第25話 交換

 図書委員としての活動を始めてから一か月くらいして、図書委員の集会があった。

全員が集まったのを確認するや、野口さんから説明があった。


「昼休みなのに、集まってもらって悪かったな。あいにくと、集会は月に一度やることになっているんだ。今後も同じことがあるから頭に入れておいてくれ」


 仰々しい話し方にもいい加減慣れてきた。他の連中も、ちょっとにやっとするが、それくらいの反応だ。


 前にいるリア充っぽい男子が手を挙げた。


「あ、野口さーん。できればこういうの事前に予定がわかると嬉しいんですけど」


 野口さんは、ああ、と大仰にうなずいた。


「そこらへんは心配ない。今回は割と突発的になってしまったが、あとで確定した予定表を配る。それに、集会と言っても長々やるつもりはない。そうだな、30分かからない程度に済ませるつもりだ」

「了解でーす」


 野口さんは、静かになったのを確認したあと、改めて俺たちを見渡す。


「前にも簡単に説明したが、この場は全体で決めるべきことを話しあうためにセッティングされている。内容としては主に3つ。新しく購入する本をどうするか。レイアウトの更新案。最近の困りごとなどの共有だ。意見を出してもらえれば、あとはこちらで勝手に判断して指示を出す」


 弁当をつまみながら話を聞く。隣に座っている藤咲も同じだ。


「今までやってきて、一番白熱するのが購入本の件だ。熱心な生徒は『どうしてもこれを』というのを熱く主張してくるので結構面白いぞ。レイアウトと困りごとに関しては、何かあれば、というところだな。早いときは一瞬で終わる」


 まぁ、そうそうレイアウトを変えることはないよな。本を移動するのがかなりの重労働だし、そこまでしたところで効果が見込まれるか怪しい。困りごとも、普通にやっていればそんなに発生しないだろう。


 さっきと同じ男子がまた手を挙げた。


「新しく買うやつって、なんでもいーんですか? 漫画とかでも?」


 確かに気になるところだ。もっとも、現在、図書室には伝記漫画くらいしかないが。


「実を言うとな。そこに関しては本来制限がない。ただ、発注をする前に校長に承認をもらう必要があるんだが、断られることが多くてな。結局、真面目な本しか購入できないという現実がある」

「なーんだ」


 学校によっては、ラノベや少年漫画が置いてあるところもあると聞くが、うちの学校では難しそうだな。


「とはいえ、校長に対して説得できる材料があれば、可能かもしれないぞ。与えられた予算の範囲に収まっていれば、問題はないはずだからな」


 今の今まで、そこまでしようとする生徒がいなかったから、そういうものが置かれていないんだろうと思った。


 野口さんはつづける。


「話を戻そう。これから、具体的な話に踏み込んでいきたいと思う。まず、新しい本についてだ。何か買いたいものはあるか?」


 しかし、手は挙がらない。誰も考えたことがなかったんだろう。


「わかった。ないならないで仕方がない。来月以降も同じ質問をするから、どういう本が欲しいかを考えておいてくれ。できる限り希望はかなえたいと思う。それから――」


 レイアウト変更、困りごとに関しても、特に意見は出なかった。


「よし。現在のところ、困っていることは特にないようだな。もし、ここで話しづらいことがあれば個別に相談してくれ。基本的にいつでも相談は受けつけるからな」


 そのまま解散となった。


 実のある話にはならなかったな。そう思っていると、隣の藤咲が話しかけてきた。


「大楠君」

「ん? どうした?」


 このままここで食っていてもいいが、齋藤たちと合流するために弁当をしまおうとしていたところだった。


「ねぇ、どういう本が欲しいか考えたことってある?」

「う~ん、俺、今のところ何も考えてないんだよね。藤咲は?」

「わたしも。そういえば、最初の日にそんなこと言ってたなぁって」


 俺も正直うろ覚えだった。そもそも覚えていたとして、熱心に説明するほど欲しい本があるかというと微妙なところだ。


「でもせっかくだから、提案してみたいよね。自分が決めた本が図書室に入って、俺たちが卒業したあとも残るって、ちょっとエモいかもしれないしさ」

「そうそう! だから、少しはまじめに考えたいなって思ってて」

「こういうの、実際に本を見たほうが早いんだろうな。今度、本屋で探してみようかな」

「あっ。同じこと考えてた」


 藤咲と顔を見合わせて笑う。こういう話になれば、その先に言うことも決まってくる。


「じゃあ……一緒に行ってみる?」


 俺の言葉に、すぐ藤咲はうなずいた。


「うん、そうしようよ」


 その後、俺たちは、ラインのIDを交換した。自分のラインの連絡先に、女の子が入るのは初めてだった。


 しかもこれって、デートの約束なんじゃないだろうか。そんなことを思った。


「また、連絡するね」


 俺が、弁当を抱えて立ち上がったところで、藤咲にそう言われた。


「ああ。じゃあ、またね」

「……またね」


 ……ちょっと照れ臭くなったのは秘密だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る