第17話 おせっかい(改稿済)

 ……1時間くらいして、親父が帰ってきた。玄関の見知らぬ靴に気づいたらしい。おそるおそるリビングに入ってきて、俺の姿を見つけるやそそくさと近づいてきた。


「だ、誰か来てるのか?」


 俺は、事の経緯を簡単に話す。すると、親父は目を見開いた。


「女の子!? 直哉が、女の子を連れ込んだのか」


 連れ込むという言い方をしてほしくなかった。俺はあくまでお礼のために招待しただけだ。そう言うと、「なるほど、表向きはそうなってるんだな」と謎の反応をする。


「紗香の勉強を見てもらってるんだよ。だから、二人とも二階にいる」

「お前は策士だな。紗香を使って篭絡しようとするなんて恐ろしいことだ。家族ぐるみの仲にして自分の女にするつもりだな。頭がいい子だとは思っていたが、そんなことにまで頭が回るなんて恐れ入った」


 もう何を言っても無駄だと思って口をつぐむ。親父はなぜか気合いを入れていた。自分の息子が見初めた女の子の前で、失敗はできないと考えたらしい。


 さらに10分くらい経過したとき、カレーが完成した。


「親父、悪いけど呼びに行ってくれないか?」

「俺が?」


 無視して食器棚から人数分の皿を取り出す。俺が答えないことに気がついた親父は、渋々二階に上がっていった。


 もうすぐ、藤咲が俺の料理を食べると思うと緊張する。いつもよりも丁寧に作ったつもりだ。カレーをよそいながら、大きく息を吐く。


 すぐに、紗香たちが下りてきた。


「おいしそうな匂いだね」


 運ぼうとした食器を藤咲が持ってくれる。全員分が並び終わったところで、親父が俺に向かって手招きしていることに気がついた。リビングの端のほうにいる親父まで歩み寄る。


「まず、状況を整理しようじゃないか」


 いつになくテンションの上がっている親父は、俺の肩に手を回した。


「藤咲詩織ちゃんという名前だということ、お前のクラスメイトであることは先ほど本人から聞いた。そして、お前の言う通り、紗香に勉強を教えていて、そのお礼という名目で家まで連れてきている。本人に嫌がっている様子は一切なく、楽しそうにしている」

「……は?」


 先ほどの誤解が継続している。未だに、藤咲を落とすための戦略的行動だと思われているらしい。


「確かに、お前は、料理が上手い。ここ何年も、毎日作りつづけているから当たり前だろう。自分の強みを用いて異性にアピールすることは、非常に効果的だと言える。しかも、自分の家に招いても嫌がられないということは、多少の脈がある証拠だ」

「違うからな。そういう目的じゃないからな」


 しかし、俺の言葉は聞こえていないらしい。うんうん、と謎の相槌を打ちながら、右から左に流している。


「少し話しただけだが、俺の印象も悪くない。性格にゆがんだところはなさそうだし、容姿の優れた女性特有の傲慢さもない。かなりの優良物件と思える。さすがだな。見る目が高い。息子として誇りに思うぞ」

「くだらないこと言ってないで、さっさと食べよう。さっきから、藤咲が俺たちのほうをちらちら見ているじゃないか」

「大丈夫だ。俺に任せておけ」


 会話が成立しない。親父の中ではすでに結論が出ているから、どう言い繕おうが変わることはないだろう。親父は思い込みが激しいタイプだ。仕方がない。


「お前のいいところを、この勝負の場で俺からもアピールしてやろう。かつて、10日連続で合コンに参加していた俺であれば、的確なアシストが可能だ。不安になる必要はない。全部、俺にゆだねてくれれば、成婚率100%を保証する」

「いろいろ言いたいことはあるけど、それ以上抜かすと怒るからね」

「年頃の男が女を好きになるのは自然の摂理だ。恥ずかしがる必要なんかない」

「そういう問題じゃない」


 ま、何かあればフォローするとスタンスを崩さないまま、親父が戻っていった。俺もその後につづく。


 俺の前に藤咲、横に親父、斜めに紗香が座る形となった。いただきますと言うと、3人も手を合わせる。


 自分のスプーンを口に運ぶが、目は前の藤咲から離せなかった。


 藤咲がスプーンを手に持った。スプーンが、米と一緒にルーの中に沈み込む。それから藤咲の口まで運ばれた。


 その口が何度も動く。飲み込んでから言った。


「おいしい……」


 その言葉に、俺は安堵した。味見しているとはいえ、藤咲の口に合うのか不安だった。


「家で食べてるカレーと少し違う……。本当においしい」

「特に変わったことはしてないんだけどな。丁寧に作ってはいるけど」

「大楠君、ほんとに料理が上手いんだね」


 真正面から褒められると照れてしまう。毎日料理していると、少しずつ発見がある。その発見の積み重ねで、徐々においしく作れるようになる。


「藤咲さん、だっけ……?」


 いつもならば、まっさきに食べ始める親父が、スプーンをテーブルに置いたまま話しかけていた。その表情には、お茶らけたところが一切なかった。


 藤咲は背筋を伸ばした。


「はい」

「直哉のこと、どう思ってるの?」

「ぶっ……!」


 飲もうとしていたお茶を吐き出しそうになる。この親父、やりやがった。

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