第23話 アクシデント

 最初の当番の日。


 司書のおばさん――野口さんが、俺たちにいろいろ指導してくれた。

 普段やる業務の概要を伝えたあと、具体的な内容の説明に移る。


「――貸し出しはパソコンで管理している。本に、棚番号と書籍番号が記載されているから、それを打ち込んで、貸出済みにチェックを入れる。借りた人の名前とクラスも合わせて入力。簡単だろう?」


 仰々しい話し方をする人だなと思った。けれど、教え方は丁寧だった。


 パソコンの画面を実際に見せられ、そのうえで、試しに動かすよう促された。

 言われた通りに実行してみたが、なるほど、すぐに覚えられる内容だ。


「あとは、返却と同時にそれらをブランクにしてやればいい。手作業が多くて悪いが、バーコードで自動登録とかができないシステムなんだ。デジタル管理をしようとすると、どうしてもこうならざるをえない」


 そもそも借りる人自体が少ないんだがな、と野口さんは付け加えた。それから、カウンターのそばに置かれた段ボールを指さした。


「あと、ちょうどいま、新規の本が入ってきたばかりでな。そういう本には、いろいろ作業が必要になる。昨日も説明したことだが、覚えているか?」


 隣の藤咲がうなずいた。


「本をどの棚のどの番号に入れるかを決めて、シールを発行するんですよね。そのうえで、透明のブッカーを貼りつける……」

「そうだ。よく覚えていたな」


 野口さんが段ボールを開ける。中をのぞいてみると、意外と量がある。本の数は、15冊程度。かなり分厚い本ばかりだ。


「ためしに、一冊だけ登録してみようか」


 野口さんが手に取ったのは、「昭和作家名作集1」と書かれた本。ハードカバーで、枕にできそうなくらいに幅が広い。


「本を登録するには、ジャンルを決めなければならない。たとえば、大楠。この本は、どのジャンルだろうか。一覧表を見ながら答えてくれ」


 事前に一覧表を紙で配られていた。ジャンルの数は30程度。急に言われて分かるか自信がなかったが、


「……文学(日本の小説)、というところでしょうか」

「その通りだ。飲みこみがいい」


 藤咲と顔を見合わせて笑う。野口さん、いい人みたいだけど、ちょっと変わってる。


「日本の小説は、棚番号22。あとは書籍番号だが、これは入手した順で付番するから、最後の番号+1。調べるには、さっきのシステムを使う」


 棚番号で検索すると、その棚の本が一覧化されて表示される。番号順に並んでいるので、一番下を見れば次の番号がわかる。あとは、システムの追加ボタンを押して、本のタイトルや作者名、出版社、書籍番号を入力する。


「これで一通りの流れはわかったと思う。ひとまず、今日は二手に分かれて仕事をしてもらいたい。片方は、カウンター業務。もう片方は、わたしと一緒に新規本の登録を行う。パソコンは2つあるから、片方を奥に持って行かせてもらう」


 どっちにしようかと藤咲と話し合った結果、藤咲がカウンター業務、俺が新規本の登録をすることに決まった。


 新規本の登録作業は、意外と大変だった。ジャンルを決め、番号を付番するだけならそう苦労はない。だが、問題はブッカーを貼りつけること。不器用な俺は、何度も失敗してしまい、何枚もブッカーを捨てることになってしまった。


 野口さんは見本を見せてくれるが、慣れるまでに少し時間がかかりそうだと思った。


「あまり気にすることはない。最初はみんなそんなものだ」

「はい」


 それから、しばらく悪戦苦闘した。野口さんは、慣れさせるためかあまり手伝おうとしなかった。


 約1時間経過したときに、ようやくすべて終わらせることができた。

 野口さんに報告すると、少し休んだ方がいいと言われたので、図書室の奥の席で一息つく。静かだった。テスト期間でもない今は、ぽつりぽつりと人がいるだけ。勉強している人もいれば、黙って本を読んでいる人もいる。


 落ち着くな、と思った。

 確かに、仕事が多くて大変そうだが、案外悪くない委員かもしれない。


 しばらくそこで休んでいると、カウンターにいた藤咲が立ち上がるのが見えた。返却された本を指さしながら野口さんと話したあと、その本を抱えて歩き出した。


 本は、5、6冊程度あるようだ。ふらふらしながら運ぶのを見て、すぐに俺は藤咲のもとまで駆け寄った。


「持つよ」

「あっ。……ありがとう。えっとね、今日何人か本を返しに来た人がいて、それを本棚に戻さないといけないの」

「そういうことならおれも手伝う。こっちの仕事も落ち着いたところだから」


 積まれた本の何冊かを取る。数冊でも結構重みがある。女子一人に任せるには重労働すぎるなと思った。


 本を持ちながらだと、背表紙に貼られた棚番を確認するのも大変だ。本を置きながら、一冊ずつ場所を確認して本棚に戻していく。


「最後の一冊は……芸術の棚か」


 芸術関連書籍のの棚は、どこだっけか。本棚のうえにあるプレートを確認しながら歩いていくと、さっきまで座っていた奥の席の近くに目当ての棚を見つけた。


 棚の前には藤咲がいた。

 どうやら、藤咲もそこの本を戻そうとしていたらしい。一番上に入れようとして、つま先立ちになり、体を懸命に伸ばしている。しかしぎりぎり届かず、本の底が何度も擦り付けられていた。


 無理するなぁ。


 俺は、持っていた本を置いて、藤咲のところに近づいていった。


 そのときだった。


「えっ」


 藤咲のバランスが後ろ向きに崩れる。数歩後ずさりしたが、それでもバランスを取り戻せないようだ。そのまま、後ろにあるテーブルに倒れこもうとしていた。


 ――危ない


 急いで藤咲の腕を引っ張る。


 テーブルと衝突する寸前で、手前側に引き付けることができた。


 どすん、と藤咲の頭が俺の胸に当たった。


「……あ」


 自然と、抱き寄せるような形になってしまった。息遣いが聞こえてくる。


「ご、ごめん……」


 あわてて体を離すが、動揺を隠せない。ドギマギしている俺に対して、藤咲もすぐに謝ってきた。


「こ、こっちこそごめんね!」


 まぁ、なんにせよ、藤咲に怪我がなくてよかった。失敗を恥じているのか、藤咲の顔は少し赤くなっていた。


「素直に踏み台使っておけばよかった……」

「踏み台なんかあったっけ?」

「ほら、あそこ……」


 確かに隅の方にある。木製の二段式のものだ。


「結構、本棚高いもんね。あんまり無理しないほうがいいよ」

「そう、だね。ほんとにありがとう」


 お互い顔を合わせることができなかった。気まずくなった俺は言う。


「残りの本は、俺がしまっておくからいいよ。たぶん、カウンター空けたままにするのよくないでしょ」

「あ、そっか! そうだよね。ええと、うん。任せた」

「ああ」


 俺に本を渡したあと、藤咲がカウンターまで小走りで戻っていく。


 俺は、藤咲が視界から見えなくなったのを確認してから、自分の胸に手を当てる。さっきまでそこに藤咲の頭が押し付けられていた。


 ドク、ドク、と心臓が脈打つ音がはっきりと伝わってきた。

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