第50話 共通点

 わからないことを考えていても仕方がない。


「それは、大楠君も」

「え?」

「普通だったら、断ってもおかしくないんじゃないかなって。結構大変だったんでしょ。見ていればわかるよ。物理的な意味合いだけじゃなくて、いろんな意味で」


 ぐうの音も出ないほどの正論だ。


 あのとき、カフェで話を聞いたとき、俺に断るという選択肢はなかった。自然にするすると「いいよ」と答えていた。そして、そのことに俺も、江南さんも驚かなかった。


「最初に江南さんと話したとき。先生に頼まれて、ファミレスに行ったときは、すごく嫌そうだったのに」

「いや、別に嫌そうにしてたわけじゃ」

「……本当は、嫌だったでしょ」

「……はい」


 なんというか、藤咲に嘘がつける気がしない。もしかしたら、俺が嘘を吐くときの癖も見抜かれているのかもしれない。


「大楠君も江南さんも、不思議。どこかで共鳴しあってるような、そんな感じがする」


 うかがうような視線が俺に届く。それからすぐに「ごめん」という言葉。

 本当は、こんなことを言うつもりはなかったんだろう。俺があまりにもふがいない態度だから、こんな言葉を引き出してしまったんだ。


 だが、藤咲の言うことは的外れではない。


 罪悪感の残滓が俺の今を作っている。自分にできることをなるべくしたいと考えている。


 それは、江南さんに対してだけではない。江南母に対してもだ。


 どこにでも自分と似たような人がいる。過去が楔となって動けなくなる人。江南母もまた、過去に縛られている。事情は詳しく知らなくても、そんなことくらいはわかる。気持ちも、少なからず理解できてしまう。


 本来であれば、俺は、江南母に文句を言える立場の人間じゃない。俺も同じだから。本当の意味で前に進めているのであれば、とっくに藤咲に対して答えを渡している。それができていないのは、前に進むのが怖いからだ。


「全面的に悪いのは俺だから、謝らなくていい」


 藤咲には嫌な思いをたくさんさせてしまっている。


「……紗香ちゃんのことはもう大丈夫?」

「ああ。これからは俺も時間を取れるからな。本当は、俺たち家族の問題だから、藤咲を巻き込むべきじゃなかったな」


 と、そこで俺は気がついた。


 江南さんの頼みごとについても同じだ。家族の問題。本当は、赤の他人を巻き込むべきじゃない。


 それなのに俺が藤咲を巻き込んだのは、藤咲なら受け入れてくれるんじゃないかと心の中で思ったからだ。それは、江南さんも同じだったのかもしれない。


「……行こうか。腕、辛くなってきたし」

「あ、ごめんね! 行こう!」


 立ち止まっていたせいで、教室まではまだ遠い。プリントの山を崩さないように歩くだけで大変だ。


「紗香ちゃんと会わなくなるのは寂しいな」

「藤咲のためなら、紗香はどこにでも行くと思うぞ。今度、一緒に遊びにでも誘ってやってほしい。あいつ、意外と友達多くないからな」

「えー、あんなにかわいいのに」

「あいつ、普段猫かぶってるから心開けてないんだよ。言い寄る男もいるんだろうけど、チャラい男は何より嫌いだから」

「いい子そうだもんね」


 紗香は、人に対して警戒心が強い。幼稚園くらいのときに、男の子たちにいじめられていたのが原因だ。もともと可愛かった紗香は、気を引きたい男の子たちの標的にされた。


 こんなことを話したと知れたら紗香に殺されるので言わないが。


「でも、うん、わかった。今度誘ってみる。紗香ちゃん、どういうの好きなんだろ」

「結構カラオケ好きだな」

「あ、じゃあ、それにしようかな。無難なところだし」


 気づけば、あの嫌な沈黙はなくなっている。普段の俺と藤咲だ。


 少し掘り下げたところを話し合って、わだかまりが薄まったのかもしれない。話題が逸れたことよりもそっちのほうにほっとした。やはり、藤咲と関係が悪くなるのは嫌だという気持ちがある。


「藤咲って、カラオケで何歌うんだ?」

「普通に、流行ってる曲とか歌うよ。あんまり詳しいわけじゃないけど」

「あ、せっかくだし、3人で行く?」

「確かにそれもありだな」


 図書委員で一緒だったときもカラオケに一緒に行ったことはなかった。たまに一緒にカフェとかファミレスに訪れるくらいだった。


 俺たちは、お互いの予定を確認しあい、今度の日曜ならどうかという話になった。


「おっけー。とりあえず、紗香にも後で確認してみるよ。たぶん大丈夫だと思うけど」

「うん! 楽しみにしてるね」


 そんなことを話していたら、教室の前までたどり着いていた。ようやく腕にかかる重荷から解放される。


 足で強引にドアを開け、教壇を上がり、教卓にプリントを下ろす。俺たちの存在に気づいたクラスメイトたちも、「またか」という嫌そうな視線だけ向けていた。


 俺も藤咲も席に戻る。すると、後ろからつつかれたので齋藤のほうに振り向く。


「なんだ?」

「まーたイチャコラしてたのか」

「そんなんじゃないって」


 エロ小説だけ読んでればいいものを。余計なことを言うことに関しては抜かりがない。


 俺は、机の中から次の授業の教材を取り出した。

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