第14話 掃除

 放課後は、昨日同様、江南さんたちと一緒に正門から外に出た。

 気温がさらに下がっているように感じる。風が吹くたびにうなじから温度を奪われていく。マフラーをつけてくればよかった。


 その感想は、江南さんの家に入ったあとも変わらなかった。江南母は、寒さに無頓着らしい。風邪のせいで寒気もあるだろうに暖房が全く入っていない。


 すぐに江南さんが暖房を入れるが、暖かくなるまで相当の時間を要しそうだ。


「梨沙ちゃん、あっためて」

「ちょっ、西川。邪魔」

「いいじゃん!」


 控えめな声を上げながら、西川が江南さんに抱きついた。どちらも可愛い女子なので、眼福ではある。口調でこそ嫌がっている江南さんだが、引きはがそうとしないあたり本気で嫌なわけではないだろう。


 俺は、鞄からウィンドブレーカーを取り出して身にまとう。昨日の反省から、自分の家から持ってきていた。


「なおっち、ずるい!」

「悪いが、準備していない西川が悪い。寒いの分かってるんだから」


 ファスナーを一番上まで上げると、大分マシになった。


 部屋全体を見る。

 昨日、ごみを大分捨てたおかげで少しすっきりした。食卓の上に積まれていたものがなくなったおかげで見晴らしがいい。そのすぐ横で寝ている江南母が、椅子の先に見えた。


 それでも、まだ部屋は綺麗になっていない。


 まず、家具。ボロボロだ。とても使えるようなものじゃない。少なくとも壊れたものは全部処分しなければならないだろう。さらに、床には細かいゴミが大量に散らばっている。袋詰めされているものばかりじゃない。

 さらに、台所のシンク。ざっと見た限り、カビが繁殖していた。腐った生ごみも平気で放置されている。今はまだ見ていないが、もしかしたら、ゴキブリも出てくるかもしれない。というか出てくるだろう。


「地道にやるしかないか……」


 邪魔な家具をリビングから出すことに決める。テレビの前のテーブルは、足が折れていてどう考えても使い物にならない。切断面は棘のように鋭く伸びているから、置いておくと危ない気がする。


「このテーブルから運ぶ感じでいい? 一人で持てそうにないから手伝ってほしい」

「……なら、母さんが寝ているうちに運ぶ」


 江南さんはやたらと後ろを気にしていた。さっきから寝息が聞こえるから、俺たちの存在には気づいていないのだろう。


 どうして、寝ているうちに、なんて言う必要があるのか。


 疑問に思ったが、そんなことを気にしていてもしょうがない。江南さんが反対側を持ってくれるようなので、息を合わせて持ち上げる。西川にリビングのドアを開けてもらい、玄関前まで運んでいく。


「ありがと」

「こういうときこそ、男手が必要だし、気にするな」

「ちょっとかっこつけてる……?」

「いやいや、普通にそう思ったから言っただけだってば」

「ふふ、そうなんだ」


 久しぶりに見た気がする、江南さんの純粋な笑顔。俺に頼みごとをしたり、家に招いたりしたせいで、最近は緊張しているようだった。少しは緊張がゆるんだと言うことなのだろうか。


「男手という割にひょろいよね。運動とか、普段あんまりしてないんでしょ。さっきもすごくつらそうな顔してた」

「運動……はしてないけど、そんなに重そうにした覚えはない」


 昔は、もっと体を鍛えていた。少なくとも、山崎と一緒にいたころは、毎日筋トレをしていた。でなければ、喧嘩に勝てなくなると思った。

 今は、まったくしなくなったが。


「さっさと片付けないと、頼まれていた料理も作ることができないよ。俺のことは好きなように使ってくれて構わないから、今日なるべく整理しよう」

「そうだね。母さんも大人しいから、今のうちにね」


 まるで、大人しくなければ掃除どころではないというように聞こえる。

 俺たちは、またリビングに戻り、運び出せる壊れた家具を次々玄関前まで持っていく。だいたい運び終えるまでに20分くらいかかった。


「本番はここからだね~」


 西川の言う通りだった。昨日今日と、大物を処理しただけに過ぎない。細かいゴミを回収し掃除していく方が時間もかかる。


 部屋の臭いはまだ残っている。というか、ほとんど臭いのレベルは変わっていなかった。それは、リビングに臭いが染みついているせいでも、臭いの発生源を処分しきれていないせいでもある。


 俺たちは、一度江南さんの部屋に戻り、ホームセンターで買ったものを開封する。あんまり手を汚したくないのでビニール手袋を装着する。ゴミ袋を手に取って、リビングに入りなおした。


 臭いがまた鼻に突き刺さる。何度嗅いでも慣れることができない。不快な気持ちになる。


 そのとき、気がついた。


 食卓の向こう側。寝ていたはずの江南母の姿がなくなっている。


 おかしい。さっきまで、寝息を立てていたはずだ。起きてしまったのだろうか。


「ねぇ」


 声をかけられ、肩を叩かれて、振り返った。


「……!」


 そこにいたのは、江南母。感情の読めない無表情の状態で、俺に話しかけてきていた。


 後ろにつづく西川と江南さんも、同様に凍りついていた。

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