第24話 お嬢様

 週1回の図書委員は、まったく苦にならなかった。


 藤咲は可愛い。付き合いたいなんて願望はないが、話していて楽しい。大人しそうだけど、ときおり面白いリアクションをするし、こちらの不快になるようなことは一切しない。


 実際、藤咲はモテているようだった。

 男子だけで集まって、女子の話になると藤咲の名前はよく挙がった。

 リア充っぽい男子たちも、そろって「付き合ってみてえ」と口にしていた。粗野なところがなく、誰に対しても優しく丁寧。人の悪口を言っているところを見たことがない。成績は優秀で、小テストのたびに満点に近い点数をとっていた。


 あれだけ図書委員を嫌がっていた齋藤と進藤も、俺を羨ましがりはじめた。


「他クラスにかわいい子がいて、そんな子と週一で一緒になれるオプションがあるなんて予想できなかったわ」


 部室でゲームをしていると、齋藤にそう言われた。


「おまえ、三次元の女の子に興味があったんだ」

「あるかないかで言えば、ないこともないに決まっているだろ」

「それ、あるかないかで答えてないけど……」


 正確には、図書委員になったうえで、たまたま曜日が重なるという偶然が合わさったことによるものだ。それも、上期――9月くらいまでの期間だけ。クラスが一緒になったほうがよほど関わる機会は多いんじゃないだろうか。


 しかし、そんなことを言っても、齋藤や進藤は納得しない。いつのまにか、リア充予備軍みたいに思われてしまった。





「大楠君のいる科学部ってどんなところなの?」


 ある日、図書委員の仕事をしているときに、藤咲に訊かれた。俺は、ちょっと言葉に詰まってしまう。


「どんなところ……まぁ、なんというか、変わった部活だよ」

「そうなんだ。誰がいるの?」

「うちのクラスの齋藤とか、進藤とか。藤咲のクラスで言えば、山口、榊原もいるよ」

「う~ん、正直、あんまりよくわからないかも」


 そりゃそうだろう。どいつもこいつも目立たない連中ばかりだ。一学年上に、瀬野尾という変人がいるけれど、おおむね大人しい。


「大したことしてないよ。普段は、遊んでるだけだったりするから。あんまり拘束がないから楽なんだよね」

「最初に、どの曜日でもいいって言ってたもんね」


 科学部に決まった休みはない。運動部であれば、週に最低でも一度は、決まった休みの日が存在する。学校の規則がそうなっているからだ。うちの高校は部活にそこまで熱心ではなく、18時ごろには学校を出るように促される。


「藤咲は、バド部だっけ?」


 そう訊くと、藤咲は「うん」と答えて、前髪を横に流した。


「小学生のときからね、やってるの。あんまり強くないんだけどね」

「じゃあ、習い事とかでやってた感じ?」

「そうそう。お父さんとお母さんにね、お願いして始めたの」


 小さいころに始めた習い事を、高校生になっても続けている人は少ないと思う。それだけで真面目なんだなと感じた。


「あっ、でもね。バドミントンを始めてから、一度も怪我はしたことがないの。運動神経はないけど、体は丈夫みたい」

「お嬢様、って感じなのにな」


 俺の言葉に、藤咲はぱちくりと瞬きをした。


「え? わたしってそんなイメージ?」

「まぁ。大事に育てられてきたんだろう感がすごいというか」

「そ、そうかな。う~ん。自分じゃわからないや」

「もしかして、家に使用人とかいないよね?」

「いないよ。そもそも、お嬢様なんかじゃないもん」


 藤咲は恥ずかしそうだ。それでも俺はつづける。


「ちなみに、家は何階建て?」

「え? 家? あ、えーと、その、3階建て、かな」

「ん? マンションじゃなくて?」

「うん……。一戸建て……」


 お嬢様疑惑が増していく。


「まさか、エレベータが家についてないよね」

「あ。ついてる……。でも、お金持ちじゃないよ。本当に普通」


 はい、お嬢様。漫画とかで出てくるレベルじゃないにしろ、かなり裕福なのは間違いない。中学のときにも、エレベータ付きの家に住んでいるやつはいたが、同じように「金持ちなんかじゃない」と強く否定していた。普通、一戸建てにエレベータなんかないっての。


「へー、ちなみに家に車は何台あるの?」

「……3台。その、お父さんが車集めるのが趣味で……。ふ、古いのもあるんだけど!」

「そのなかに、外車とかないよね?」

「……ある。えと、お父さん、車にお金使いすぎてお母さんによく文句言われてるから」

「小学校とか幼稚園とか、私立じゃないよね?」

「も、もう! そんなに問い詰めなくてもいいでしょ! ……そうなんだけど」


 道理で。大事に大事に育てられているから、これだけ純粋な娘が育ったわけだ。うちの高校もなかなかの進学校だし、そういう生徒が混ざっていてもおかしくない。


「幼稚園に入るとき、お受験してたタイプかぁ。そういう人って、エスカレータで最後まで行くイメージがあったわ」


 ドラマの世界でしか知らない。オホホとリアルに言いそうなお母様方が、「いまどき幼稚園からいいところに入れないと」とか言って、塾に通わせて面接の練習までさせて合格を勝ち取ろうとするのだ。


「そういう学校ももちろんあるんだけどね。うちは小学校でおしまいだったから。で、中学受験があんまりうまくいかなくて、高校受験もしたの」

「なるほど、その年齢にして、受験を3回もしてると」

「……4回だけどね」

「あっ、小学生のときもか。すさまじいな」


 話せば話すほど、お金持ちだということがわかる。俺の直感はかなり合っていたみたいだ。


「そ、そんな目で見ないでよ。ほんとにお金持ちじゃないからね!?」

「あーうん」

「全然信じてないでしょ」

「ちなみに、最近まで、パパママって呼んでたりした?」


 図星だったのか、藤咲は膝のうえに手を丸めてうつむいてしまった。顔を赤くしてプルプル震えている。


「あ、ごめん。さすがにそんなことないよな、藤咲お嬢様」

「大楠君!」


 取り乱して叫ぶ藤咲は可愛かった。こういう藤咲の姿が見られるのは、図書委員の特権かもしれない。


 ……このあと、騒ぎすぎだと野口さんに叱られたのは言うまでもない。

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