破滅の剣 5-21 破られた封印
「ティアヌッ!!」
リーファは、なおも必死の呼び掛けを続けていた。足元に落ちていた黒塗りのダガーに気づき、素早く拾い上げる。もしも、あいつのせいでティアヌが変になっているのだとしたら――リーファは拾ったダガーを投げた。それは真っ直ぐに飛び、狙い過たず、祭壇跡に立つエルフの左肩に突き刺さる。
「グッ……」
エルフ族の男が
「うぅ……毒か、クソッ!」
腕から抜いたダガーを投げ捨てた男は、大きくバランスを崩した。倒れかかる体を支えようとして『破滅の剣』の柄を握る。
ドクン!
不気味な胎動のような音とともに、凄まじい衝撃が剣から放出された。
「うわっ!」
「キャアアッ」
突然のことに仲間たちも、敵である黒装束の男たちも、全員が吹き飛ばされた。『破滅の剣』の周囲に立つ者がエルフ族の男以外、誰も居なくなる。
「くッ! 何だ今のは!」
転がされた反動を利用して素早く起き上がったクルーガーとテロンが、シムリアとザアドが、敵の男と『破滅の剣』を見た。
――そこには『闇』があった。ぽっかりと何もない虚空に開いた、深さの計り知れない穴だ。
グウゥゥゥルルゥゥゥ……。
その『闇』の向こうから、腹の底に響くような唸り声が聞こえる。恐ろしい唸り声はだんだんと大きくなり、封印の間を震撼させるほどに至った。
「あれは、召喚の『
打ってしまった頭を押さえ、ようやく起き上がったルシカが叫ぶように声を張りあげる。その言葉に、テロンは素早く身構えた。ただならぬ気配だ――クルーガーたちも体勢を整えて剣や斧を構える。
「……来る!」
ジャッ!!
突然、闇の中から黒く巨大な、光が反転したかのように奇妙な影が飛び出した。それは、前方にいたテロンやクルーガーたちの頭上を跳び越え、後方に立っていたティアヌとリーファに襲いかかった。
どこからか投げられたフォーラスのナイフが複数、影を貫く。だがまるで、霧を突き抜けるようにダガーは反対側から抜けていった。
「クッ」
リーファは素早く取り出したショートボウに矢をつがえ、放った。影を貫いたかにみえたが、やはり手応えなく突き抜けた。
驚くあまり、回避が遅れる。どのみちリーファは、背後のティアヌのために動かなかっただろうけれど――ダガーを構える暇もなく、少女の体は激しい体当たりを食らって後方に吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられて撥ね、床に落ちる。
「リーファ!」
ティアヌとルシカの叫びが重なった。ふたりは倒れ伏したまま動かないリーファを案じ、駆け寄ろうとした。
だが、その前に巨大な影が立ちはだかった。それは、足や首が太い漆黒の狼にもみえたが、爬虫類を思わせる長い尾を持っていた。
「『
ルシカが『万色の杖』を構え、片足を引いた。魔法行使の準備動作に入ろうとしている。
「幻精界に住む
「あのエルフ、黒魔術使いなのか!?」
戦斧を構え、敵のエルフと炎獣との両方を視野に入れようと、体の位置をずらしながらザアドが訊いた。
「もしかすると、邪神から得た力かもしれんな」
クルーガーが口を挟む。手のなかの魔法の剣は、彼の心に呼応し、魔力の輝きを強めている。
『
体当たりを受けたリーファの胸から脇腹にかけての部位が、焼けているのがみえる。
「リ、リーファ……」
ティアヌは倒れた少女のもとにたどり着こうと、炎獣を回りこむように動いた。だが、ティアヌの前に素早く炎獣が移動し、青年の行く手を阻む。
ルシカはその隙を見逃さなかった。『万色の杖』を眼前に構え、素早く右手を振った。リーファの周囲に白の光が生じ、瞬時に具現化された魔法陣が取り囲む。やわらかな光が少女の体を優しく包みこんだ。
「『
ティアヌは行使された魔法効果を見て取り、ホッと胸をなでおろした。
しかし、炎獣は魔導の技が行使されたのを見逃さなかった。凄まじいほどの勢いと高さの跳躍を一行に見せつけながら、一気にルシカの立つ場所まで迫る。
ズン! 炎獣の真正面から、凄まじい衝撃が発せられた。『
ルシカとともに戦ってきた経験から、彼女が魔法を行使するタイミングをテロンは承知していたのだ。魔法の発動と同時に『気』を練って技を準備し、彼女に向けて走ったのである。
炎獣が動きを止めた隙に、クルーガーが横から魔法剣を振るう。闇色の炎の体に、まるで生き物のようにざっくりと傷が生じる。
グォオオオオ!
その隙に、ルシカがシムリアとザアドの持つ武器に素早く『
度重なる苦痛を身に受け、炎獣の二対の目が怒りに燃えあがった。長い尾を振り回し、ちょこまかと動き回る人間たちを串刺しにしようと狙いはじめたが、振り下ろされた尾は床を砕くばかりだ。
拳が、剣が、斧が、そして魔法が、冥界の炎から生まれたこの世のものならざる体躯を少しずつ削ってゆく。
「さすが炎でできているだけある……熱いね」
シムリアが、目に流れ込む額の汗を手で拭いながら言った。相手が灼熱の炎なので、攻撃を当てる際にも火傷のダメージを負いかねない。そればかりか、周囲の温度が上昇し、体力の消耗も激しくなっていた。
ティアヌもそのことに気づき、少しでも空気を冷やすために氷や水の精霊魔法を使いはじめた。倒れ伏したままのリーファに駆け寄りたかったが、まずは目の前の炎獣を退けなくてはならない。
大丈夫、とティアヌは自分に言い聞かせた――ルシカの魔法で、リーファの傷は癒されているはずだ。その彼の視界に、動く人影が入り込む。
ルレファンだ。シャリィィン、シャリィィン、と不気味な音を立てながら『破滅の剣』を床に引きずり、戦いの場を回り込むようにして、倒れたままのリーファに歩み寄ろうとしている。
「ルレファン、止まれ!」
ティアヌは炎獣に用意していた『
「――フンッ!!」
ルレファンは、二
ガリガリガリガリガリッ! 凄まじい衝撃がティアヌに向けて放たれ、床に斬撃の痕跡を
『
「その少女に何かしてみなさい……ただでは済みませんよ!」
ティアヌはこぶしを握りしめ、幼なじみに強い口調で叫んだ。
「ふん、どう済まないというのだ」
ルレファンは、意識を失ったままのリーファの片腕を掴み、無理に引き起こした。ぐったりと弛緩したままのリーファの華奢な体が、宙吊りになる。
「今すぐ止めるんだ、ルレファン!」
「……この俺に命令するなッ!」
ルレファンは激情のままに叫んだ。腹の底に溜まっていたものを吐き出すように、言葉を続ける。
「いつもおまえは俺に指図しやがる……。そんなに次期族長様は偉いのかよッ!?」
「な、何を」
「同じ年に生まれたのに、いつも俺の上を行きやがって。いつも俺より大切にされやがって。……俺の母の命まで持って行きやがって!」
その言葉に、ティアヌの脳裏に幼少のときの記憶が浮かびあがった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます