながら、最前列から一歩前に出る。その横に同じく進み出たクルーガーが、自身の魔法剣の柄に手をかけた。


「ルレファン……本当に君なのか?」


 敵の指導者であるエルフの男は、崩れた祭壇の上に立ったまま、真っ直ぐに侵入者たちに向き直った。黒装束の男たちが、ザッとテロンたちを取り囲むように散開する。それぞれが、黒く塗られた刃のダガーを手にしていた。


「さぁ、どうした? ティアヌ」


 揶揄やゆするように口の端を引き上げ、友人に投げかけるものとは思えぬほどに冷たい口調で言葉を続ける。


「せっかくの幼なじみとの再会なんだろう。もう少し、嬉しそうな顔をしてみせろよ」


「……ルレファン……」


 幼き頃からの友の、あまりの変わり様に、ティアヌは血が滲むほどに唇を噛んだ。握りしめた手のひらに爪が食い込むのを感じたが、力を緩めることができない。


「何があったのです……君がこんなことを……」


 ルレファンは肩を震わせた。やがて、それはさざなみのように広がるわらい声になり、やがてはっきりとした哄笑こうしょうに変わった。


「アッハッハハハハハハッ」


 呆然とするティアヌの隣で、いつでも動けるように体勢を低めたリーファが切っ先を前に構える。


 ルレファンは左の手を高く掲げた。その指の間に挟まれるように、みっつの禍々しい輝きがあった。


「あれは!」


「な……」


 それは紛れもなく、奪われた神器――『赤眼の石』、『青眼の石』、そして『虚無の指輪』だった。


「やはりおまえが、父さんと母さんを!」


 リーファが叫ぶ。


「そこの子ども。琥珀色の瞳に覚えがあるな。石の守護をしていた種族の特徴だ」


 そして、とルレファンは言葉を続ける。


「壁の端にいる白いのはトット族だな。そんな生き残りどもを引き連れて、俺を止めに来たというのか? 間抜けなティアヌ、なんと笑止しょうしな!」


 幼なじみふたりは睨み合い、正面から対峙したままその場から動かなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る